198 もう一人の自分と、微かに胸に抱く何か――変わりゆく世界でも、地道さは大切に――②

「姉さん……! それにみんなも――!」


 グーマお父様の領主就任祝いがコーリゥガ邸で行われる中。

 グーマお父様との会話で脳裏に思い浮かべていたもう一人の私・姉さんと、はじめくん達……レイラルドで活動を続けている皆がそこには立っていた。


「来てくれたんだね」

「ファージ様の代理――というには身分的には軽いんだが。

 君と今後の事を話さなくちゃならないから、グーマ様への手紙を預かっている名目でどうにか、という所だな。

 まだ不足している部分は、自称・君の姉がファージ様の養子になるかもしれないからで埋められる……かというと、少し無理があると思うが」


 肩を竦めながら呟くはじめくんをはじめとして、グーマお父様に挨拶していった皆はそれぞれ宴に相応しいドレスやスーツを身に纏っていた。

 皆似合ってて素敵……やっぱり、かっこいいなぁ、うん。

 姉さんは、前回私が着ていたドレスによく似たものを着ている……一瞬同じなのかな、とも思ったけど、細部がちょっと違っているようだった。 


 しかし、改めて『自分』と思って見ると、ドレス、胸の辺りが結構開いていて、こう、なんというか――姉さんは恥ずかしくないみたいだから、いい――のかなぁ?


「自称ではないわ――妹も認めているし」

「それも含めて『自称』じゃないのか?」


 まぁ確かに私も姉さんも八重垣紫苑だからなぁ――ある意味では結局自称なのかも。

 でも、姉さん的には不満なようで、はじめくんをジト目で眺める姉さん。

 はじめくんはそれを小さく息を吐く事で受け流しつつ、言った。


「ともあれ、ファージ様としてはそこの姉が君を心配していたから、会わせたかったんだろう。

 ファージ様ご自身も君の事が気にかかっていた事も含めてな。

 俺達もそこに便乗させてくれた、という所か」

「そうだろうね、彼女一人だけだとちょっと心配というのもあるんだろうし」


 そう言ったのはクラス委員長の河久かわひさうしおくん。

 彼とはじめくんは前回レイラルドでの夜会に参加した時に仕立ててもらったものをそのまま使っているようだ。

 姉さんと、一緒に来てくれた他の人達の分は新しく作ったんだろう……お金結構使っちゃってないかな、ファージ様。


「……潮。私が幼児のようで不安だと?」

「いや、そこまでは言ってないんだけど――」


 姉さんにキツめの視線を投げかけられてしどろもどろになる河久くん。

 ――うーむ、私って少し不機嫌になるとこんな顔してるのかぁ……我ながらちょっと怖い。

 

「ふむ――しかし……ああ、紫苑少しそっちに」

「え? はい、構いませんけど……」


 グーマお父様の指示に従って、私は姉さんと並んで立った。

 その様子を満足げに眺めてグーマお父様さんは言った。

  

「ああ、やはり絵になる……今すぐここに稀代の絵師をお呼びして、君達の姿を絵という歴史の中に描き刻み付けていただきたいものだ」

「分かります――そうですよね……うんうん、綺麗だよ、紫苑ちゃん達」

「ホント双子の姉妹というか、いや、実質そうなんだけど――確かに絵になるよなぁ」


 うんうん、と頷くグーマお父様。

 それに薄緑色のドレスを纏った酒高さけだかさん、河久くんと同じ――というか男子は皆、殆ど同じだった――スーツを纏って少しギクシャクしている薙矢なぎやれいくんが言葉を続けた。

 う、うーん、そうやってまじまじと皆から注目を浴びるといたたまれなくなるなぁ……全身汗ダラダラになっていきそうです、はい。

  

「いやいやいや、姉さんはともかく私は――」

「いや、君達同じ顔してるからな。その理屈――遠慮は通らないぞ。

 それに――君の今回のドレスは、実に良い……露出を控える事で逆にスタイルの良さを品良く主張している」

「ああ、今回のドレスを仕立てる時、紫苑がそういう注文をしていたからね。

 もしも可能であれば、という控えめなお願いだったものだから、仕立てを頼んだ先には全力で応えるように頼んでおいた」

グーマお父様っ!?」


 グーマお父様の発言に私は思わず声を上げていた。

 その裏話は聞いていなかったという驚きもあったけど、注文については触れられたくなかったから……いや、そうでも、ないのかな?

 思わず声を上げてしまったけれど隠すような事じゃない――はずなんだけど。

 ……その発想の大本であるはじめくんがいたから照れ臭くなったのかな、私。 


「――そうなのか?」


 案の定というべきなのか、はじめくんが――珍しい、どこかキョトンとした顔で――尋ねてくる。

 うう、どうしてか、なんだか少し、ますます恥ずかしくなってきたんですけど。

 でも答えない理由もないので、私はついついモジモジと躊躇いながら小さな声で言った。

 

「……えと、まぁ、前、そういう事言ってたなぁって思い出して、その、参考にしてみようかな、って」

「そうなのか」

「そうなのです」

「「……」」

「ほほぉ? なるほどなるほど」

「妹。

 私は寛大なお姉ちゃんだから大体の事は許すけど、その男はどうかと思う」


 なんだか楽しそうなグーマお父様となにやらご不満な姉さんに私がツッコミ的な何かを入れようとした、その時だった――横合いから、笑みを含んだ声を掛けられたのは。


「おやおや、なんだか楽しそうなご様子ですね」

「おお、ニィーギ殿か」


 そうして声を掛けてきたのは、魔王軍司令代行を務めていらっしゃるニィーギさんだった。

 素敵な黒いスーツを身に纏ったその姿は――なんだろうか、私達の世界でのホストさんのような風情を漂わせていた……似合ってるなぁ。

 背に生やした大きな黒翼は、周囲の邪魔になると考えてか窮屈そうに折り畳まれている……お気遣いありがとうございます。


 ともあれ、私はしかとノーダさんに教え込まれた来客モードへと意識を切り替て、両手でスカートの裾を持ち上げつつの挨拶を送った。

 

「ニィーギ様、ようこそお越しくださいました」

「これはこれはご丁寧に、紫苑殿――いえ、新たな領主様のご令嬢ですし、紫苑様とお呼びするべきでしょうか」

「いえ、そう呼んでいただくような立場ではございませんので」

「いえいえ、そのお姿と立ち振る舞いはそう呼ぶにふさわしいものでしたよ」

「お褒めにあずかり光栄でございます――元もが粗野なもので、安心いたしました」


 いや、ホントに。

 ノーダさんにお叱りを受けないかいつも戦々恐々としているので。


「うんうん、それならノーダも満足だろう。

 さておき――魔族代表として来訪いただいた事、心より感謝するよ、ニィーギ」

「これからルナルガとは末永いお付き合いをするのですからね、当然の事です。

 まぁ、それはそれとして他にも用事はあるのですがね」 


 グーマお父様と握手を交わした後、そう言いながらニィーギさんは懐から何かを取り出した。


 あれは――手紙、かな?

 そうして眺めていた矢先、視線を送っていたものそのものが私の前に差し出された。

 

「ちょうど集まっていらっしゃったので手間が省けました、異世界人の皆々様」

「これは――?」


 どうやら私がもらってもいいらしい、と、おずおず受け取るとニィーギさんはニッコリと微笑んで告げた。


「魔王様から皆様への招待状でございます。

 今後について改めてお話したい事がある、との事です」

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