⑩ 初めての魔法の有効活用、そして許すまじセクハラ――!
「よし……ふぅぅぅぅ……魔力、放出――!」
呪文のようにそう呟いて、私はイメージする。
思い浮かべるのは、あの、神殿で行われた如雨露のような道具で魔力を吸い出された時の感覚。
私達の世界は魔力を使い難い世界だった。
それゆえに、私達は自分の中に宿る魔力の存在に気付かなかった。知らなかった。
この世界にやってきてからずっと感じていた身体の違和感は、知らなかったものを、ついに知ったがゆえのものだった。
それはここで目覚めた新たな感覚――《新たな五感》、言うなれば魔覚によるものだった。
自身の内外の魔力を肌で感じ、中に宿る力を計り取る――その感覚で、自分の中の魔力を理解する。
その上で、あの時吸い出された感覚を思い出す事で、魔力の流れを知覚する。
(――うん、感じる。私の中に確かに魔力はある)
昨日も行ったようにその確信を得てから、私は魔力を上向きに操作する。
ステータスによる説明によると、魔力を構成する魔素は物理的には存在しない、物理法則が当てはまらない原子のようなものらしい。
その魔素を組み合わせてより集めて、属性や働きを持たせて発動する事で魔素は魔力としての能力、在り方を発動させる。
私が考えるのは、私の中に存在する魔素を空中の魔素にハンガーのようにひっかけて、その上でクレーンのように運ぶイメージ。
あるいは、フォークリフトに積まれた荷台になって運ばれるイメージ。
『世界全体のマナが減っているのに魔力の行使は問題なく可能なんですか?
放った魔法がいきなり無効になったりしません?』
一昨日、私は聖導師長ラルエルことラルに訊ねて――ラルが吹っ切る前なので、その時はまだ敬語であった――いた。
魔法を使うのにマナが必要であるならば、その事そのものに支障が起こるのでは、という疑問だったのだが、ラルは笑ってそれを否定した。
『大丈夫です。
その場合放った魔力に励起される形でマナも活性化、つられて一時的に増殖されますから。
むしろその際余剰生成されたマナは世界に帰属しますので、どんどん魔法は使ってください。
――もちろん、公序良俗にのっとった上で』
『そ、そういうものなんですね――うーん、物理法則的には不思議な気がする』
『魔力やマナというのは、神の力を伝達させるための媒介たる要素だと、魔法研究者の間では語られています。
それゆえに既存の世界法則には当てはまらないのではないか、とも。
私としてはそういう神秘に法則を当てはめようとするのは好きではありませんけど』
ということらしく、後でステータスからの魔力やマナについての解説で再確認した所、魔法の使用に世界としての問題や制限は存在せず、むしろこの世界的には推奨される行為なのだと理解できた。
であるならば、と躊躇いなく魔力を組み立てて、持ち上げる――!
