③ これからの私達
「異世界からお越しいただいた皆様、申し訳ありませんが静粛に。
これより、今回の召喚についてのご説明をさせていただきます」
そんな美しくも威厳に満ちた声が空間に響き渡った。
一体いつの間にそこにいたのか、この空間の最奥、女神像の真下にその女性はいた。
おそらくこの世界出身の人間なのだろう。
白色を主体に金色で飾られた衣服……ファンタジー作品での聖職者を思わせる姿の彼女は、穏やかでありながらも強さを感じさせる声で言葉を続けていく。
「おいおい、いきな――――うぅんっ!! お前ら! ちゃんと話を聴け! 静かにな!!」
一瞬文句を言いかけたのは、我らがクラスの中ではトップクラスに騒がしい
だが彼は言葉を発した女性の姿を明確に認識するや否や言葉の方向を急転換、というか真逆にした。
ただ、それも納得である。
そこに立つ女性の美しさは、今までの人生でお目にかかった事がない、まさに絶世の美女という表現そのものズバリであったからだ。
私達の世界の女優さんやモデルもすごく綺麗な人がいて、この世にはこんな人がいるんだなぁと感動する事もあったが、そういう感動が遠くになる程に彼女は美しかった。
漫画とかの表現であまりの美しさに眩暈がする、みたいな表現があるが、それに限りなく近い容姿である。
基本かなり冷静な
この人が特別なのか、異世界の容姿のレベルが半端ないものなのかが今のところよく分からないが。
――ステータス欄にあった『魅力』の数値を、ちょっと自分のものと見比べてみたくなったが、多分ものすごく心折れそうなのでやめておこう。
まぁそれはさておき。
多分クラス皆こう思っただろう――
正直ツッコミをみんな入れたかったんじゃないかと思ったが、
女性の圧倒的な存在感や、実際黙っておいた方がいいだろうという考えもあってか、寺虎くんの言葉以降は皆黙していた。
「ささ、どうぞ、お話になられまくってください」
だというのに寺虎くんは、皆が黙ったのをさも自分の手柄のような自慢げな顔で女性に話を勧めた。
皆が「コ、コイツゥゥゥ!」みたいな顔をしていたのは勿論語るまでもないだろう。
女性は一言「ありがとう」と静かに寺虎くんに告げてから、改めて皆に向きなおって語り出した。
私達がこの世界に呼ばれた理由。
そしてこの世界で私達がどう生きる事を望まれているかを。
「――それでは、ここからの移動を準備しますので、しばらくお待ちください」
話と質疑応答を終えて、女性・聖導師長ラルエル様――この神殿で崇められている女神を主軸とした宗教の、私達の世界では司祭という表現が一番近い地位らしい――は去っていった。
残された30人――すなわちこの場の全員が顔見知りのクラスメートのみだとはっきりした――は、暫しそれぞれに考え込んだ様子であった。
正直に言えば、何故私達、正確に言えば私達の世界の人間でなければならなかったのかも説明してもらったので、私的には大体の所は納得も理解も出来た。
死んでも契約さえしておけば蘇生できる事や、最終的に『諦め』さえすれば、苦痛や時間経過は伴うが元の世界に帰れる事も分かったので、幾分気も楽になっている。
またこちらでの生活を、私達が自立できるまでのある程度の猶予期間までは保証やサポートもしてくれるという。
ただ、それがずっと完全に保証されるかが不透明、かつ帰れるかの正確な真偽は実際に『諦めた』者しか分からないという懸念材料もある。
そういう事を踏まえてだろう皆の沈黙――それを破ったのは一人の男子だった。
「まぁ、うん、しょうがないな。
世界が危なくて、俺達が必要だったんだし。
それに折角色々準備してくれたんだし、言ってくれたとおり俺達は無理のない範囲で俺達の好きなようにやってみよう。
そうしてる中で自分達で帰れる手段を見つけたり、魔王を倒せたりしたら問題も解決するらしいじゃないか」
彼の名前は
このクラスの良い意味での中心人物である。
体育大会や文化祭などのイベントごとで皆が消極的に物事を進めていると、いつしか自然に彼が盛り上げていくというか、あえてそういう役割を担ってくれるというか。
その流れには不自然さはなく、彼自身が強引に引っ張るわけでもなく、むしろ面倒事を自ら買って出てくれる姿勢もあって彼を嫌う人は少ない。
以前そういう事を自ら買って出てくれる事のお礼を言った時も、
『いや、折角楽しい事なんだから盛り上げたいじゃないか。
むしろ協力してくれてありがとうな、八重垣さん』
と爽やかに言葉を返されたので、ただただ感心した。
そりゃあ女の子にもモテて当然だし、友達も多いのも至極当然である。
結構個性的な面々が揃ったこのクラスが、それなりにまとまって、それなりに皆和気藹々としてられるのは、彼の存在によるものである、と言っても過言ではギリギリないと私は思っている。
ともあれ、そうして彼が言い出してくれたので、丸く収ま――。
「好きなようにやるって言うけどよ守尋、なんか考えあるのかよ」
と寺虎くんが言い出したので生憎と収まらなかった、が、よくよく考えてみれば今回に限ってはあながち間違った指摘ではないと思う。
