㉒ 味方だったら頼もしく、相対したら超厄介


 私・八重垣やえがき紫苑しおんは知っている。

 クラスのほぼ全員のステータス傾向そして神と思しき存在からの『贈り物』を。

 クラスの皆に確認してほしいと頼まれて、私の『贈り物』・【ステータス】で見させてもらっていた。


 彼女、阿久夜あくやみおさんの『贈り物』は――【かの豊穣神のようにチャーム・ドミネイト】。

 概要によると『堕ちた者を操る力』だとされていた。

 

『まぁ、わたくしの魅力に逆らえなかったものをわたくしの意のままに、というところでしょうね』


 説明した際のやりとりで、澪さんは自慢げにそう語っていた。


 実際詳しく読み進めるとそういう認識でよかったようだった。

 彼女に魅力を感じたものを操作する――ただし、それがどの程度なのかで効果に差があるとのこと。

 阿久夜さんを『綺麗だと思ったくらい』だと僅かに行動を阻害する……いやこれでも十分にとんでもない力だ。

 彼女にちょっと見惚れるだけでも動きが鈍るのであれば、戦闘時には結構な隙になる。

 しかも、そもそも阿久夜さんは一般的に見て十二分に容姿端麗な女の子なのだ。

 

 これは相当に凄い『贈り物』だなぁと読ませてもらいながら私は感心していた。

 ――しかも、その凄い事が掛かれた説明文の中には、まだいくつか情報が伏せられている個所があった。

 

 そう。

 阿久夜さんが語っていた事、当時の私が認識していた事――彼女の『贈り物』は


「阿久夜さん、見させてもらうね――!」


 勝手に閲覧するのは気が引けたが、私達を取り囲み、攻撃しようとしている魔物達が彼女によるものなら遠慮は押し殺させてもらおう。

 そうして数日前に確認した彼女の特殊技能を改めて確認する。

 今の私ならば伏せられていた箇所も読めるようになっているはずだ、と考えて。


 私達がそうであるように、彼女もまたレベルアップしており、【かの豊穣神のようにチャーム・ドミネイト】のレベルもアップしていた。

 3レベルに到達していたその特殊技能は――魔力消費により死者を強化した上で操る事が可能になっていた。

 そう、伏せてあった箇所にはその事が書かれていたのだ。

  

『八重垣、阿久夜の能力は――?』


 私の言葉から彼女のステータスを確認したと判断したのだろう。

 堅砂かたすなはじめくんが彼の『贈り物』・【思考通話テレパシートーク】で話しかけてくる。

 なので、私は読んだそのままを堅砂くんに伝えた。

 

『なるほどな、魔力消費――阿久夜のMPはどうなってる?』

『確認してみる!』


 私は即座に彼女のMPを確認――そして驚愕した。

 彼女のMPはかつて見せてもらった時――その時でもMPの数値はクラス5位だった――よりも大幅に増えていたのだ。

 そのMPはなんと2175。

 私はおろか、かつてクラス2位で、そこからレベルアップしてMPを伸ばした今の堅砂くんをも凌いでいた。


 さらに言えば、阿久夜さんの魔術欄には魅了や幻惑、強化や魔術効果を高めるものなどの特殊な効果の魔術が並んでいる。

 それを認識して、私は内心頭を抱えていた。 

 もしも彼女が魅了の魔術を使用して、その効果を受けたさえも『堕ちた者』に該当するのなら――極めて大変な事態になる。


 そして――彼女はMPをまだ半分ほど残している。


『つまり、まだまだ魔物を操る分にも、こちらに仕掛けてくるにも十分って事か。

 こっちは万全から遠ざかり、向こうには健在のゾンビ連中とドラゴン、そしてまだ動いてない連中が6人いる――』


 堅砂くんの言わんがする事を、私は察した。


 私達は体力こそ回復魔術や伊馬いまさんの『贈り物』で回復しているものの、先程までの魔物からの攻勢でMPをそこそこ消耗している。

 それに戦闘の連続で精神的にも疲れが見え始めて、集中力が長くは続きそうにない。


 こちらの最大戦力たる守尋くんも最初は敵を派手に倒してくれていたけど、もうその時ほどは上手くいかないだろう。


 彼の『贈り物』たる【心燃しんねん】は、心を燃やしている限り自身の全てがとんでもなく強化される。

 しかも燃えれば燃えるほどにその力の上限は高まっていく――前向きでテンションを上げやすい守尋くんに合致した、実に使いやすく強力な『贈り物』だと思う。

 だけどそれゆえに彼の心が燃え上がらないと真価は発揮できない。


 今の守尋くんは疲労を重ねた上、相手がクラスメートなのだ。

 基本的に気質が優しい守尋くん的には燃えにくい状況になっているのは想像に難くない。


 そして私達の方に残ってくれた冒険組の皆は、守尋くんを中心にチームワークで戦う形がベストだと何度か一緒に戦って把握している。

 つまり、守尋くんが中核として正しく機能しないと、彼ら全体で発揮する力も低下してしまうのだ。

 さらに、今は個々人の疲労もあり、本来の力からより遠ざかっているはずだ。

 

 そうした諸々のマイナス要素があるのだが、その中でも最大のものは――私達は追い詰められているが、ということだ。

 

 つまるところ、現状私達には――。


「そのしょうもない『贈り物』での確認は終わりましたか?

 貴方達には絶対に勝ち目がない、という事の確認は」


 そう、絶対的な余裕の笑顔を浮かべながらの阿久夜さんの言葉どおり。

 私達の勝ち目は、ゼロだ。


 ラルからの協力が得られたら状況は全く変わってくるだろうが、今回の依頼ではラルはあくまで見届け人。

 私達の協力者ではなく、私達の依頼完遂の証人なのだ。

 当然、彼女が協力する事は許されない。


 今私達を襲っているのは魔物であって魔物でない――阿久夜さんの能力であり、とどのつまり私達と同じ『異世界人』なのだから協力をもらってもいいのかもしれないが、そうして楽観的に考えた結果、依頼の達成条件を満たしていないと領主様に判断されたら、私達は現状よりさらに厳しい状況になってしまう。 


 つまり、どう考えても、今の私達に勝ち目はない。


 だけど。


「――ああ。退路の確認は出来た」


 それは事前想定にしっかり入れている事態だった。


「……炎鎖爆レイ・イン・エーク


 小さく無駄のない声で、堅砂くんは魔術言語を解き放つ。

 向かってくる敵へ――ではなく、私達が入ってきた結界領域の出入り口へ。


 堅砂くんが撃ったのはそこへの道筋退路を作り出す為の、広範囲連鎖爆発魔術だった。

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