➆どうしてこうなった――?!
「やはり、貴方達は選ばれた英雄に相違ないのでしょう」
だから、ラルエル様がそう呟くのは、頭では理解できた。
だけど。
「――それは、きっと違うと思います」
そうではない、と私は、
「確かに、私達は何か凄い事が出来るのかもしれません。
世界を救うためのお手伝いが出来るかもしれない事、それはとても嬉しいです。
でも少なくとも今は英雄でも何でもない――ただのヒトです」
私達は確かに神様に選ばれてここに来たのかもしれない。
事実人並優れた魔力を持っているのかもしれない。
だけど、それだけで英雄であるはずは、きっとない。
英雄は、凄まじい力を持っているだけでなるもの、なれるものではきっとない。
力を持っていても、それが正しく振るわれなければ、ただの迷惑な悪人だ。
そもそも振るわれなかったら、英雄になる可能性を持っているだけ、だ。
それでも、私達はこの世界に存在しているだけでも十分に意味がある――ラルエル様の説明だとそういう事になる。
だけど、ただそれだけで英雄と呼ばれるのは、どう考えても違うと私は思うのだ。
英雄は、非凡な事を成し遂げる人、普通では出来ない事を為す存在だろう。
私達が存在しているだけでこの世界の為になるのが事実ならそれはそれで嬉しい。すごく嬉しい。
だがそれは『容易く達成できない非凡な事』という訳ではないと思う。
そして何より
「ですが、今日貴方達が提供してくださった魔力は人並外れたものです。
作ってくださった水でもたくさんの人々が救われるでしょう。
私達には簡単にはなしえない、素晴らしい事です」
それゆえに、というべきか、ラルエル様に折角そう言っていただいても正直な所実感がない。
簡単には出来ない、素晴らしい事が出来たのは、ラルエル様の表情や声音から伝わってきて、事実だと感じられるけれど。
そう出来た事そのものは、嬉しい事だけれど。
「その事はすごく――すごく嬉しいです。
でも、そうできたのはラルエル様が方法を教えてくださったからで、あの大きな水晶や水を生み出したあの道具がなかったら出来なかった事です。
私はむしろ、ラルエル様やあんな道具を作る事が出来る方が素晴らしいと思います」
そう、そうだ。
自分達に出来ない事を為す事が評価されるのであれば、私達だけじゃない、そういう人達だってとんでもなく素晴らしいと私は思う。
「ラルエル様。私、その、恥ずかしながら、料理がそんなに上手ではなくて、ですね」
「え?」
ラルエル様が唐突な話題に目をパチクリと瞬かせる。それもまた実にかわいい――ゴホン。
とまあれ、私自身話していて恥ずかしいのだが、そうだとしても伝えたい事があった。
「焼き過ぎたり切り損ねたりで、時々食べ物をダメにしてしまう時があって。
レストラン――食事を作る所とかがなかったら、飢え死に、は大袈裟ですけど、そうなっちゃうかもって思える時は何度かありました。
そういう時、私は私一人ではとても生きていけないな、ってつくづく思うんです。
クラスの皆はともかく、こんな私が英雄だなんて、とてもとても」
そう言って私は笑って手を横に振った。
そうして軽く振舞う事で知ってほしかった。
私達は――少なくとも私は、そんな大層な存在ではないのだと。
ぶっちゃけて言えば、私なんぞでこんな綺麗な人を思い悩ませたくないのだ、うん。
ラルエル様、責任感が凄く強そうなので、これからみんなと話す時も同じように悩むのかもしれないけれど、だからこそ、せめて私の時くらいは気楽でいてほしかった。
「だからその、なんというか、こういうのは助け合いだって、私は思います。
どっちが凄いとか偉いとか、英雄とかそうじゃないとか、そういうことじゃないんだって」
「それは基本的に対等の関係であればそうでしょう。
でも、貴方達は私達の世界の都合で召喚されていて――」
「それは神様がされた事で、ラルエル様達じゃないじゃないですか。
むしろ、ラルエル様達は路頭に迷うかもしれなかった私達を手厚く迎えてくださっているわけで」
