㉓ 敗北が必定なら、それはそれですべきことがあるのです
「……
小さく無駄のない声で、
それは向かってくる敵へ――ではなく。
私達が入ってきた結界領域の出入り口への、そこへの道筋を作り出す為の、広範囲連鎖爆発魔術だった。
「ハァァッ!」
直後、私・
大きめの魔力による半球状の壁を3層ほど構築する。
堅砂くんが作り出してくれた退路以外を覆い、視界を遮り攻撃を凌ぐためのものだ。
いつもより頑丈めには作ってあるけど、正直いつまでもつやらだ。
現在の私のMP分全て注ぎ込んで壁を作れたらかなり頑丈なものは出来るのだろうが――世の中そう上手くはいかない。
生物が扱う魔力には放出限界があって、それ以上は出力できないようになっているのだ。
今のレベル4である私が一度に扱えるMPは最大46――それもかなりの集中をしてようやく可能なのが現状だ。
今行っているのはその限界ギリギリだ。
魔物達が殴る蹴るの攻撃を繰り出しているが、現状破壊される気配はない。
だけどそれでも長持ちはしないだろう。
割られる度に可能な限り追加するつもりだけど――できれば、そのうちに。
「皆先に逃げて! 私と堅砂くんで時間を稼いでるうちに!!」
私は皆に呼び掛けながら、魔力で構成された道路を堅砂くんが爆破で作った道に沿う形で空中に形成する。
地上から数メートルの高さに作ったので、そこを通れば魔物も直接攻撃するには難しいはずだ。
「――ぐぅっ……! 2人も早く逃げてくれよ!!」
その際、遅れ気味になる人達をしっかりカバーしながらな辺り、守尋くん達の人柄が出ている。
『
堅砂くんの『贈り物』たる【
レーラちゃんを助ける為に領主の息子さんと争う覚悟を決めた守尋くんが、こうもあっさり引いてくれた辺り、堅砂くんが上手く話してくれたのだろう。
そういう説得は私には無理な事なので、大いに助かります。
今回勝てないのであれば、改めて仕切り直してもいい事は事前にラルから聞いている。
であるならば、消耗した上、状況が混乱している今は躊躇わず撤退が最善手だ。
今回の目的である神域結晶球は、国にとってはおいそれと壊せない、とんでもなく希少なものだという。
くだらない理由で壊そうものなら領主であろうともただでは済まないレベルに。
そうである以上――寺虎くん達へ私達の妨害を依頼した人物でさえも壊すのは本意ではないはずだ。
そして今回依頼を受けたのはあくまで私達である以上、勝手な横槍による献上も簡単には出来ないだろう。
つまり神域結晶球を回収する機会は、また後日必ず巡ってくる。
なので今は撤退あるのみだ。
『現実で話してたら説得に無駄かつ相当に時間を掛けてた所だった』
『無駄じゃないよ。
『否定はしないが、今この時は短所だって話だ。――それはそうと。
一人で戦うのは無しだからな』
堅砂くんの口ぶりから、前回ゴブリン相手に一人で立ち向かった時は相当に心配をかけていた事を改めて申し訳なく思う。
……正直に言えば、私一人で戦った方が気持ち的には楽だ。
傷つくなら私一人の方が良いと思っている事は否定できない。
でも。
『ありがとう、心強いよ』
それでも二人で戦えるのはすごくありがたいし、すごく嬉しい事だ。
何より『一緒に行く』とあんなにも心を込めて言ってくれた事を忘れるつもりはない。
私の人生の中では三本の指に入る位に嬉しかった事なのだから。
『少しは成長してくれたようで何よりだ』
『うん――これからも頑張るから』
『なら、俺もそうしよう』
そうして私達が並んで改めて構えた瞬間に、私の作った半球型の魔力障壁は三層とも一気に砕け散った。
「あら、あっさり。随分と脆い障壁ですね」
砕け散った壁の向こうには、当然の事ながら健在の魔物の群れと寺虎くんたち七人。
自分達の勝ちを確信しているのか、彼らは一部を除いて余裕の笑みを浮かべていた。
「うん、まだまだ未熟者で修行中だから――お恥ずかしい限り」
「あらそう、でもまぁ、そんなのただの言い訳ですけどね」
私は思ったままに告げただけなのだが、阿久夜さんには詭弁に感じられたようだ。
実際そう取られても致し方ないし、事実言い訳でしかないのも事実だけど。
でもついつい憮然としてしまう私は、やはりまだまだ未熟者なんだと思い反省。
そんな私を――いや、私達に視線を送りながら、阿久夜さんは言った。
「それにしてもひどくありませんか?
