⑰ 激しい落差(ギャップ)にご注意を
「ドラゴン、退治……?!」
領主・ファージ・ローシュ・レイラルド様からの依頼――結構な無茶ぶりな気がするんだけど。
クラスメートにしてこの場に集められた代表者の一人、
しかし、まぁ無茶ぶりは置いておけば、ちょっと私……
だけど、問題はそれを今の私達に可能かどうか、という所で。
というか、そもそもこの依頼は――
「守尋、期待しているところ悪いが、今の話しぶりから察するに必ずしも退治する必要はないようだぞ」
「え? そうなのか?」
「――そのとおりだ」
「さっきも言ったが封鎖した地域は、結界領域となっている。
十数年来維持され、それと共に時を重ねるごとに魔術により聖なる力を強化している。
――それに五年ほど前、異世界人達が無断で入り込んで魔物を狩っていた事もある」
話を聞く度に、私達より前に召喚された異世界人のやらかしに頭が痛くなる。
一部は良識的だったというけど……こうも酷いと、操られていたとか何か事情があったんじゃと考えたくはある。
色々気になるが、最早本人達にでも訊かないと当時の状況が分からないのが歯痒い。
「だから、中にいる魔物はかなり弱体化し、大きく数を減らしているはずだ。
もしかしたら既に完全消滅している可能性もある。
ドラゴンにしても、もし生きていたとしても相当に弱っていると思われる。
――だが、相手はドラゴンだ」
そこで私達に念を押すように視線を送って、ファージ様は静かに、しかし重々しく告げた。
その威圧感に私達は息を呑んだ。
特にの
「ドラゴンは並の魔物とは存在からして普通の生物とは一線を画する存在だ。
神に連なる者も多いし、逆に自ら魔に従う事で力を増大させた者もいる。
正直、弱っているかどうかなど、本当の所は蓋を開けてみなければわからない」
「――なるほど、そんな危険な蓋を領民に開けさせるわけにはいかない。
だから、我々異世界人に任せる、そういう事ですね」
遠慮のない堅砂くんの言葉に一瞬いいのかなぁとドキッとする――がファージ様は変わらずだった。
「話が早くて助かる。そういう理解でいい」
そうして、ただただ淡々と私達に言葉を送るのだが――それでいて、冷めているようには私には感じられなかった。
なんというか、何かを押し殺しているというか、抱え込んでいるというか――
「ただ、一応君達が今回の件に相応しい理由もちゃんとある。
あの領域は魔力を使う事そのものが大きく阻害されるのだ。
基礎的な魔力が高いか、相当錬磨されていないと魔法や魔術を使う事すらままならないだろう。
だからこそ、基礎魔力が高く、神から贈られた特別な力を持つ、君達異世界人に任せるのが理に適っている……そういう事だ」
「確かに理に適っています――失礼いたしました」
「良い。
状況が状況とは言え、君達にしてみれば自分の命を捨て駒扱いされているように思えるだろうからな。
では理解してもらったところで改めて言おう。
レートヴァ教による保護期間完了までに封鎖地区の安全確認を君達に依頼したい。
もし引き受けた際の依頼達成の証明は、ラルエルに行ってもらおうと思っている」
「――私は構いません。厳正なる証明をお約束いたします」
「君ならば偽りなく遂行してくれるだろう。大いに助かる。
そしてこの依頼が達成できた暁には、その封鎖地域そのものを君達に購入してもらい、管理してもらおうと思う。
管理と言っても、実際には最低限の良識にのっとってもらえれば、好きに使ってもらって構わない」
封鎖地域、おそらく立地的には一番私達が求める条件に一致していたであろう場所だ。
街の近辺は結構歩き回ったが、兵隊さん達で封鎖された地域はそこしかなかったので、間違いないだろう。
もし達成出来さえすれば、少なくとも住む場所――土地の購入の他に、一応宿屋に長期宿泊する事も視野に入れていたのだが、信用がないので認められないと言われていた――についてはクリア出来るのは大きい。
「そして、その実績を元に、それ以後は君達を『異世界人』としてではなく『領民』として扱う事も約束しよう。
一応言っておくが、その立場を持って君達を縛るつもりはない。
あくまで領民としての権利を行使できる、それだけだ。
君達は『異世界人』として為すべき事をしてもらわなければならないからな。
――という訳だ。
後は君達がこの依頼を受けるかどうか――持ち帰って同胞達と十分に検討するといい。
私からは以上だが……いいかな、ラルエル。
