⑯ 威厳ある領主様からの依頼――マジですか?


 そうしてクリアできない幾つかの問題に悩む中、私達に突き付けられたのが申請していた土地の利用不可、という知らせだった。


 この世界では明確な郵便制度は存在しなくて、基本的に街から街、領地から領地、職場から職場、それぞれの繋がりで行き来・出入りする人々がついでの形で請け負う事が基本だった。

 急ぎの場合は専用の送者――所謂飛脚のような存在――を使ったり、個人間であれば魔法・魔術によるメッセージのやりとり――鏡や水晶で文字を送る、メールのようなもの――が行われるとの事だ。


 今回はレートヴァ教が領主様からの必要事項の確認書類の中の一つで、私達宛の知らせを受け取り、私達を担当してくださっている神官さん達が急ぎそれを持ってきてくださったのだ。


 御礼と共に開封した私達は、ただ却下したという事を知らせる内容に困惑しかなかった。

 これはもっと詳しく話を聞くべきだと結論付けた所で、そこにラルが直接やって来た。


『今回の件については、流石に私も話を聞きたいので場を設けました』


 今回のラルは私への友人モードは鳴りを潜めている事もあり、相当思う所があったようで。

 もう既に準備は整えていると代表者四人――つまり、私・八重垣紫苑、クラスメートである堅砂かたすなはじめくん、守尋巧もりひろたくみくん、河久かわひさうしおくんを馬車に乗せた。


 そうして辿り着いたのが、今現在私達がいるレイラルド領を統括するレイラルド城の中にある執務室であった。


 そこで自己紹介を交わした後、改めて私達に領土は任せられないと領主様・ファージ・ローシュ・レイラルド様に告げられたのである。

 執務室の奥、質素ながらも領主様の一室に見合う確かな作りの机のその向こう、自身の席に堂々と座るファージ様の姿には威厳が感じられた。


「それは何故なのか、お教えいただけますか領主様」


 静かに告げられたその言葉に、クラス委員長たる河久かわひさくんが私達を代表して問い掛ける。


 クラスの中心人物は守尋くん、色々と考えるのは堅砂くんだけど、こういう場面で正しく責任ある立ち振る舞いが出来るのは彼をおいていない――私を含め、皆がそう思っている。

 それが間違いないと思える、確かな立ち振る舞いに内心感動していると、領主様……ファージ様は、私達一人一人に視線を向けた。


 目が合った瞬間、少し気圧されるような、そんな感覚があった。

 領主としての威厳なのか、もっと別の何かなのかまでは分からないが、私達のような子供にはまだ出せない凄みのようなものがひしひしと伝わってくる。


 ――ただ。

 その直後、私の顔を見てほんの少し眉を顰めたような、そんな気がした。

 なんだろう、陰気臭そう&鈍臭そうな私がここにいるのが場違い的ななにかだろうか?

 いや、そもそも何故ここに、と一番思っているのは私自身なんですよ、ええ。

 一応拠点組女子責任者として行かないといけないかなーみたいな空気になってたし、責任は果たさなきゃだし、でここにいますけれど、本来はこういう場所に向かない陰キャなんですからね、ええ。


 それはさておき、そうして私達を値踏みしていたかもしれないファージ様は重々しい、渋い低音の声で告げた。

 ……正直カッコいいです。


「単純な信用の問題だ。

 君達はこの世界の危機に神に呼び出された神の使徒――そうレートヴァ教ではなっているが」


 ちらり、とラルを一瞥する。

 ちなみにラルは形式ばった挨拶と『今回の事、説明していただけますか?』という静かすぎて冷たさが――怒りが伝わってくる状態で問い、以後はツンとした視線を領主様に向けていた。

 ――私達の為に怒ってくれるのはすごく嬉しいのだけど、ラルの立場が大丈夫なのか心配なので、私は内心落ち着かなかった。


『ラルさんは大人だ。自分の行動の判断や責任はご自分で取られるさ。

 君が心配しなくてもな』

『――ありがとう、うん、そうだよね』


 私の表情を察してか、堅砂くんが思考通話テレパシートークで声を掛けてくれた。

 その事に感謝して、私は私になりに気を静めて、改めて動向を見る事にした。


 そうして怒りを静かに纏うラルの様子を知ってか知らずか、領主たるファージ様は至極淡々と言葉を紡いだ。

 なんというか、割と感情が出る息子さんとは逆だなぁ。


「領主の私にとって異世界人の大半はただの無頼の輩だ。

 君達もおそらくそれとなく聞いているだろう。君達以前の異世界人の蛮行を。

 彼らは膨大な魔力と神に与えられたという特別な力、レートヴァ教の後ろ盾の下で好き放題にこの地を乱していた。

 我々レイラルド家は領民全体に異世界人の事を明かしてはいないから、それが異世界人によるものだと知る者は限られている――それゆえに君達はかろうじて生活できているに過ぎない」


 この世界、この街に住む一般的な領民は、私達の存在を詳しくは知らない。

 ただ私達と関わりのある部分――レートヴァ教の人達、冒険者協会や魔術師協会(というか図書館の人達)、一部のお店の方――に生きる人達は、嫌が応にでも知り、接する事になる。

 

 ちなみに冒険者の人達は冒険者同士では問題ないが、それ以外では私達の事をあまり吹聴しない、という立場になっていた。

 先日知り合った党団とうだん『酔い明けの日々』の団長・ターグさん――私に直接謝ってくれた方だ――によると、冒険者として知り得た情報を必要以上に広げるのは守秘の規律に反するとの事だ。