わたくしたちは魔物ではないんですよ?
一目散に逃げ去るなんて――人間らしい話し合いをわたくしは期待していたのですが」
「話し合いをご所望なら、そのご自慢の腐った兵隊を下がらせる事だな。
まぁそうやって話し合いを有利に進める為に威圧するのもある意味人間らしいか。
というかだ。
話し合いなんて、お前ら最初から考慮に入れてないだろ」
躊躇いなく手厳しい言葉を放つ堅砂くん――
その険しい表情を崩さないままに続けられた推論は、そうなっていたら完全に終わっていた状況について語ってくれた。
「適当な所まで追い詰めてから俺達に優しく甘い言葉を囁いて僅かでも
そうした所でささやかな降参や屈服の言葉を、意志を引き出した上で、それらを起点にお前の『贈り物』を使って俺達を支配する――そういう算段だったんだろう?」
阿久夜さんの『贈り物』――堕ちたものを操るとされる【
さらに言えば、堅砂くんが口にした内容の補強として、いずれかの段階で阿久夜さんが所持している魅了の魔術を私達へと使われていたら最早覆せない詰みの状況だっただろう。
完全に阿久夜さんに魅了された状態で彼女の『贈り物』を使われたら、おそらく私達はただの操り人形となってしまうからだ。
そうさせないために、私達はしんがりを務める決意を固めたのである。
もし私達二人が術中に嵌る事態になっても、全員がそうなるよりはずっとましだと判断して。
勿論そうなるつもりは私達二人共にないけれど。
「あらあらなんて酷い言いがかりで――見事な大正解でしょう。
お見事です、流石堅砂くん。ほら貴方方も讃えなさい」
そんな堅砂くんの推測を、阿久夜さんは笑顔で肯定した。
さらに自身の能力て操っている魔物達に拍手させ、堅砂くんを褒め称える。
それに対し堅砂くんは、心底うんざりと言わんばかりの表情を浮かべた。
「どうせなら手っ取り早く、搦め手なしで俺達を叩き潰せばよかったんじゃないのか?