そういう要件だったんだろう?」
そうしてファージ様がそもそもこの場を設けたラルに尋ねると、彼女は即答はせず、静かに彼へと視線を送った。
少し鋭さのある表情を伴うその視線は、何かを問いかけているようにも見えた。
――実際の所どうなのかは分からないが、暫しの視線の交錯の後、ラルは「いいでしょう」と静かに頷いた。
「レートヴァ教、聖導師長ラルエルの名の下に、レイラルド領主ファージ・ローシュ・レイラルドと第8次異世界人との会談、確かに見届けさせていただきました。
引き続き、この件の見届け人としての責任を果たしましょう」
カシャン、と持っていた白い杖――私達の世界の錫杖に形状としては近いが、水晶が杖の頭部に収まっていたり、美しい装飾が施されている――を鳴らし、厳かに告げた。
その立ち姿はおそらく誰もが見惚れてしまうほどに美しく、実際私達も、ファージ様さえもラルから暫し視線を外せなかった――。
「ああ、紫苑怖かったでしょ? よしよし、もう怖くないからね――?」
「ひぃゃぁっ!?」
そんな領主様との初対面から暫し後。
馬車――領主様の所に赴く都合から、神殿に行き来していた幌馬車よりも遥かに綺麗なものだった――で帰路に着いた私達だったのだが、馬車が城の敷地から出るや否や、隣に座るラルが私に抱き着いてきた。
「まったくファージくんは、相変わらず無駄に威圧的で……もう大丈夫よ、紫苑」
「ちょ、ら、ラルっ!? 抱きしめてほっぺすりすりは、その、ちょっと―――み、皆見てるからぁっ!?」
「いいじゃない、減るものでもないし」
「へ、減ってる――! 多分私の何かこう、色々なものがっ! ひぅぅっ……」
向かいの席に座る皆の視線――全員……堅砂くんさえも若干顔を赤くして、呆然とこちらを眺めている――がすごく突き刺さってるんですがっ!
そりゃあすごく良い香りがするしあたたかくて安心するけれども!
くすぐったいやら照れ臭いやら柔らかいやら、もう色々な情報が行き交い過ぎてて――!
「これ見てても大丈夫なのか……? というかラルエル様こんな方だったのか……?」
「いや、まぁご本人が減るものでもないって言ってるし」
一番呆気に取られている河久くんが視線を若干彷徨わせつつ――でもチラチラ見てはいる――言った。
対照的に一番じっくりと眺めている守尋くんは、うんうん、と満足げに頷いている。
「私は言ってないよー!?」
「とは言うが、八重垣も本気で嫌がってはないんだろ?」
「そりゃあ、私だって、その、こんなに好かれるのは嬉しいし――」
堅砂くんの突っ込みに私は抱きしめられた状態でしどろもどろに答えた。
生まれてこの方こんな風に誰かに好かれた事などないので、戸惑いはあるけど、嫌な気持ちになっているわけでは決してない。
ないけれど!
「でも、それはそれと言いますか……ひゃわぁっ?! 耳に息吹きかけないでぇ!?」
「まぁでも、俺的には威厳溢れてるラルエルさんよりこっちがいいな。親しみがあって」
これ親しみがあるって言うかなぁ?と突っ込みたくはあったが、色々な意味でジタバタする私にはそんな余裕はなかった。
そんな私を他所にラルはすごく良い笑顔を浮かべている。そりゃあもう。
なんというか、少し前あれだけ美しく威厳のあったヒトと同一人物とは思えないです、はい。
「その意気やよしです巧様。でも簡単には呑み込めない潮様の真面目さも良きです。
世界には様々な価値観があって受け入れられない事もあるでしょう。
ただ、肯定は出来ずとも、そういうものもあるのだと存在を認めるおおらかさを大事にしてくださいね。
一番悲しいのは存在さえも認めず、完全に拒絶する事ですから」
「――すごく良い事を言ってるんだけどなぁ」
「いやいや、受け入れようぜ、河久。こんなにも美しい世界を否定しなくてもいいだろ? ぶっちゃけ眼福だ」
「ふむ。守尋の言う事も一理あるな」
「あ、あるのかなぁ――?」
ラルはともかく私は違うと思う――まぁ、その、ラルが、すごく嬉しそうなので、いいんだけど。
「――で、場を和ませる為の茶番はそろそろ終了で良いですか?」
「ふふ。見抜かれておりましたか。さすが一くん。――まぁ半分ほどは本気でしたが」
いや、八割は本気だったんじゃないかなぁ、と突っ込みたかったが、真面目な話がそろそろ出来そうなので黙っておく私であった。
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