91 後片付けまでが冒険です・8


 結界領域の安全確認。

 言葉にすればただそれだけの領主様からの依頼は、紆余曲折を経て十数日の時間を掛けてようやく完了した。

 予想外の出来事の連続だったので私達的には納得の期間だったけど――一般的にはどうなんでしょうね?


 私・八重垣やえがき紫苑しおんが、懇意にしていただいている党団『酔い明けの日々』団長、ターグさんに尋ねた所。


『『『いやいやいや』』』

「時間いくらもらっても普通は無理だぞ、おい。

 よくもまぁ無茶を成し遂げたもんだ」


 と党団の皆様共々納得のご意見をいただきました。

 そりゃあそうですよね……色々な偶然が重なった結果の奇跡の上に奇跡を掛け合わせたような成功だったと今にしてしみじみ思う。


 ちなみに皆さんは領主たるファージ様の所に報告に行ってもらった後、冒険者協会にも報告に向かい、そこで不測の事態に備えてくれていた。

 それもあって、皆さんには元々の私達からの依頼料+領主様からも報酬をいただいたそうだ。


「いや~お陰様で危ない橋を渡らずに大儲けできたぜ。ありがとな」


 満面の笑みでターグさんが語り、党団の皆さんも頷いてくれていたので、私はホッとした。

 実際、予想外の事に巻き込んでしまって申し訳なく思っていたので救われた思いです。

 また何かあったら手伝うとおっしゃってくださった事が、すごくありがたく、嬉しかった。


 ――――まぁそれはそれとして、ちょっと年齢制限なお誘いはパスの方向で。

 あくまで冗談だったのは分かってたけど、一緒にいたはじめくんが魔杖・フーオルリーブを構えようとしてたので慌てて制止して冒険者協会を後にする事になったりしたし。

 私より冗談って分かりそうなはじめくんなのになぁと思って尋ねると、本人曰く「俺も冗談だ」との事。

 ちょっと真に迫ってたから冗談って分からなかったなぁ――その辺りの判断はコミュ障には難しいです。


 さておき。

 そうしてようやっと日常が戻ってきた――そう言いたい所だったけど、そこからも私達の慌ただしい日々が暫く続いていく事となった。


 なんせ、二日後にはレートヴァ教が設けた『保護期間』の終了が迫っていたからだ。

 責任者・聖導師長たるラルは、今回の依頼があまりに大事だったから掛け合って延長を申請してもいいとしてくれた。

 だけど、私達は話し合った上でそれをあえて遠慮、翌日の内に引っ越しの準備を進めた。


「こういう公的な約束事は可能な限りきっちりと守っておくべきだよ。

 順守を続けるのが一番いいが、それが難しい時もある。

 だから本当にそれが難しくなった時に信じてもらうために約束、契約は日頃から可能な限り正しく守っていくべきなんだ」


 というのがクラス委員長の河久かわひさくんの言葉である。

 納得出来る言葉でしかなかったので、私達はシミジミ頷くのであった。


 とは言え、引っ越しの手間はそんなになかった。

 各人の身の回りの品々を手荷物に纏めた上で、既に準備済みの大荷物ともども馬車で運ぶだけだったからだ。

 これについては決戦の日の前日までにそれを計画的に進めてくれていた拠点組の活躍が大きかった。


 『贈り物』である【数の暴力】を駆使し、必要品の正しい価値を見極めて購入してくれていた網家あみいえさんは、


「紫苑達は命懸けてくれてる分、直接的な危険が少ない人間はこういう所で頑張らないと。

 不公平でしょ?」


 と笑ってくれて、協力してくれた皆も、引っ越し準備に協力があまり出来なかった事について『気にしないでいい』、『むしろこっちがごめん』と逆に励ましをもらっていた。

 もっとも、そう言ってくれた何人かは現地にも赴いて危険の中でヴァレドリオンの魔力刃生成に協力してくれたので、公平じゃないんじゃないかと私は思っている。

 なので、今後拠点組の皆が困っていたら力になりたいと密かに決意の炎を燃やしていたりする。

 特に拠点組の女子責任者業務を半分肩代わりしてくれた網家さんには足を向けて寝られないです。感謝。


 そうして、私達は保護期間終了の次の日の朝、住まわせていただいていた寮にてお世話になった皆さん――レートヴァ教の神官さん達や、寮の食事を始め、生活面でサポート・教授してくださっていた皆様に感謝の言葉を、そしてささやかだけど御礼の品々とお花を贈らせていただいた。

 ちなみにこうして『召喚された一同』から御礼をもらった事は殆どなかったらしく、皆様すごく嬉しそうに感極まったご様子だった。

 ――私達以前の異世界人は、ホント何してたんだろうね、うん。


 その際、今後も困った事があったらいつでも相談してくれていいから、と皆様がおっしゃってくださったのもあり、私達もまた皆様に困った事があればとお手伝いしますと握手を交わした。

 私達がどうにかこうにか生活基盤を整え、学ぶ事が出来たのは皆様のお陰なので、ただただ感謝しかない。

 本当に素晴らしい方ばかりで――――正直私も感極まって泣いておりました。


「いや、何も今生の別れじゃあるまいに」


 そう言って終始冷静だったはじめくんだけど、皆様一人一人に丁寧に頭を下げていたので、抱いた気持ちはきっと同じだと思う。


 そうして私達は一か月足らずの期間過ごした――この世界での私達にとっての学び舎を後にした。


 ここから先、私達は可能な限り自分達の力だけで生きていかねばならない。

 だけど――正直な所、不安はあまり感じていなかった。


 あの日……この世界にやって来た時と同じように馬車に揺られながら、空や風景を眺める。

 緑がかった空にも大分慣れたが――今の所堪えきれない程のホームシックを感じてはいない。

 幸運にも、というべきなのか。

 それは他の人も同様らしく、その事絡みでの大きな喧嘩や仲違いは今の所起こっていなかった。

 

 未だ異世界にいるという興奮から冷めていないのか。

 元の世界よりもこの世界に住みやすさを覚えているのか。

 あるいは、今の私達が大事な何かを忘れているのか――正確な所は分からない。


 ただ、今の所はこの世界で生きる他ない。日々の生活を疎かには出来ない。

 元々の行動予定であった、魔王を倒すにせよ、元の世界に帰る手段を探すにせよ、だ。


 でも、今のところ私は――やはり大きな不安は感じていなかった。

 ポンコツな私だけならいざ知らず、頼れるクラスメート達が共にあるのだから。

 勿論頼り過ぎてはいけないので、自分に出来る事はちゃんと自分で出来るようにならないとね、うん。 


 そうして馬車に揺られつつ、これからの生活に意欲を燃やしていたからか、私は気付いていなかった。

 私へと、ある意図を持って視線を向けている存在に。


 そうして見過ごしてしまった事で、私は予想もしない事態へと巻き込まれる事になるのだが――――私の知らぬ間に、その時は刻一刻と迫っていた。

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