⑫ ただ、地道に歩む
「わかりました」
だから私・
――人と話すのはあまり得意ではないのだが、そうも言っていられないので内心で静かに気合を入れながら。
「私が冒険者になろうと考えている第一の理由は、私達がこの世界で生きていくために必要なお金を得るに当たって一番問題が起こらない仕事だと思ったからです。
私達は異世界人、この世界での立場がゼロ、何もない存在ですから。
出自を詳しく問われない、絶対に必要なものは特になく、能力と最低限の信頼があれば仕事ができる冒険者が一番だと考えたんです。
レートヴァ教の皆さんにいつまでもお金を出してもらうわけにもいきませんし。
魔力を思いっきり使うのであれば魔術師協会もあるとの事でしたが、そっちは最低限の身元保証が必要と聞いたので」
「なるほど、まぁ納得だな。
神からの贈り物やら魔力やらを踏まえて、お前らの立場を考えればそうもなるか。
あと魔術師協会を避けるのは賢明だ。あそこは一般人にとっては魔窟以外の何者でもないからな。
だが解せないな。
確かに冒険者はなるための敷居は恐ろしく低いし、依頼次第では一獲千金の可能性もある。
だがある程度までなら安全に金を稼げる方法なら他にいくつかあるだろ?
ラルは良い顔をしないだろう仕事も――一応説明はされたんじゃないのか?」
「はい、それは確かに」
スカードさんの言葉どおり、私達はラルから冒険者以外の仕事や生活手段も幾つか提示されていた。
生活は少し厳しくなるが生きていくには支障がない安全な仕事から、高給ではあるが少し口にはしずらい、性的な内容の仕事についても手段の一つとして説明されている。
さらに、更なる安全を優先するのであれば、レートヴァ教の敬虔な信者になるという道も提示されていた。
そうなった上で、祈りを捧げながら魔力を提供し続けさえすれば生活の保障は確実に出来るとも。
「だったらどうしてお前たち――いや、お前さんは冒険者をしたいと思ったんだ?」
「一つは、生活が厳しくなってくると、私達はおそらくこの世界で生きるのが耐えられなくなるからです」
ここ数日レートヴァ教の皆さんから振舞われているご飯は、この世界ではそれなりに高価なものだと、私はラルから聞いていた。
だが、それでさえも不満に思っている人が既に数人いるのを私は知っていた。
――そんな人達が生活のギリギリの状況に追い込まれたら精神的な余裕を失っていき、いつしか誰ともなく罵り合い、傷つけ合うようになるだろう。
勿論私も例外ではない。私自身今は冷静だが、追い込まれるとどうなるか――正直自信はない。
衣食足りて礼節を知る――私的には足りなくても礼節を大切にしたいが、あるに越した事はないよね、うん。
「だから、そうならないよう、早いうちからお金を貯めておくためにも、登録が簡単な冒険者の活動で少しずつでも貯蓄しよう、という考えゆえです。
私自身が悲観主義者なので、何事も先んじて準備しておきたいのもありますが」
「ふん、想像どおりのお坊ちゃんお嬢ちゃん達だが、まぁ自覚して動いている分お前さんはマシだな。
で、一つというからには他にもあるんだろ、理由。
そっちはなんだ?」
「もう一つは――私の我がままです」
「我がまま?」
スカードさんに、はい、と頷き、一度お茶でのどを潤し直す。
その上でどう話したものかと思いめぐらせつつ、改めて言葉を続けていく。
「私は、弱い人間です。
何かを為したいと思っても思うようにならない、意思を伝える事もままならない、弱い存在です。
だけど、私達を呼び寄せた神様やラルからこの世界の事情を聞いて、こんな私でも誰かの助けになれるかもしれない、って聞いて、がんばってみたいなって思ったんです」
「……へぇ? 魔王を討ち倒す勇者にでもなるのか?」
「いえ、それは――きっと、私には出来ません。
必要なら精一杯挑んでみますが、私は多分、きっと英雄とか、勇者とか、そういう存在にはなれないと思うんです。
だけど――そんな人たちとは違って、ほんのささやかな事しかできなくても、誰かの力になりたいって、この世界に来て、改めてそう思ったんです」
私は見ていた。知っていた。
この世界に初めて召喚された日、街に移動するまでの間。
物陰からこちらをずっと窺っていた魔物たちの存在を。
マナの枯渇は魔物達にも影響を与えていて、人間よりもマナに依存している魔物達は徐々に獰猛に、凶暴になっているのだという。
そして本能的に他者を襲い、その際に吐き出す強いマナを得ようとしているのだと。
そんな魔物達が、街道脇の物陰から私達を狙っている事を、私は知っていた。
そして、そんな魔物達を神官さん達がずっと牽制して、私達を守ってくれていた事を。
街について、おずおずと御礼を告げると神官さん達は朗らかに、
