92 後片付けまでが冒険です・10

 そうして私達は、数日前に決戦を繰り広げた結界領域へと到着した。

 当面は、購入したテントや寝袋をフル活用したキャンプ生活っぽい形で日々を過ごしていく事になる。


 この状況がこのまま続けば生活の厳しさが日を追うごとに増していく事になるだろうけど――実際の所、そうはならない事がすでに確定していた。


 まず防犯面で言えば、私達には頼もしい二人が存在してくれている。

 【本の為の世界シェルター・オブ・リーディング】という結界を展開できる酒高さけだかさん。

 そして【鋼の砦ザ・ガーディアン】という鋼の巨人ゴーレムを召喚できる夜汰やたくん。


 酒高さんは、結界による生活拠点防衛について、責任感の強さもあって自分からは言い出せないでいた。

 だけど屍赤竜リボーン・レッドドラゴンとの戦いを経験した事で吹っ切れたのだという。


「私でも、ちゃんと心を決めたら出来る事があるんだって分かったから。

 少しでも、憧れに近付きたいしね」


 結界領域での私達の生活圏を守る事を表明してくれた後、そう言って微笑む酒高さんはすごくかっこよくて素敵だった――私も負けずにがんばらねば。


 夜汰やたくんはというと、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンとの戦いでレベルアップを果たした事で、巨人・ガーディイスの召喚条件の調整を行えるようになったとの事だ。

 それにより、用途は限定されたり性能は据え置きだけど以前よりは使いやすい形で召喚出来るようになったという。

 屍赤竜リボーン・レッドドラゴンとの戦いでボロボロになってしまったガーディイスが心配だったので尋ねた時、私達を日常的に守れそうだ、と夜汰くんは嬉しそうに報告してくれた。


「扱いづらくてこれまで皆に貢献できなかったからな。その分を返せるように頑張るぜ」


 意気込んでガッツポーズする夜汰くんはすごく自慢げで心強く思えた。

 ――余談だけど、今度ガーディイスが無事に修理を完了させた暁には、肩や手に乗らせてもらったりする約束なので楽しみです。

 

 ともあれ、そんな二人の頼れる守護者の存在で私達の安全は強く確かに保証されている――ありがたい事に。


 そして、さらに言えば――。


「あ、やっと来たー!」


 私達の到着を見て、赤竜王様の肉体の上に座るレーラちゃんが手を振ってきた。 


『――――やっとという程待たされてはないと思うが』

「こまかいなぁ、エグザは」


 そうして『二人』は話し合っているわけだが――現在レーラちゃんとエグザ様は共通の肉体で言葉を交わしている。

 すなわち、レーラちゃんが交互にかわいい声と威厳のある声で言葉を発しているわけで。

 中々にシュールというか状況を知らないと、ちょっとホラー染みてるような気もしないでもない。


 ちなみにこの状態、魂が二つあるとかではないらしい。

 転生したエグザ様の魂の一部の空白領域をヒトとしての意識に整えて五年間育ってきたのだという。

 なのでエグザ様とレーラちゃんは同じ魂を持つ同一人物ではあるんだけど、魂を使ってる部分が違うというややこしい状態らしい。

 二重人格が概念的には近いけど、それとは微妙に違ってる感じもあって、他の誰かに解説するとしたら中々に骨が折れるかもしれない。


 二日前に改めて事情を聴いた際、赤竜王としての肉体にエグザ様の意識を移せないのかと尋ねてみたところ――


『魂というものは、そう簡単に分離できるものではない。

 十数年前は融合した直後であり、その上で所縁の力があればこそ可能だったのだ。

 ……一部例外もありはするがな』


 との事だった。


 ちなみに、そもそも何故レーラちゃんとして転生したのかについては次のように話してくださった。


『人という生き物を同じ人間としての視線で観察した上で存在の是非を測ろうとした――というのもあるが。

 先々の事を考えてな。

 人であり竜でもあるという存在が役に立つ時が来る――とだけ、今は言っておこう』


 知り過ぎると今後の私達に影響があるかしれないから、とエグザ様はそれ以上語る事はなかった。

 ――レーラちゃんは話せばいいのに、と不満そうだったけど。


 さておき、このレーラちゃん(赤竜王様)は、暫く二つの肉体を使い分けながら活動したいとの事で、人間としてレーラちゃんを育てたい都合もあり、暫しの間私達と行動を共にする事になった。


 ただし、赤竜王――世界を守護する存在としての責任上、私達の活動や行動を一方的に手助けするつもりはないらしい。

 至極当然の意見だし、そんな大それたことを考えてる人は私達の中にあまりいなかったので、何の不満がありましょうやと、これまで通りの――レーラちゃんとその保護者としての関係を続ける事になった。


 だけど、共に生きる分――レーラちゃんの保護者たる私達の存在意義程度に助言はしてくれるそうだ。

 それだけでも十二分にありがたい事だよね、うん。


 かくして、私達は暫し野宿生活でも十二分の安心感を得ている訳なのだが――いつまでも野宿を続けるつもりはない。というよりそんな生活が長くは続かない事が約束されていた。


「あ、そうだ。おうちをつくるひとたち、もうトンテンしてるよ?

