⑨ 私は予定を変えません(震えた声)


「――よし」


 私達が異世界に召喚されて、四日目の朝。

 私・八重垣紫苑やえがきしおんは、諸々の準備……護身用の装備も含む……を整えて一人寮を出る。

 目指すのは、聖導師長ラルエルことラルに教えてもらった、戦闘に慣れた人が住んでいるという町の外れだ。




 二日目の面談を終えた私達は、ラルからの一人一人へのアドバイスを踏まえた上で改めて今後の事を全員で話し合った。


 結果、当初の予定どおり、冒険組と拠点組に別れる事となったが、その内実はより具体的になっていた。


 私は――なんというか、非常に気が進まないのだが、拠点組の女子の責任者という事になった。

 

 そもそも私が初日にあの提案をしたのは、戦えない人達への偏見を少しでも削ぐのが主目的であった。

 なので実際に私がリーダーになるわけではなく、むしろそうなるのは事は非現実的だろうと思っていたのだ。


 なのだが、言い出しっぺの法則というか、


「提案したんだから最後まで責任を持つべきだろう」


 という堅砂かたすなくんの至極もっともな意見に皆の賛成が続き、あれよあれよと責任者になってしまったのだ。


 一応「私のような消極的人間には向いてない」「もっと円滑に話し合いが進められる人がなるべき」と必死の抵抗を試みたが、『どうしても駄目だった時は交代するから』というこれまたごもっともな意見の前に打ち砕かれました。

 うぅ、正論には勝てないなぁ。


 そんな訳で、私は拠点組女子責任者に任命された。ちなみに男子は堅砂くんである。


 そこからさらに話し合いが進められ、拠点組は暫く拠点を作る為の勉強を進める事となった。

 街の事、法律の事、資金の事――学ぶ事は多い。

 時間はいくらあっても足りないくらいだ。


 幸い衣食住、さらにある程度の資金は、猶予期間中レートヴァ教の人達協力のお陰で十二分である。

 今の内に『独り立ち』の為に出来る事をしておくべきだろう。


 そんな中で、私はラルに話した事も含めての『自分がしたい事』の提案を試みた。

 正直反対も覚悟していたのだが、思いの他簡単に皆からの了解がもらえてホッとしたり。


 そうして詰めた意見を元に、昨日は休息や買い物を行い――いよいよ今日から本格的に私達は活動を開始する事となった。


 ――なのだが。


 朝一番、寮の食堂で皆が揃った際に知らされた事で、私は目を丸くした。

   

 なんと冒険組は昨日の内に既に冒険者として一部の人間が登録しており、今日から早速魔物退治に行くのだという。

 結構な無茶をしてるなぁ、まさに冒険だ、と感心する。

 実際、理には適っているのだ。


 私達は一昨日既に『契約』を交わして、蘇生魔法可能の対象者となっている。

 さらに言えば、レートヴァ教から数人の神官さんが私達のサポートの為に派遣されてもいる。


 今ならば多少の無茶をしても押し通せる――その判断の下に冒険しようという事なのだろう。


 そこまでなら私も目を丸くしなかったのだけど、その後聞いた事でそうなったのだ。


 すなわち、その魔物退治の見学にクラスの大半が赴くという話を聴いて、だ。


 いや、あの、皆さん、予定立てましたよねと私は一応責任者としての意見を述べた。

 述べたのだが、皆様とても熱に当てられていて、まるで意見が通りませんでした。


 ――だが、そうなる気持ちも十二分にわかる。


 魔物を見るだけでも興味がそそられる上に、自分達が得た力や武器を試す機会だし、異世界の現実を知っておきたい、というのも間違いじゃないと思う。


 むしろ間違えていて、空気が読めてないのは私なのかもしれない、とは思ったが、私の場合は簡単に意見を翻すわけにもいかない理由があった。


 なにせ一昨日ラルに紹介を頼んだ上で今日会う約束をしている人物がいる。

 それをこちらの都合でなかった事にするのはあまりに失礼が過ぎる。

 

 ――いや、まぁ、正直興味はそそられまくっているのですがっ。


 そうして私は、誘惑に少しだけフラフラしつつも、元々の予定どおり、約束した方と会うべく寮を後にしたのだ。




「うん、こっちで大丈夫だった」


 ラルから神官さん達に渡されて借りた地図で、私は街の外れの林に辿り着いた。

 少し不安ではあったが、しっかり地図どおりに進めて安堵する。

 あとは少し坂道になっている林の中央の一本道を抜けて、その向こうの吊り橋を渡ればいい。


 ちなみに、なるべく一人行動を避けるように、という事を皆で決めていたにもかかわらず私が単独行動をしているのは、結果的にそうなった、というだけではない。

 会うのがラルから紹介された人物で、場所もギリギリ『街の中』なので安全だろうという神官さん達のOKをもらったからである。


 そして厳密に言えば単独活動ではなかった。


 私が『私の中』で展開されているステータス欄には、の名前が記されていた。


 存在に気付いている事を告げるべきかどうか、悩みながら林を抜けると、そこには橋が――あれ?


「――――橋が落ちてるんですが」


 そう。

 そこに健在であってしかるべき吊り橋は、どういうわけか壊れていて、こちらとあちら……十メートルほど離れた小さな谷の両岸でその残骸をぶら下げていた。


「こういう時は慌てず騒がず、地図を確認、うん」


 自ら冷静さを取り戻すべく呟きながら、私は地図を確認する――だが。


「他に繋がってる場所は、ないみたい。うーん」


 他の橋や、迂回して向こう岸に向かうルートもない。


 街の人に話を聴いてみるべきだろうか?

 いや、約束した時刻はお昼時で、まだバッテリーが残っている携帯で時刻を確認するに、残り時間はあと一時間ほどだ。

 向こう岸に渡って以降の道がどの程度の長さなのかの算段も立たない以上、時間は無駄にロスできない。


 そしてこれから以降もお世話になるヒトを待たせる――初手から失礼な事をするわけにはいかない。


「うぅぅぅーん……こうなったら、やってみるしかないか」


 私は、基本的に何事も地道、堅実であるように心がけている。

 時折それは足踏みに思える時もあるが、最終的にはそれこそが目的への真っ直ぐな道だと私は思うのだ。

 ――過去に犯してしまった失敗も、それを証明している。


 だが、時として出たとこ勝負で挑まねばならない場合もある事も分かっているつもりだ。


 いつも万全の準備で事に当たれればいいけど、そうもいかない時もあるからね、うん。


 ――まぁ、こういう場合を見越しての準備は、昨日テストしていたので勝算は低くないんだけど。


「よし……ふぅぅぅぅ……魔力、放出――!」

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