『これが私達の仕事ですから。
私達には追い払うくらいの、ささやかな事しかできませんが』
優しく微笑んでくれた――私には、それがたまらなく素敵に思えたのだ。
ささやかだなんてとんでもない。
その在り方が、私が憧れてきた……現実には存在しえないヒーローではない、現実を戦う
私は、神官さん達のように立派にはきっと出来ない。
私に出来るのは皆さんと違って、小さな、ほんのささやかな事なのだろう。
だけど。
「今の弱い私には、街の近くにいる、人を襲う魔物を一匹倒すことすら出来ないと思います。
でも地道に地道にがんばって、一匹でも倒せるようになって、誰かが怯えたり悲しんだりする可能性をほんの少しでも減らしたいんです」
物語の英雄のように、私が憧れ続けるヒーローたちのように、悪い魔物だけ全部倒せたらいいなとは思う。
だけど、そんな事は私には出来ない。
だけど、出来ない私なりに出来る事はある――そう信じたい。
それが、この世界に来て、どうやら
勿論元の世界に帰りたい気持ちがなくなった訳じゃないし、クラスメートと協力し合う事を疎かにするつもりもない。
ただその上で、私に出来る事に懸命になりたかった。
それがラルに話した『お返し』にもなると信じて。
「私は――私に出来る精一杯を地道に積み重ねて、誰かの力に、誰かの助けになれるような、立派な人間になりたいです。
だから、その為に冒険者になって強くなっていきたいって、そう思ったんです。
――その、えと、以上です」
恥ずかしい事を言ったとは思わないけれど、それはそれとして照れ臭いやらなにやらで最後は消え入りそうな声になってしまった。
――伝わったよね? もう一度話してと言われてもちょっと難しいんで、伝わっているといいなぁと願います、はい。
「――――なるほど、な。アイツめ」
しばしの沈黙の後、スカードさんはポツリと呟いた。
俯いた拍子に前髪で顔が隠れてしまったので、その表情は良く見えなかった――だけど、その声には色々なものが込められているような、そんな気がした。
「道理で紹介したがるわけだ、まったく」
「それでその、これから鍛えていただけるんでしょうか?」
「それは最初からやってやるって言っただろ? ――だが、少し事情が変わった」
スカードさんはそう言って上げた顔は――どこか、少し苦く寂しそうな、でもどことなく爽やかな、そんな笑顔だった。
「どうやら最低限じゃ駄目らしい。お前さん、名前は?」
そう言えば色々慌ただしくてまだ名乗っていなかった。
ゴホンと咳払いをして、喉と心構えを整える。
「紫苑、八重垣紫苑です」
「――紫苑。
お前さんみたいな甘っちょろい奴が甘っちょろいまま生きていけるように、かなり厳しくいくけどいいか?」
「それは――望む所です。是非よろしくお願いします」
「良い返事だ、精々ちゃんと強くなれよ。――――ああ、あと、その、なんだ」
「なんでしょう?」
「さっきの、その、あれ、胸触った事を改めて詫びる。本当に申し訳なかった」
「?? さっき謝ってくれたじゃないですか」
「――それはそれ、という事で納得してくれると助かる」
「……わかりました。あ、その、堅砂くん」
そこで私は、話の間中ずっと黙っていた堅砂くんの存在を思い出し、思わず苦笑しつつ、言った。
「自分語り殆ど強制的に聞かせちゃってごめんね?
ちゃんとクラスの皆の迷惑にならないようにするつもりだから――」
「――気にしてないし、迷惑になるような事でもないだろ」
堅砂くんは、呆れたようにソッポを向きつつ言った。
実際呆れさせてしまったのかもしれない。
だが、それでも今は心遣いに甘えて、言葉どおりだと思わせてもらおう。
「ところで、お前達、どうやって岸を渡ったんだ? 俺は普通に跳躍で行き来できるが――」
「ああ、魔力で橋を作ったんです。
最初は飛んでいこうと思ったんですけど、ちょっと浮くのが精一杯だったんで諦めて……」
「ちょっと待て。お前さん、いま浮いたとかなんとか言わなかったか?」
「言いましたけど?」
「言ったな。あと実際浮いてた」
そう言うと、堅砂くんは『この位』と言わんばかりに指で、私が浮いた高さを表現してくれた。
この高さしか浮かないくせに崖を飛び越えようとしていたとか、流石に無謀だったなぁ、と思っていると。
「――紫苑、それから一応そこの奴にも言っておく」
スカードさんは険しい表情を隠そうともせず、重々しく告げた。
「空に浮くとか空を飛ぶとかの魔法、絶対人目のある場所で使うなよ。
下手したら――死ぬ事になるからな」
その想像だにしない内容の言葉に、私達は思わず目を丸くするしかなかった。
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