 ほら」


 エグザ様共々朝の挨拶を交わした後、レーラちゃんが少し離れた所を指さした。


 私達の住居となる建物――私達は宿舎と今のところ呼ぶ事にしている――を作り出している数十人の方々がテキパキと作業を進めていた。

 そんな視線に気づいてか、彼らの中の一人が歩み寄って来る。

 その人を、私は見知っていた。

 ――――十数日前にゴブリンに襲われていた人々……ご家族のお父様であった。


 実はあの時のご家族、寮があった街で建築業を営んでいたのである。

 私達が土地を確保した後の住居問題に悩んでいる中――レートヴァ教の保護期間短縮に伴い信用を失って、建築を断られていた――住居を探して東奔西走する網家さん達から話を持ち掛けられたのだという。

 その際、どうにかゴブリンを退治出来た私が相談しに来た皆の仲間クラスメートだと知って、建築を引き受けてくださったのだ。


 ただ、私達が信用的には厳しい状況だった事から、無条件という訳にはいかなかった。

 ご家族や雇っている人達の生活もあるので当然の判断だと思う。 

 それを踏まえての話し合いの結果、その時すでに受けていた結界領域の安全確認依頼が達成できた暁に私達の住居建築を引き受ける、という形になったのである。

 ちゃんと依頼が達成できたなら、その時私達は領民としての立場をもらっていて、信用回復もできているはずで、抱えている問題は概ね消えてなくなる。

 であるならば迷惑をかける事もないだろうと私達は判断、事前準備や計画を進めてもらった上で待ってもらっていたのだ。

 ――――ちなみに、費用は大幅に安くしてもらっております。ありがたいです、本当に。


 そして昨日、無事に依頼の達成報告として領主様からの証明書を見せる事で今日からの宿舎建築開始と相成ったのである。


「ようやく、あの時の御恩がお返し出来る事、嬉しく思います」

 

 昨日そう涙ながらに語ってくれたお父様に、私がしどろもどろでグダグダの対応をしてしまったのは言うまでもないだろう。お恥ずかしい限りです。

 

 そんなお父様は、私達のすぐ側までやってくると赤竜王様(&レーラちゃん)に恭しく丁寧に頭を下げる――するとエグザ様が言った。


『そう何度も畏まらずとも良い。汝らは朝挨拶したであろう』

「しかし、赤竜王様――」

『我は挨拶や礼儀を多少欠かしたからと汝らを食い散らかすような器の小ささを持ち合わせてはおらぬ。

 重ねて言うが、深く気にするな』

「は、はい……努力いたします」

 

 エグザ様はこの世界の人々にとっては神に最も近い存在だからなぁ。

 それを抜きにしてもドラゴンの威容は凄まじいのだから、緊張どころの騒ぎじゃないのは当然の反応だろう。

 その上で、その事も含めた上でエグザ様は気にするなとおっしゃっているんだろうけど……簡単に頭の整理は出来ませんよね、ええ。


 しかし、他ならぬ本人に言われた事もあり、彼はエグザ様を意識しないようにしつつ、それでも緊張から出た汗を拭いながら私達に向き直った。

 

「おはようございます、皆様」

「「「おはようございます」」まーす!!」


 いただいた挨拶の後、私達も揃って頭を下げた。

 お、レーラちゃん元気な挨拶実に可愛い……エグザ様からの挨拶かと思ってお父様は一瞬ビックリされてたけど。

 どうやら『違う』事はエグザ様から話を聞いていたらしい。

 ホッと胸をなでおろしつつも、その事への言及はせず、私達への言葉を続けた。


「皆様の為の住居の建設、今日から正式に着工いたしました。

 なるべく短い期間で終わらせますので、不自由をお掛けしますが、しばらくお待ちください」

「丁寧かつ迅速な対応、痛み入ります。

 ただ、私達は急いでおりませんし、私達自身家のない生活を学ぶ必要があると思っての野宿ですので。

 どうかお気になさらず。

 ご迷惑をお掛けしますが、何卒よろしくお願いいたします」

 

 クラス委員長である河久かわひさくんが、今回も丁寧に対応してくれたので、私達は彼に合わせて頭を下げるだけだった。

 いつも任せっぱなしで申し訳なく思ってるので、私もこんな時ちゃんと対応出来るようにならないと内心反省しております。


 ともあれ、そうして挨拶すべき人達との言葉を交わし終えた私達は、本格的なここでの生活に着手していった。

 家事、栽培、狩猟に、仕事、それから勉強――自分達の責任と判断の下でしなければならないことはたくさんある。

 少なくとも安定・安全な生活が整うまではあまりのんびりは出来ない――私達はそうしてドタバタな日々を数十日過ごす事となった。


 時折トラブルも起きつつも、概ねは和気藹々とした学びの日々は、とても充実していたと思う。


 ――――そんな生活を始めてから約一か月後だった。


 領主様からの思わぬが私達の元に飛び込んできたのは。

 それは、無事私達の宿舎が完成してから数日後の事でもあった――――。

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