「ふ――ぅっ!」
ググッ、と全身に力が掛かり、身体が持ち上がっていく。
そう、魔力による浮遊が間違いなく発動していた。
一昨日クラスの皆が自慢大会を行っていた時に、武器や自分を空中に浮かしている人を見ていたのも大きい。
アレを見る事で『そういう事も出来るんだ』という私の中で確信を得られたからだ。
内心感謝と共に空に浮かべた事に感動していたが、正直喜んでばかりはいられなかった。
浮遊だけでも相当に神経を使うのに、この上更に移動しなくてはならないので、ぶっちゃけ余裕がない。
――というか、ダメっぽい。
「はふぅっ――」
地面から数十センチ浮いた時点で、私の集中力が切れた。
プツンとイメージが途切れた瞬間に落下、再び地面の感覚が私の足裏から伝わってくる。
「ううーん、できなくはないけど――」
私がまだ魔法自体に不慣れな事を差し引いても、空中浮遊、並び飛行は相当に集中力を必要とするようだ。
こんな事では漫画とかでよくある空中戦のような飛行は夢のまた夢だろう。残念だなぁ。
ともあれこの調子では移動の途中で集中力が途切れたら真っ逆さまで地面に激突だ。
死ぬほどの高さはないが、怪我をするのはなるべく避けたい。
「今の私だと難し過ぎるのか……ああ、いっそ橋を修復できる魔法が使え――あ」
そう言いかけて、私は思いついた。もっとシンプルな解決策を。
「――よし、じゃあ……これでどう――っ!?」
あの魔力を吸い出される感覚を思い出す作業から、もう一度魔力を自覚していく。
今のところこの工程を経ないと自身の中の魔力を実感できないので、練習を重ねてこの流れを省略したい所である。
ともあれ、そうして魔力の存在を再度確認した私は、極めてシンプルな形に魔力を組み上げた。
「うん、ひとまず成功かな」
私の前に形成されたのは、薄く白い光を放つ、魔力で構成された『橋』だ。
まぁ、橋というか、細長いブロックが谷の両岸に乗っかっているだけなのだが。
光の道を形成した、という方が表現的には正しいかもしれない。
そもそも昨日行っていた、魔力を自ら引き出せるのかの
昨日私は、今日への先んじての予習として、魔力の使用について幾つか試していた。
最初は魔力そのものを感じる事が出来るかどうか。
次に、現状で魔力そのものだけで何を行う事が出来るのか。
そして、それにどの程度の魔力を消耗するのか。
魔力の実感については予想よりもずっと簡単に把握した私は、次に魔力を漫画やアニメのような『光』として生み出す事が出来るかを試してみた。
最初は魔力を一部に集中させるくらいしか出来なかったが、ステータスから得られる知識で試行錯誤している内に、私は光球を生み出す事に成功した。
なのだが、この、バレーボール程の大きさの光球――特に攻撃能力はなかった。
触れても痛くもなんともなく、熱さえも発生していない。
ただ、壁のような硬さの、球状の力場がそこに存在するだけであった。
これに炎や氷といった属性を付ける実験も考えたが、これ以上は失敗した時のリスクが怖かったのでひとまずやめておいた。
私のせいで火事が起こって寮が全焼なんて怖過ぎるからね、うん。
――ちなみにMP消耗は、諸々を何度か試してようやく1減った程度である。
そうした末に私は魔力を操る『魔力操作』、魔力を外界に解き放つ『魔力放出』を技能として得る事となった。
ステータスにもしっかり新たに記載されている。
どちらもまだレベル1だが、磨けば出来る事を増やせるだろう――うん楽しみ。
こういった経緯を考えるなら、最初から橋の形成の方が良かったのは明白である。
――まぁその、空中戦にちょっと憧れて目がくらんだのかもしれないという事で。
ともかく私は気を取り直して、テストとして、その辺りに転がっていた石ころを幾つか橋に投げる。
石は問題なく橋の上に転がっている事から、物質を乗せる事が出来る力場は確かにそこにあるのだと分かる。
それを確認した次は、こんな事もあろうかと準備していた――流石にこんな事態は考えてなかったが、何かの役に立つかもと念のために入れていた――ロープを近くの木と、私自身に結んで命綱とする。
その上で私は橋の上に飛び乗ってみた。
結構怖かったが、問題なく橋の上に乗る事が出来た。
おそらく、このまま向こう岸まで移動しても問題ないだろうが、一度下へと降りる。
