⑪ 師匠の第一印象は、複雑なものでした
「で、なんで俺は自宅の前で縛られて転がされてるんだ?」
「それを訊くとはおそろしく面の皮が厚い男だな」
目を覚ました男性の言葉に、腕を組んで威圧的なポーズで、クラスメートの
彼は私・
「このいかにも気弱そうな女の子へのセクハラをした事、忘れたとは言わせん。
俺達の世界の、俺達の国であれば速攻裁判で有罪確定だ」
――私を慮ってのその言葉は嬉しいけど、そんな速攻で有罪にはならないんじゃないかなーとは思っても口にしない。
実際、怒ってくれているのがとても嬉しかったのだ。
そして、私が思っていたよりずっと堅砂くんは優しいひとだった。
ここまで心配でついてきてくれたみたいだし。
少し困惑していた私を宥めて、事情を把握した上で、安全に話をする状況に持っていく為にもひとまず拘束した方がいい、とも少し不機嫌そうに男性を睨みながら提案もしてくれた。
――以前ちょっとした事があって私は「少し冷たそうな人」→「つっけんどんだけど多分良いヒト」という認識だったのだが、まぁ多分彼は覚えていないのだろう……若干忘れられてたしね。
「おおそうか、そりゃあ怖いな。
だがここは俺達の世界で、さっきのはこの世界を生き残る為の講義みたいなものだ。
だから裁判にはならんし有罪にもならん」
「――えと、じゃあ、さっきの事ラルに話して大丈夫ですか?」
私が頃合いを見てそう言うと、男性は露骨に表情を変えた。というか顔を思いっきり引き攣らせていた。
「いや、その、それは――――お願いします。話さないでください。先程の無礼は謝りますんで」
「ふん、弱みを握られて即座に服従する位なら最初から偉そうにしなければいいものを」
「危機回避の為ならば如何なる手段も講じる、それもまた生き残る為に必要な判断だ。
余計なプライドに縋っても何の得にもならないとアドバイスしておいてやろう」
言葉だけ見ると実に素敵なアドバイスなのだが、私達がやった事とは言え、ロープで拘束されて転がっている状況だと全然様にならないなぁ、うん。
「――あー、なんだ、ちゃんと話するから、そろそろ縄を解いてくれないか?」
「馬鹿か。そう簡単に――っておい!」
私が男性の言葉に頷いて即座に縄を解きにかかった瞬間、堅砂くんのツッコミが入る。
実に良いタイミングで見事だなぁと感心する。
それはそれとして。
私は表情を引き締めて、堅砂くんに深く頭を下げた。
「怒ってくれたのにごめんね。でも謝ってくれたから。
それに、ラルの友達をずっと縛るのも悪いし、これから私の先生になるかもしれない人だから。
――その、なんて言っていいか、怒ってくれたの、本当に嬉しかったんだけど、えと、もう一度、ごめん」
「……被害者としての立場、もう少し堅持するべきだぞ、八重垣」
「うん、ありがとう」
憮然とした表情こそしていたけど、堅砂くんは一緒に縄を解く手伝いをしてくれた。
諸々含めて借りポイントがたくさんなので、いつかこの御礼はちゃんとしないと。
「正直、俺は異世界人が好きじゃないんだ」
それから少し経って。
私達二人は、男性の家の中に招かれ、お茶を出されていた。
家の中はきちんと整理整頓、掃除が行き届いていた。
男の人の格好もよく見ると少し汚れているように見えて実際には違っていた。
軽装の鎧や腰にぶら下げた長剣、諸々含めて使い込んでいる様子が、汚れに見えてしまっていただけだったようだ。
ともあれ男性――スカードさんは、私達の前の席に座って、言葉を紡いでいく。
「お前らの人となりは知らんから、お前らはともかくとして、俺が知っている奴らの大半は嫌な奴らばかりだったんでな。
例外もいるのは知ってるが、大体は神からの贈り物や膨大な魔力を笠に着てのやりたい放題――
言っとくが俺だけじゃないぞ、似たような印象を持ってるのは」
「――耳が痛い話です」
「俺達は違うつもりだし、そうならないようにするつもりだ」
「ふん、ま、そうだといいな。
ともかく、そういう訳だから、俺はいくらアイツの頼みでも異世界人に協力するなんて気が進まなかった。
だから橋を落としておいて、時間どおりに来なかった、約束を守らないような奴らに協力できない、ってラルには主張するつもりだったんだけどな」
そこでスカードさんは深く溜息を吐いた。
そうして、困った様子で頭をポリポリ掻いてから私達を視界に収める。
探るような、見定めるような、そんな目をしているように私には思えた。
その末に、彼はもう一度息を吐いてから告げた。
「きちまった以上、筋は通すべきだな。
そこのお嬢ちゃんはラルから話を聴いてるから、冒険者として生きていけるよう最低限鍛えてやるよ。
そっちの奴は――なんでいるんだ?」
「私を心配して付いてきてくれてたんです」
「いや違うが? 同じ拠点組の責任者として単独行動を放置するのは良くないと思ったからだが?」
妙に早口で堅砂くんは言った。
言葉どおりだとしても、責任感のある行動がすごく頼もしくてありがたかった。うん、言葉どおりだとしてもね?
「――ま、大体は分かった」
「おい、なんだそのニヤケ顔は」
「さてな。――で、だ。
鍛えるのはいいがそれにあたって、お嬢ちゃんはどうして冒険者になって、そして何のために強くなりたいのかを聞かせてもらおうか」
「ラルから聞いてませんか?」
「ある程度はな。
だが、こういうのは本人の口から、本人の顔を見ながら聞くのが一番分かり易いからな」
鍛えようとする人間の人となりを知っておきたい、というのは当然だろう。
もし信じられないような人間に技術を教えて悪事に加担されたのではたまったものではないはずだ。
――うん、よく分かる。
「わかりました」
だから私は深く頷き、出されていたお茶を口に含み、口内を潤してから話し出した。
――人と話すのはあまり得意ではないのだが、そうも言っていられないので内心で静かに気合を入れながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます