⑧ 今はバレたくなかった――


「――。ごめんなさい、遅くなったけど次の人どうぞ」


 引き留めようとするラルをどうにか説得して、

 個室から神殿の大広間に戻った私・八重垣紫苑やえがきしおんは、一瞬そこで小さな騒ぎに顔を顰めつつ声を上げた。

 すると私の次、あいうえお順の夜汰やたけいくんが「オッケー」と軽いノリで応えながら個室へと足を進めていく。


 それを見届けた私は広間の隅の方に移動して、クラスの皆の様子をぼんやり眺めた。


 クラスは今、謎の声(推定神様)に与えられた力の確認、というか披露が行われていた。

 というか自慢大会だね、あれ。


 こちらを監視――というか見守ってくれている神官さん数人は苦笑しつつそれを眺めていた。

 いやもう、神聖であろう場所で騒がしくてホントすみません。

 もしもうちょっと騒がしくなったら謝りに行こうと、私は心の中で謝意を込めて神官さん達に手を合わせる。


 ひとまず今はそれで、と考えを切り替えて、私は幾つかのグループに分かれている事に気付く。

 ――うん、大体はいつもの感じだ。


 こうやって団体行動を取っていると、自然に作られていく波長が合って行動を共にする集団。

 それは異世界でも基本変わらない、いや異世界だからこそ、不安を打ち消す為に尚の事いつもどおりなのかもしれない。


 一番大きいのは、守尋もりひろたくみくんのグループ。

 彼の幼馴染たる伊馬いま廣音ひろねさんや彼女と仲のいい女の子達、守尋くんの友達と、クラスの中心にいる守尋くんなので集まる人も当然多い。

 和気藹々という雰囲気で武器の召喚や空に浮いたりを見せ合っている……楽しそうで羨ましいです、はい。


 次はこのクラスの委員長、河久かわひさうしおくん達のグループ。

 ちょっと個性的な面々が集まるクラスなので、河久くんはいつも振り回されていて、そんな彼を助けたいと思う面々がここには集まっている。

 河久くんは今もちょっと胃を痛めているのか胸を押さえている――気持ちは分かります。


 そして大きなグループで言えば最後、なんとなく威圧感のある面子のグループ。

 一番目立つ寺虎てらこ狩晴かりはるくんが中心、というわけではなく、二つの大きなグループに入り辛い人達がなんとはなしに集まっているだけのようで、そこまで会話は弾んでいない――

 二つのグループをどこか羨ましそうに見ているのは気のせいだろうか。


 他はと言うと、二人組だったり、私のように一人だったり――既に出来上がっちゃってるグループには入り辛いもんね、うん。


 しかし、面談を終わらせてしまうと手持無沙汰である。

 皆が能力を披露している間、折角だから皆のステータスを改めて確認させてもらおうかなと思っていると。 


「いやー皆楽しそうだねー 八重垣やえっちはどう?」

「ひゃぁっ!?」


 いきなり背後から声を掛けられて、驚いた私はちょっと飛び上がり気味になった。

 慌てて振り向くと、そこにはクラスメートの一人、麻邑あさむら実羽みうさんが笑顔でピースしていた。 


 麻邑さんはいわゆるギャル的な人で、ぶっちゃけ私とは真逆の人だと認識している。

 だが、別に仲が悪いわけではない、というか彼女はクラスの誰であっても日々気さくに話しかけている。

 まさに陽キャの中の陽キャ――正直尊敬している所が多い人である。

 ――まぁ人格キャラのベクトルが全然違うので学んでも生かせることは少ないのだけど。


 ともあれ話しかけてくれたのだから、と私はひとまず苦笑を返した。


「そうだね――元の世界に帰れるかもわからないから不謹慎かもしれないけど、ちょっとワクワクしてる所もあるかな」

「いやいやとりま死んじゃったりした子はいないんだし、不謹慎とか気にしなくていんじゃね?

 相変わらずやえっち真面目ー!」


 そう言ってケタケタと笑うのがまたかわいい――私には無理だけど、やっぱり憧れちゃうなぁ。


「ところでさ、やえっちはあのご褒美的なの何にしたん?」

「え? えーと――自分や誰かの強さを見れる、みたいな。

 麻邑さんは、ゲームとかのステータスって分かる?」

「――ああ、うん、わかるわかる。レベルとかのやつね? なんでそんなのにしたん?」

「色々な状況で自分の何が足りないとかがすぐにわかって便利かなって思って。

 それに、あの声がファンタジー世界に向かってるって言ってたから、何かと戦うのなら弱点とか見抜けるといいなって考えたのもあったけど」

「おおー賢い! 敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うもんねー」

「そうそう。やっぱり知る事って大事だと思うから」

「それなー。あたしもやえっちの事が一つ知れて嬉しいよー……結構曲者キャラなのな」

「曲者かなぁ?」

「うん、結構ね。わかりやすいのにしないのが侮れない感じでおもしろですわ。

 ね?ね? あたしのステータスも見れんの?」

「うん、――えと、見れるよ」

「おお、じゃあ、どんなんなってるか教えてー?          」


 麻邑さんに抱きしめながら頼まれて、私は少しドキドキしつつ(人に不慣れなゆえに)彼女の全体的な数値を読み上げていく。

 彼女のステータスは全体的の半分ほど私を一回り上回っていた。

 残り半分は私が少し上だったり同じだったりなので、ステータスだけ見れば同じレベル1でも彼女の方が強い、そう言っていいと思う。


「ほほぉなるほどなるほど。確かにそういうのが見えてたらワクワクするねー

 やえっち、皆にも教えてあげたら? 楽しくなりそうだし」

「それは――うーん、今はちょっと待ってほしいかな」


 別にこの力について話す事自体が嫌なわけではない。

 でももしこの事を皆に話したら、彼女のように皆が皆自分の数値ステータスを訊きに来るような、そんな気がする。

 その場合、全員分を伝えるのはさすがに大変だし、それにこの能力についてはもう少し検証して、より利便性を把握してから――


 そうして彼女に話すのは待ってほしい理由をどう説明しようか、と考え込んでいると。


「八重垣さん、ステータス見れるってホント――?!」

「だからそうだよ――って、え?」


 尋ねられた声に振り返ると、そこにはクラスの全員が私の周囲に集まっていた。

 代表として尋ねてきた守尋くんはじめ、皆が目を輝かせていた。


「だったら俺のステータスとか教えてほしいんだけどー! あともらった力の詳しい説明とかある?!」

「――確かに、それは気になるな」

「おいおい、そんな能力を手に入れてたんなら教えろよなー」

「私のも教えてー!」

「ぼ、僕も気になるから教えてほしい……」


 そうして皆は思い思いの異口同音で自身のステータスについてを要求してきた。

 いや、あの、ちょ――距離が、かつてないほどクラスメートたちの距離が近いっ!?


 そうして戸惑っている視界の向こう側では麻邑さんが、申し訳なさげに「ごめんね?」と手を合わせていた。


(あ、麻邑さぁぁぁんっ!? 私話していいって言ってないんだけどぉぉっ!?)


 などと大声を出せればいいのだろうが、如何せん陰キャの私には無理でした。

 そんな訳で私は、ラルが面談を行ってくれている間中、クラスの皆のステータスや技能について不慣れながら伝達する羽目になったのだった。


 結果私はクラスの皆の現時点のステータスと『神様からの贈り物』について把握する事となった。

 ――一応、それについて知っちゃっていいのか前置きした上で。


 私はステータス数値の比較がしたかっただけで『贈り物』については見ないつもりだったんです、はい。

 まぁ皆がOKならいいんだけど――でも、いいのかなぁと思ってしまう私であった。


 そして、その際幾つか気になる事を知った。


 一つは、現在私が皆に開示できる情報には限度がある事。

 私が把握・理解出来ていても、それについて皆には話せない、そんな情報が幾つか存在していたのだ。

 逆に今はまだ私自身でさえも確認できない、情報も結構ある。


 もう一つは、このステータスを見る能力そのものにもレベルが設定されている事。 

 ――どうやら現在話せない事柄や、伏せられている情報は、これをレベルアップしないと解禁されないらしい。


 仮に私がこの能力で皆のこれからを左右するような事を知っても、レベルが足りないと話せない、みたいなことがあると――それは結構マズい気がする。


 どんな情報が隠されているかは現時点では見当もつかない。

 開示したら実際にはそうたいした事ではなかったりするのかもしれないが、かと言って放置するのは精神衛生上よろしくない。


 元よりそのつもりではあったが、どうやら当面私はレベルアップを目指さなくてはならないようだ。


 


 そうして、皆に情報を伝えながらも思考を巡らせていた私は気付かなかった。




 ――ただ一人。

 麻邑あさむら実羽みうさんだけは、所持している『贈り物』を把握できなかった事を。

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