期限付きのサポートだが、ラルエル様達が様々に手助けしてくれるとは言え、いや、してくれるからこそ今後の私達の行動はちゃんと考えなければならないと思う。
一人一人が好き勝手に生きた結果、この世界に迷惑をかけるのであれば目も当てられない。
一緒にこの世界にやってきたクラスメート――私達は他人ではあるが、無関係ではいられない。
世界全体に対してのたった三十人、されどこの三十人は、数少ない同じ世界の仲間、は言い過ぎかもなので他の言い方にするなら、うん、同胞――なのだ。
ゆえに、一人がもし何か大きな問題を起こせば、全員が白眼視されないとも限らないのだ。
逆に誰かが、この世界で良い事を為したなら、もし大きな問題を起こしてもある程度の緩和も見込める――かもしれない。
だからこそ、クラス皆の足並みを完全に合わせる必要はないが、全体として方向性は決めておくべきなのだろう。
そこまで考えているかはさておきの寺虎くんの問いに、守尋くんは頭を掻いた。
「うーん、具体的な事はちょっと――堅砂、何かある?」
「何故俺に振る」
唐突に話を放り投げられて、堅砂くんは憮然とした表情をしていた。
そんな彼に守尋くんは屈託のない笑顔で言った。
「いや単純に堅砂頭良いから色々考えてくれてないかなって思って」
「――そうやって考えを放棄するのはどうかと思うぞ。
もうちょっと考えろ――といつもなら言う所なんだが」
周囲の視線を一身に浴びて、堅砂くんは小さく溜息を吐いた。
「こんな特殊な状況下だ、そうも言ってられないか。
――ひとまず、大前提はバカをやらかさない事だな。
特別待遇や貰った力を笠に着て好き勝手やれば、この世界の人間との軋轢を生んで、下手したら殺されるからな」
「おいおい、俺達はVIP待遇みたいなもんだろ?」
「そういう考えがトラブルを生むんだ。
「ハッ、ビビりの発想――」
「もしそうなったら、あのラルエル様はお前の事をどう思うだろうな。優しそうな方だったからな――悲しませるんじゃないか?」
「よし、バカはしない方向だな。お前ら変な事するんじゃないぞっ! いいなっ!!」
今度は至る所から『お前が言うな』のツッコミの声が上がった。そりゃそうよ――私もちょっと言いたくなりました。
だが、それを気にした風もなく完全に無視して寺虎くんは言葉を続けた。
「じゃあ、他はどうするんだよ」
「何度も言うようだが、ここは異世界、俺達が最低限でも信じられて当てに出来るのは基本俺達だけだ。
それを考えると現状では単独行動は絶対に避けるべきだろう。
そうだな――ある程度近い目的の者同士でグループを組んで、その目的への準備を猶予期間の間に協力し合って進めるべきだな」
「目的か――例えば、俺は魔王を倒したいって思ったんだけど、同じ人いる?」
そう守尋くんが問い掛けるが、誰も手を上げなかった。
――私は正直思う所はある。
だが、まだこの世界の背景、魔王がどういう存在なのかを正確には把握できていないので、申し訳ないが挙手はしかねた。
それこそもし魔王が何かしら理由があって行動――どうやら世界中のマナを掻き集めているらしい――しているのなら、その理由を知ってからでないとなんとも、である。
「ダメじゃん!? グループ出来ないじゃん!!」
「バカかお前は。いきなりそんなぶっ飛んだ目的掲げてついていく奴いるわけないだろ。
そうだな、例えば――ラルエル様の話にもあった冒険者になりたいって奴はいるか?」
冒険者。
ゲームやアニメ、小説などのフィクションに明るければある程度の想像がつく存在で、実際この世界では私達のイメージどおりの職業であるらしかった。
すなわち、依頼を受けてモンスター退治をしたり、ダンジョン探索をしたり、宝を求めて世界中を旅したり、だ。
ともあれ、そう問い掛けられるとクラスの約半分が手を上げた。寺虎くんも全力で挙手している。
「おおー! やっぱ冒険したいよな、うん」
「そりゃあそうだろ! 強くなってやりたい放題自由だからな!」
熱く手を握り合い交わし合う守尋くんと寺虎くん。
――若干意見のベクトルが食い違っているのは、話がこじれそうだし突っ込まないでおこう。
「じゃあ、ひとまずはそういう奴らで集まって、冒険に当たって何が必要なのかとか、どう強くなればいいかとか調べていけばいい。
残った面子はどうするんだ?」
「いや、そう言われてもな――」
「うん、どうしたらいいのか分かんないし……」
堅砂くんの問いかけに残った人の半分は渋い表情をしていた。
実際の所、文字どおりの未知の世界に来たばかりなのだ。
すぐに結論を出すのは難しいと思う。
だが、堅砂くん的には納得しかねたようで、彼は「ふん」とつまらなげに、そしてあからさまに息を零して見せた。
「そうして指示を待っていても、ここでは――」
「あの、いいかな」
そこで、私はおずおずとだが手を上げた。
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