⑱ 改めて知りました――冒険に『絶対の安全』はない事を


「というか和ませるほどに荒れた雰囲気じゃなかったでしょう」


 少し揺れる馬車の中、彼・堅砂かたすなはじめくんは、レートヴァ教聖導師長ラルエルことラルに言った。

 するとラルは私・八重垣やえがき紫苑しおんを抱きしめたまま――そろそろ離してほしいんだけど、日頃お世話になっている事もあってラルが満足するまで待つつもりです、はい――答えた。


「でも、それなりに緊張していたでしょう?

 そんな後は思うよりもずっと頭が働かないものです。

 緩める事が出来る時は思いっきり緩める事、大事なので忘れないようにしてくださいね」

「――了解しました。

 では、しっかり緩んだので話をさせていただけますか?」

「はい、わかりました。――名残惜しいですが」


 ラルはそう言うと私から離れて居住まいを正した。

 表情も若干引き締めると本当に凛々しくて、さっきまで私の頬をスリスリしてた人と同じとは思えないなぁ。

 ――まぁ私も好きなヒーロー作品見てる時は人の事言えないんだけど。

 ここに来てから続きを見る事が叶わないのが、正直少し寂しい。

  

「話が終わったらまた遠慮なく愛でてください」

「ふふふ、そうしますね」


 勝手に話進めないでほしいなぁ――とは思うが、嫌ではないのであえてノーコメントの私。

 でも一応堅砂くんに半眼気味の視線を送っておきます。

 そんな視線を一瞥しながらも華麗にスルーして堅砂くんは言った。


「実際の所、ファージ様からの依頼は俺達でも達成できると思いますか?」

「――ふむ。そうですね――」


 そう呟くとラルは私達一人一人を眺め見て、小さく頷いた。


「簡単ではありませんが、貴方方なら不可能ではないと思います。

 それに、ファージ様がドラゴンについて言及してましたが――ドラゴンはもういないはずですから」

「そうなの?」

「ええ……あそこにいたドラゴンは特殊な――とても特別な存在でした。

 それゆえに明確に、本当の意味で存在していれば私には分かります。

 あそこにまだ何かいる、もしくはあるのだとしても、それはただの残滓です」


 私の問いに答えるラルはすごく物憂げな、何かに思いを馳せるかのような表情をしていた。

 よくよく考えてみれば、辺り一帯を結界で封じるなんて余程の事なのではないだろうか。

 話しぶりから察するにラルも無関係ではないのだろう……無遠慮に訊くような事じゃないと思うから口にはしな――

  

「昔、何かあったんですか? ファージ様も含めて」

「堅砂くん――?!」


 容赦も躊躇いもなく訊ねていく堅砂くんに、私は自分でも驚きなのか制止なのか分からないままに彼の名前を呼んだ。

 馬車内に同席している守尋もりひろたくみくんと河久かわひさうしおくんも『こいつ訊きやがった』的に眉を顰めている。

 だが堅砂くんは顔色一つ変えることなく言った。


「訊ける事は訊いておいた方がいいだろう。

 依頼を受けるかもしれない俺達とは無関係という訳じゃないだろうからな」

「命を懸けて戦うものとして、実に正しい考えです。

 紫苑、そして巧様、潮様も、心遣いは大切ですが、時にはこうして踏み込む事も必要な時があります。

 それを推し量る事は難しい事ですが、覚えておいてくださると嬉しいです。

 さて何かあったのかですが――ありましたね、ええ。

 ですが、それは私からは言わないでおきましょう」

「――ファージ様から話してくださるかもしれないから?」

「そういう事です、紫苑」


 なんとなく呟くと、ラルは満足げに頷き、その上で言葉を続けた。


「この依頼は彼――あの方も、いえあの方こそ一番思う所があって、その上で貴方達に頼んだ事のはずです。

 それを私の口から話すのは躊躇われます。

 おそらく、無事に依頼を完遂された暁にはあの方から全て話してくださるでしょう」

「それは結構、だが情報が必要なのは今なんですが?」

「大丈夫です。

 確かに色々と関係こそありますが、あそこにドラゴンが存在しない以上、情報は意味を為しません。

 あそこの結界領域は元々ドラゴンの為に準備されたものなのですから」

「――解せませんね」


 ラルの解答に堅砂くんは納得しかねたようで、顎に手を当て思考を巡らせつつ言葉を続けた。


「あの封鎖された地域はドラゴンの為のもので、ラルさんはもうドラゴンがいない事を知っている。

 にもかかわらずどうしてずっと封鎖しているんですか?」

「そうですね――その上で十二分に警戒する必要があるから、というのが一番の理由ですが。

 私達――ファージ様、私、そしてスカードにとっては大事な場所であり、ある意味直視できない場所でもあるからですね」

「師匠も関係してるの?」

「ええ」

「師匠って?」

「えと、夕飯時の報告会で話したと思うんだけど、私と堅砂くんに冒険者としての修行をつけてくれてる人。

 元々ラルがその人を私達に紹介してくれたんだ」


 疑問に思ったのか声を上げた守尋くんに簡単に説明する。

 そうした事で思い出したようで、守尋くんは、なるほど、と手鼓を打った。

 そんな彼に河久くんは若干呆れた表情を浮かべる。


「八重垣さん達何度も話してたぞ――」

「いやーごめんごめん、人の名前覚えるの苦手でさ。あ、話遮ってごめん」

「いえいえ、お気になさらず。

 話を元に戻しますが――つまり、私達にとってあそこは……苦い敗北を喫し、失敗してしまった場所なんです。

 だからこそ、今の今まで理由を盾に踏み込めなかった――彼にとっては、特に尚更でしょう」

「――そんなファージ様がどうして今、私達にあんな依頼をしたんだろう」


 私が何気なくそう呟くと、ラルはただ微笑んで、暫しの間だけ私を見つめていた。


 ――なんだろうか。

 さっきまで散々に見つめられていたからなのか、なんとなく分かる。

 ラルの目は私ではない別の人を見ているような、そんな気がした。


「それも、全てが終われば話してくださるでしょう」

「――なるほどな。今回の依頼は……いや、後で話すか」

「ええ? なんだよ、勿体つけてさ」

「別に勿体つけてないぞ、守尋。効率の問題だ。

 どうせまた後でみんな集まった時に話す事になるしな。 

 ただ言える事は、この依頼は受けておくべきって事だ」

「ええ、そうしてください」


 堅砂くんの言葉に、ラルは良く出来ましたと言わんばかりに朗らかに笑って言った。


「もうはじめくんは察しているようなので、これだけは言っておきましょうか。

 今回の依頼に危険は殆どありません。

 勿論、しっかりと警戒や準備はしておくべきですが、きっとそうして備える練習になるだけでしょう」

 

 一体如何なる理由なのか、ラルエルは強めの言葉でそう語り、堅砂くんもまた余裕のある不敵な笑みを浮かべていた。

 良くは分からないが、この二人がこうまで語る以上、あまり危険な事は起こらないのだろう――そう思っていたのだが。





 

「何故――――こんなこと、ありえない――――?!」


 数日後の、結界領域の中。


 他ならぬラルが、これ以上ないほどの戸惑いの表情を浮かべ。


 堅砂くんが顔面を蒼白にし。


 皆ただ茫然と立ち尽くしていた。


 そんな私達を嘲笑うかのように、私達の周囲には数えきれない程の魔物、そして眼前。


「――ドラ、ゴン」


 私達、そして真っ赤に染まった私の視界には、全身を腐敗させたドラゴンが咆哮を上げていた――!

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