それこそ、そう難しくなかっただろうに」
「全く――何も分かってませんね。
そうして力づくだけで屈服させたって何の面白みもないじゃないですか」
そこで阿久夜さんは私達にねっとりとした――どこか薄く恍惚とした視線を向けた。
思わず瞬間的に背筋に氷を投げ込まれたような感覚に陥る。
「いかにも自分の意見を曲げないって人を肉体的精神的両方で追い詰めて、自ら許しを乞わせる方がずっと面白いですよ。
殴る蹴るだけで言う事をきかせるなんて、原始人じゃあるまいし」
「えー?! それはそれで良いじゃねえかよー!」
「そ、そうだそうだー!!」
妖艶に微笑みながらの阿久夜さんの言葉に寺虎くんと彼と仲が良い
その横に立つ無口な
――ちなみに
明確に不満そうな三人に対してなのか、堅砂くんに対してなのか、あるいは両方になのか。阿久夜さんは興が殺がれたとばかりに冷めた表情で小さく肩を竦めた。
「そういう意見もあるようですが、わたくし的に響かないですね。
ただ、今回はじゃんけんで勝ったのでわたくしの好きにさせていただいてました。
それこそ、どうやったってわたくし達の勝ちは揺らがないわけですし。
だけど、どうやら企みは見抜かれたようですし――飽きました。
だから、お望みどおりに暴力で言う事をきかせましょうか」
「おお、いいじゃねぇか……! そろそろこいつらをヒイヒイ言わせたいと思ってた所だ」
言いながら寺虎くん達三人が前に進み出る。
魔物達も改めて臨戦態勢に入っていく。
――なんだろう。
特に寺虎くんと阿久夜さんだけど、皆少なからず……なんというかギラギラしているように私には思えた。
その違和感を感じ取っていたのは私だけではなかったようで、堅砂くんは眼を細めつつ声を上げた。
「お前ら、会ってない内に随分タガが外れてるな。
そんなに良い思いをしたのか、あの領主の息子の所で」
「ああ? アイツは関係ねぇよ。俺達が普通なだけさ」
「普通――?」
思わず訝しげに私が呟くと、寺虎くんは私に向けて獰猛な笑顔を露にした。
「ああそうさ、八重垣。
むしろ、お前達がおかしいんだよ。
なんで世界が違うってのに、元々の世界のルールで動かなきゃならねーんだよ?
ガキの為に我慢したり、足並揃えて魔物を狩ったり、品行方正にしたり――くだらねぇ! くだらねぇ! くだらねぇ!
折角こんなとんでもない世界に来たんだ。
並の奴らじゃ敵わねぇ、すげえ力も手に入ったんだ。
好き放題生きる理由しかねぇだろ!」
関係ない、とは言ったが、実際には大有りだろう。
少なくとも私達と行動を共にしていた間は、寺虎くん達はギリギリまで皆の意見に従おうとしてくれていた。
だがそこから離れ、領主様の息子さんであるコーソムさんと行動を共にして――寺虎くん達は知ったのだろう。
窮屈さから離れ、思いのままに生きる事の楽しさを。
――それを否定するつもりはない。
好きに自由に楽しく生きる事、それそのものが間違いだとは決して言いきれないから。
だけど、それは――。
「――それが寺虎くんにとってのかっこいい生き方なの?」
「あん?」
私に限って言うのであれば、納得できない生き方だ。
「もしそうなら――悲しいけど、ちょっと意見が合わないかな」
そう言って私は、周囲に魔力で構成された光の槍――ではなく光の棒を展開させつつ、穂先に布を巻きつけたままの槍を構えた。
「私は――どんな世界であっても、地道に真面目に生きたいから」
「そうか。意見が合うな」
言いながら堅砂くんは、魔力を増幅させる杖を構えた。
「俺はどんな世界でも俺らしく、好きに生きる」
「ええー……それって意見合ってるかなぁ?」
「最後まで聞け。
つまり、俺は世界で生き方を変えるつもりはないって事で――そこは君と同じだろ。
好きに生きられる世界でしか好きなように生きられない臆病者と一緒にするなって事だ」
「いや、その、一致してる所は嬉しいけど、私そこまでは言ってない……」
「――――ほぉ、挑発してくれるじゃないかよ、堅砂、八重垣」
「ええっ!?」
誤解されてしまったので私は全力で首を横に振るも、声は届いていなかったようだ。
寺虎くんはより口を大きく歪に広げ、牙を見せるような形で笑った。
「そこまで言われちゃあ黙っていられないよな――永近、様臣、こいつらぶっ潰すぞ」
「し、しかたないね」
「――(無言で頷く)」
「出来るものならやってみるといい。――八重垣、分かってるな」
「ちょっと堅砂くんに言いたい事はあるけど……うん」
そうして、火蓋は切って落とされた。
そう――――私達の敗北が決定している戦いの火蓋が。
それはすぐに終わる戦いだと、私も堅砂くんも最初から分かっていた――――。
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