『まぁ義務ってわけじゃないが、ペラペラお喋りし過ぎるのは信用を損なうからな。

 と言っても、どのぐらいまで話していいのかの幅は結構適当だけどな。

 とんでもない冒険譚なんかは思わず喋っちまうことも多いしな。

 褒めてるんだからいいだろ的なノリで』


 と彼はおっしゃっていた。


 領主の息子・コーソムさんは自分の事を吹聴してもいいみたいな事を語っていたが、まぁあれは自主的なのでノーカンなのだろう。


 それはさておき。

 私達もそれとなく、私達より前に召喚された人達の事は伝わっていた。


 実際領主様が語った通りなのだろう。

 ターグさんもそうだったように、一部の人は私達が異世界人だと知っていると露骨に警戒する事もあったし、街の方で動いてくれていたクラスメートからも警戒された事は教えてもらっている。


「そんな輩を信用して土地を預けるなど出来るはずもない。

 ――だが、早計だな」

「え?」


 思わず河久くんが訊き返す声を上げる。

 ラルも寝耳に水の展開なのか、眉をピクンと微妙に動かして、微かに驚いている様子だった。


「私は、今の君達、と言ったはずだ。

 さっきも言ったが、単純な信用の話だからな。そこの君」

「え? ひゃいっ! なんでしょウっ!?」


 いきなり話を振られたので私は思わず動揺を晒してしまう。

 うう、恥ずかしい――ラルは一瞬目を輝かせてた気がしたけど、気のせいだと思おう、うん。

 しかしファージ様は表情を全く動かす事もなく、淡々と言った。


「八重垣紫苑。

 君が、我が領民を助ける為に未熟な腕を振るい、自身も危険に晒されながら戦ってくれた事は聞いている。

 それに、そこの少年……守尋巧も真面目に魔物を退治する他、接した人々の手助けをよくしている事も聞いている」


 え? それは初耳なんですが。

 それ思ってチラリと視線を送ると、守尋くんは照れ臭そうに苦笑していた。

 ……わざわざ話す事ではないと本人は思っていたのだろう。そんな気がする。


「――それに、私自身、異世界人全てが愚かな野蛮人だとは思っていない。

 君達のように一定以上の良識を持ち合わせている者も少数ながら存在している事も理解している。

 そして、そういう人間が為してきた、大きな成果も――」


 瞬間、ファージ様は遠くへと思いを馳せるような、そんな視線を天井――空へと送る。

 ずっと鋭かった眼が、その一瞬だけ僅かに緩んだような、そんな気がした。

 だけど、それは本当に一瞬で、直後再び私達に向けた視線は、最初からのものと同一であった。


「異世界人もまた私達と同じ人間で、玉石混交なのだろう。

 ただ振るう力が大きいゆえに、警戒せねばならない立場は理解してもらいたい」

「それは勿論、重々に承知しております」


 河久くんが落ち着きのある声と引き締めた表情で、私達を代表して丁寧に肯定してくれた。

 本当に彼がいてくれてよかったと思う私であった。  

 ――他の2人はともかく、私は絶対にこんな受け答えできないので、ええ。


「そう言ってもらえると助かる。

 それを踏まえて私は、今回召喚された君達の事は信じたいと考えている。

 だが、他の者――仮に領民達だが、彼らに全ての事情を明かした上でなお『君達ならば許せる』と思ってもらえるほどの実績は今の君達にない。

 その実績作りの為に――私から提案がある」


 そう言って、僅かに身を乗り出して、改めてそこに立つ私達一人一人に視線を向けてから、ファージ様は重々しく告げた。


「私がレートヴァ教に要請した新たな保護期間中に、君達には私、そして領民に情報を開示したとしても納得し得る成果を上げてほしい。

 具体的には――現在封鎖している地域の安全の確認を、君達に依頼しようと思っている」


『――提案するのが好きな親子だな』


 瞬間思考通話テレパシートークで話しかけてくる堅砂くん。

 実は私もまったく同じことを考えていたので、ただただ内心で頷いた――現実でも頷きそうになって焦りました、はい。


「ファージ様、それは――」


 直後、ラルが声を上げた。

 その表情は驚きや困惑――今までラルが私達には見せた事のないものだった。

 ファージ様は、そんなラルを片手を上げて制した上で言葉を続けた。


「ラルエル、口出しは無用だ。私とて熟考した上での言葉だ。

 そしてこの提案を持って、君との約束――いや、領主として口にするのは憚られるが、賭けだな。

 それを果たす事にしよう」

「――ファージ様、より具体的には、それは何を行えばよいのでしょう」


 これまで自己紹介以外は沈黙していた堅砂くんが声を上げた。――とても真剣な表情で。

 おそらく、この提案による危険性を計ろうとしているのだろう。


 そんな堅砂くんの言葉を全く動揺する事なく受け止めて、ファージ様は言った。

 ――それは、私達の想像を越える言葉だった。


「現在封鎖している地域。

 そこには危険な魔物を封じ込め弱体化、いずれは消滅させる結界領域となっている。

 そこに封じられた魔物の消滅を君達には確認してもらいたい。

 様々な種類の魔物がそこにはいたが――最大の存在は、ドラゴン」

『?!』


 思わず息を呑む私達――それに構わず、ファージ様は淡々と告げた。


「そう、ドラゴンが無事に消滅しているかの確認。

 そしてもしまだ生きているのであれば確実なる討伐を、君達には行ってもらいたい――」


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