121 みんなが手を取り合う為の、大激戦⑬

 人族と魔族の和解調印式を邪魔する為に現れた『蒼白そうびゃく騎士きし』。

 彼らと、彼らの動きを阻止するべく参上した人族・魔族・異世界人の混合部隊の戦いが始まっていた。


「あーっと……?!」


 そんな中、異世界人の一人、党団――『選ばれし7人ベストセブン』の一員であるつばさ望一ぼういちは与えられた『眼』でこの辺りをを俯瞰していた。


 彼にその眼を与えたのは、他でもない魔王だった。

 魔王曰く『君の力は、認識を広げれば広げるほどに有効活用できるから』との事だった。


 望一の力――すなわち『贈り物』・【風見鶏かざみどり】。

 それは物理的な風そのものから様々な物事の流動さえ見切って、自身に有利な状況を引き寄せる事が出来る能力だ。

 ゆえに、自身の置かれた状況をより多角的・全体的かつ正確に見る事が出来れば、その精度は高まる――魔王の考えに間違いはなかった。


 だからこそ、望一は魔王直々に、この混合部隊の一部の指示役を命じられていた。


 いたのだが――。


「えっと、グーマ様の兵隊さんは……南東、だよな、の方向にちょっと後退!

 魔族の人達は、地面に攻撃して敵さんの足場を崩して、それから――」


 そういう役割上、望一は極めて忙しい状況にあった。

 普通の視界と、魔王が上空に放った使い魔――精霊獣というらしい――から送信される視界の両面から情報を把握。

 そこから自身の脳裏に浮かび上がった風の道……どう動くかの直感を言語化して伝えなくてはならなかったからだ。


 目まぐるしく常に変化していく戦場でのそれは絶え間ない情報の嵐さながらだ。

 それを見極めての指示の負担は推して知るべしである。


つばっち、大丈夫?」


 そんな望一に声を掛けたのは、彼と同じく異世界人、『選ばれし7人ベストセブン』の一人である麻邑あさむら実羽みうだった。

 彼女は望一が読み取って発した指示を、魔術による声なき声でこの辺りの仲間達に中継する役割を担っていた。


「大丈夫――じゃないけどさ……それを言うなら実羽ちゃんもだろ?」

「ま、それなりにね☆」


 実羽が使用しているのは、使用者の声を事前に魔力付与した人物に一方的に送信する、という魔術らしい。

 なんでも、彼らのクラスメートで、今は遠く後にいる堅砂かたすなはじめの『贈り物』――【思考通話テレパシートーク】ほど便利な代物ではないとの事だった。


堅砂かたっちの【思考通話テレパシートーク】は、魔力付与の手間無しな上殆どノータイムでメッセを送受信できるけど、こっちはそうもいかないかんね。

 普通に話すよりはマシだけど、送信だけだから行動最終確認は出来ないし』


 それゆえ、なのだろう。

 時折望一の『眼』には、自身の指示から少し外れた行動を取る状況が幾つか見えていた。


「ま、なんとかしてみるわ」


 そんな状況を、実羽は自身の魔術でどうにかある程度はカバーしているようだった。


 望一は改めて思う――実羽は一体いつの間にこれほどの魔術を覚えていたのか、と。

 彼女が使用する魔術は、魔力無効化や空間転移、結界の他、所謂能力強化や逆に低下、さらに各種攻撃魔術など多岐に渡る。

 もしかしたら、クラスで一番魔術について学び開発しているらしい堅砂一をも軽く凌いでいるんじゃ――と望一は考えている。


 実羽本人は『選ばれし7人ベストセブン』としてクラスから離れた頃に手に入れた杖のお陰だと語っているのだが――。


 さておき。

 そんな実羽をもってしても、現状は厳しいようだった。


 何故なら、ここにいる部隊には決定力が不足していたからだ。

 戦っている面々は決して弱くはない――どころか、人族や魔族の中では確実に『強い方』に分類される者達ばかりだ。

 だが、八重垣やえがき紫苑しおん阿久夜あくやみお寺虎てらこ狩晴かりはるのように戦況を一気に覆すような要素は持ち合わせてはいなかった。


 初手、望一の指示による、たまたま吹く強風を【風見鶏】で見切って乗せた風魔術と火炎魔術。

 それらにより噴き上げた土埃で視界を鈍らせ、風に乗せた火炎と風そのもので多少なりともダメージを与え、足を止める。

 そこへ、各自使用可能な者達が放つ雷の魔術により、騎士達の勢いを大きく削ぎ、乱戦にもつれ込む事には成功した。


 だが、そもそも強さの平均値では騎士達が若干上。

 ゆえに、最初に流れを掴み、実羽や魔術師達による強化魔術で底上げをして、どうにか五分に持ち込めている状況だった。


 それが『眼』に見えて分かっているだけに、望一は歯痒かった。

 全体的な『風の方向』は悪くない、悪くないが――こちら側の何人がは傷つき、倒れていく姿も目の当たりにしていた。

 魔術師達の治癒や各人のカバーで死者はまだ出ていないようだが……いつ出てもおかしくはない。


(――正直辛いね、これ)


 望一は内心でだけ呟いた。

 彼は楽しい事が人一倍大好きで――それゆえに辛い事悲しい事は人一倍避けたい性質だった。


 でも、そんな彼だからこそ分かっていた。

 ここから眼を背けて逃げてしまえば、これからの人生を決して楽しくは生きられない事を。

 クラスメートが、多少なりとも知った人々が――特に女の子が――傷ついていくのを知った上で『楽しい』のは……ただただ気が進まないのだ。


 楽しさというものは、自分一人で生み出すには限界がある。

 それで十分賄える人もいるのだろうが、望一には

 誰かと共有する事で、より広く大きく拡大できる――彼にとっての楽しさは、そういうものだった。


 だからこそ、せめて自分の知る範囲では悲しい事はなるべく起こってほしくない。

 そしてそれゆえに――今は、臆病風に吹かれて逃げ出していい時じゃない。


 それに……これだけキツい状況なのだ。

 これを見事に乗り切れば皆から――実羽や静、紫苑に澪……は少し厳しいかもだけど、ともかく皆からちやほやしてもらえるかもしれない。


「俺も、まぁなんとかしてみるよ」


 だから望一はあえて笑った――実羽の前でかっこつけるために。

 そうする事で自分自身に発破を掛けるために。

 

 そんな望一の笑顔に、何か感じるものがあったのか――実羽は、額の汗を拭ってから彼へと言った。


「そっか――うんうん、がんばってんね。

 じゃあ、この戦いが終わったらつばっちへのご褒美に、デートしたげよっか」


 ――その瞬間だった。

 望一の眼が爛々と、これ以上ないほどに煌めいたのは。


 後に、実羽はその有様について――


「まさに眼光炯炯がんこうけいけい――なんてーか、理想のスイーツとか推しに運命的に出会ったあたしらというか、夜汰やたっちが語ってたロボットの起動シーンみたいだったね、うん」


 と、苦笑しながら語ったという――。

 

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