実際、私達を世界に呼んだのはラルエル様達じゃない。
恨み言、は特に今浮かばないが、浮かんだとしてもそれを向けるのはラルエル様達ではないと思う訳で。
それに、今回は私達が召喚されたわけだけど、次は逆になるのかもしれない。
もしもの話だけど、そうなった時、私はラルエル様達のように嫌な顔一つする事なく呼んだ人たちの助けになれるのか、正直ちょっと自信がない。
それが神託だから、仕事だからというのを差し引いても、やっぱりラルエル様達はすごいとただただ思うのだ。
「だから対等なんかじゃ全然なくて、ラルエル様達にはこれからの事も含めて、むしろ私達がありがとう、です。
――えと、だから、私はこれから、この世界でそのお返しをしたいなって思ってます」
「え? お返し――?」
そう言われるとは思っていなかったのか、ラルエル様は再び目を瞬かせた。
そんなラルエル様に、私は訊かれたら話そうと思っていた、これからの事を口にした――。
「――はい、では、そういう事で」
「はい、お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」
そうして話す事――えーと、大体30分か。
まだバッテリーが残っている携帯で開始から今までの時間を確認して、私は頭を下げた。
「すみません、まだ待ってる皆結構いるのに長話になってしまいました」
「いえ、気になさらずに。
というより、貴方とお話しできて、本当に良かったと思っています紫苑様――いえ、紫苑」
「ええ、そう呼んでください。
他の皆はともかく、私は様付けなんてされるような人間じゃないので――」
「貴方も私の事は、ラル、と気軽に呼んでね?」
私は出されていた紫色のお茶の――紅茶と日本茶の相中のような味だった――最後の一口を含んだ瞬間、ラルエル様がそんな事を言ったので、吹き出しそうになった。
というかそれを堪えた結果むせた。
「ああ、大丈夫紫苑? 回復魔術をかける?」
「ゴホッゲホッ、だ、大丈夫です――」
「そんな他人行儀な――貴方は私の親友なんだから。これからはもっと砕けた言葉で話してね?」
「え、えぇ――?!」
あれー? あっれー?
確かに色々話して結構打ち解けはしたけど、さっきまでは普通だったのに……ちょっと尋常でない距離の詰められ方に、私はただただ困惑した。
「え、いや、さっきまでは普通で――」
でも陰キャの私はこういう時どうしたらいいのか分からず、思うように言葉を紡げず、わたわたした。
意見交換とかはなんとか出来るけど、
だが、ラルエル様はそうして困惑丸出しの私に満面の笑顔を向けてきた。
「さっきまではお仕事だったから。
紫苑も、皆がいる場所なら丁寧な言葉でもいいけど、二人で話す時はそういうのは無しにしてほしいな」
「えぇ――? う、うーん……」
正直思いっきり混乱している。そりゃあしますよ。大混乱です。
先程の会話の中で、何か彼女にとっての琴線に触れるような事を私は気付かず話していたのだろうか。
何がきっかけかは分からないが、こんなに距離を詰めてこられるとは思いもよらなかった。
一足どころか十足飛びくらいしてるような。
――だけど。
「その、えと。うん――そうするね、ラル」
なんであれ、彼女がこんなにも嬉しそうにしているのだから、きっと良い事だと思うし、こんなに綺麗な笑顔を向けられて嫌な気持なんかあるはずもない。
そもそも、私相手の時くらいは気楽でいてほしいと思っていたのだ。
だから、私なんかで良かったら、そんな想いで私は笑顔を浮かべて、彼女へと返した。
「あぁぁぁ、紫苑――! そうして、うん、ずっとそうしてね? ね?」
「あ、はい、善処します――」
直後恍惚とした表情のラルエル様――ラルに抱きしめられて、肩を掴まれてグワングワン振り回されて、リアクションらしいリアクションを取る事も出来ず、私はただそう呟く事しかできなかった。
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