「念には念を入れておかないと」
欲を言えば効果の持続限界の確認もしたかったが、時間的に余裕がないので命綱の使用と、新しく『橋』の下に新たな光の橋を形成、最初に作った橋を少し上へと押し上げて対応としておこう。
これで古い橋が消えても、少なくとも今下に作った新しい橋はもう少し持つだろう。
岸と岸の距離は十数メートル程度、ゆっくり目に走っても十分間に合うはずだ。
「うん、これで確実。
――ああ、そうだ。
最後に、おそらく心配してここまで来てくれたのであろう、今は林の中に隠れている堅砂くんへと呼びかけた。
これ以上付き合わせるのは申し訳なかったので、これを機会にと帰っても大丈夫だからと伝えておく。
「でももし付いてくるのなら、橋が消える前に早めに渡ってね。
ロープの予備は置いておくから」
そう言い残して、私は一気に橋の上を駆け抜けた。
橋は最後まで問題なく機能して、私は無事に向こう岸へと渡る事に成功していた。
振り向くと、まだ橋は形成されたまま。
昨日作った光球が放置したままだと結構存在を保っていたので、まだ暫くは消えないのだと思う。
私自ら分解が可能である事もテスト済みだが、今はその必要はないだろう。
堅砂くんの事は気になるが、今は約束を優先させてもらうとしよう。
頭が良い彼の事だ、どう行動するにしてもきっと大丈夫だろう、うん。
ロープを解いた後、最後にさっきまでいた、今は向こう岸となった方向に小さく手を振ってから、私は目的地へと再び歩き出した。
「ふう、間に合った――」
そうして自ら作った橋を渡って、緩やかな坂道を登る事10分ほどで、私は目的地に到着した。
草原を挟んだ少し大雑把な作りの道の向こうに、ポツンと立つ一軒家。
そこに、ラルの友人であるベテラン冒険者が住んでいるらしい。
話は通してくれているらしいので、後はどう切り出していくか――
「――――なんだよ。橋は落としといたのに、来てやがる」
そう考えた瞬間、背中から聞き覚えのない男性の声が響いた。
――そう、さっきまで私以外は誰もいなかったはずの背後から、だ。
慌てて振り向こうした瞬間、足を払われる。
すぐさま体勢を整えようとするも、強引に押し倒され地面に抑え込まれた。
「ぐっ――!?」
必死に抵抗したが、首を恐ろしいほどの力で掴まれ抑えつけられて身動きが取れなかった。
懸命にそれを両手で剥がそうとするもまったくビクともしない。
まるで自身の数倍の大きさの巨人の手に包まれているかのような感覚であった。
「ん? なんか齧ってんのか? 素人っぽいのに素人っぽくない反応だったな。
それともなんかの『贈り物』か?
まぁ、どっちにしても――これでお前は一回死んでるぞ、お嬢ちゃん」
ボサっとした銀髪、あるいは白髪の奥、精悍な顔つきの男性の赤い瞳が私を見据えていた。
――正直、恐怖を感じる所なのだろうが……。
と、そこで私の胸に妙な、感覚、が。
もにゅっ、というか、むにむに、というか。
漫画で言えばそんな擬音が聞こえてきそうな―――
「――って、なんで私の胸を揉んでるんですかぁぁっ!?」
涙目になりながら私は叫ぶ。大いに叫ぶ。
悲鳴じゃなくてそうなったのは、どっちかというと何故この状況で?!という疑問が大きかったからだ。
だというのに目の前の人は平然とこう言ってのけた。のけやがりました。
「いやなに、一度死んだ分というか、死ななかった代わりというか。
嫌な目に合わないと覚えない事ってあるだろ?
これに懲りたらもっと警戒心を持つべきだな。
しかし、お前さん見た目より随分大き――ぐへぇっ!?」
つらつらと言葉を並べ立てる途中で、男性はカエルの鳴き声のような声を上げて気絶した。
「――大丈夫か、八重垣」
「あ、ありがとう堅砂くん――!」
その向こう側には、昨日調達していたのだろう木刀を握った堅砂くんが立っていた。
正直大いに助かったので、もっと感謝を述べたい気持ちであったのだが。
(――これ、どうしたものかなぁ――)
一応教えを乞おうとした相手を正当防衛とは言え殴り倒し――勿論その全責任は堅砂くんでなくて、私だ――、あまつさえその人に押し潰されている自分の状況に、私は大いに途方に暮れたのであった。
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