93 後片付けまでが冒険です・11

「――――えーと、つまり、ファージ様は俺達にパーティーに参加してほしいって事なのか?」

「要約するとそういうことになる」


 情報を整理した後、守尋もりひろくんが呟いた言葉に、少し困った顔で河久かわひさくんが答えた。


 それは私達の住む宿舎が完成して数日後の朝方。

 領主様からの使いの人がこの辺り一帯の領主たるファージ様からの手紙を持って訪れた。


 重要な要件との事で、クラス委員長であり拠点組の男子責任者たる河久くんと、一応拠点組女子の責任者たる私・八重垣やえがき紫苑しおん、 状況整理の為にクラスで一番頭が切れるはじめくん、冒険組のリーダーである守尋くん――は寝坊していたので、代理に彼の幼馴染である伊馬いまさんが話をお聞きする事になった。


 宿舎が出来て初めての来客ではあったけど、こんな事もあろうかと私達はラルから礼儀作法を学んでいた。

 それもあって、多分大きな失礼、大きなボロを見せる事はなくどうにか応対できた。

 ――――挨拶の時私が噛んで、皆に何とも言えない視線を受けた以外は特に、うん……すみませんでした。


 ひとまず皆の意見をまとめなければならないので返事は数日後改めて、という事をファージ様に伝えていただくよう頼み、使いの方には帰っていただいた。

 そして、今――遅めの朝食を終えた人達と合流、こういう時の為に作ってもらっていた談話室にしてクラス一同が勢揃いしていた。


 ただ、クラス一同と言っても現在集まれる面々に限っている。


 まず、一か月前の事件で事情聴取を受けた後、ひとまず勾留されたままとなっている寺虎てらこくん達七人は不在である。

 本当なら裁判の後、然るべき処分をされていてもおかしくはないらしいのだけど――レートヴァ教からのお達しがあったらしく、裁判が中々始められない状況にあった。

 ラル曰く、総本山――レートヴァ教の中核からの指示のため、ラルにはどうにもならないという。


 ちなみに、コーソムさんについては取り調べ――つばさくん達が正確に証言した――の結果、今回の事は寺虎くんたちの主導であり、彼は巻き込まれただけであると明らかになった。

 その為、今回も明確に罪に問われる事がなく本人的には口惜しかったらしい。

 ――そういう真面目さ、しっかりファージ様譲りだなぁ。

 

 それから、今回の出来事で尋ねたい事もありファージ様と本音で話す機会を作ってもらったとの事で、少し前に話した際、


「やっと、息子らしくなれた気がするよ」


 と苦笑しながら語っていた。

 現在はあえてファージ様の近衛騎士団に入って文武を鍛錬しているとの事だ。


 閑話休題。

 話を元に戻すと、この場にいない他の人達はというと、朝から市場に出かけている人達――私達の食事を取り仕切ってくれている両里さんとその護衛と荷物持ちについてくれている津朝つあさくんと志基しきくん、自らの唄を磨き上げる為に路上演奏に出かけている有詫ありたくん、といったところである。


 私やはじめくんも早朝から鍛錬や魔物退治に出かける事があるのだけど、今日の所は宿舎で今後について話そうとしていたので、まだ外出していなかった。


 と、そんな一部の人達を除いての一同に、河久くんは言葉を続けた。


「僕達が屍赤竜リボーン・レッドドラゴンを倒した――赤竜王様の帰還を導いた事が色々な影響を生んでいるそうだ。

 それで、異世界人との関係性について見直すべき、という意見が各地の有力者達から出ているらしい。

 それを整える――交流を改めて初め、深める為の夜会を開きたいという事になっている。

 ただ――ファージ様の手紙によると、事はそう簡単じゃないそうだ」

「俺達自身も注目されているが――――一番の関心はレーラ、赤竜王らしい」


 一くんの言葉に、私の膝の上に載っているレーラへと視線が集中した。

 その瞬間、彼女の表情が大人びた――赤竜王・エグザ様としてのものへと変化する。


『ふむ。下らぬ事だ。

 どうせ汝らを通じて我に媚びを売っておきたい、という所だろう』

「まさにそのとおりです。ファージ様からの手紙にはその事を警戒するようにと書かれています。

 あと、エグザ様にパーティー……夜会に参加してほしいと、使いの方はおっしゃってましたが」

『我に人の理に従う謂れはない。世界の秩序的にも望ましくあるまい。

 ファージの手紙にはおそらくその必要がない事も書いてあるであろう?』 

「それもまたそのとおりです」


 エグザ様の言葉に、河久くんが何とも言えない表情を浮かべていた。

 

 有力者さん達の気持ちは分からないでもない。

 神に最も近い存在と意思疎通する機会を――なんらかの特別扱いを賜れる好機を――逃す理由はないだろう。


 私だって元の世界では、特撮番組のエキストラ募集でもあろうものなら馳せ参じようとしていたからね、うん。

 ――いや、その、根本のベクトルが違うのは分かってるけど、そういう得難い機会の例え話という事で。


 とは言え、なんというかあからさま過ぎて正直ちょっと引いちゃうなぁ。


「すみませんね、人間という生き物は基本ろくでもないものなので」


 私の隣に座るはじめくんは、やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせた。

 エグザ様はそれに面白げに笑みを返しつつ言った。


『それについては我の方がよく理解している。

 何故人間は上の立場に到達すればする程に腐る存在が多いのだろうな』

「そうなればなるほど自分が特別だと勘違いしやすくなるからでしょうね。度し難い事に」

「俺はどっちかというと何故堅砂かたすなはそんな偉そうなのか、の方が気になるな」

「僕もそうだな。――君こそ自分が特別だと思ってないか?」

「守尋にしても河久にしても偏見がひどいな。俺ほど自分はただの人だと理解している者はいないというのに。

 もっとも、頭の出来に関してはこの中で一番という自負はあるが」

「ゴホンゴホン」


 話が逸れそう&違う方向にヒートアップしそうになったので咳払いで場を整える。

 その上で、私は尋ねようと思っていた事を口にした。


「じゃあ、レーラちゃん――エグザ様は不参加としても、私達はどうしたらいいのかな?」

「そこが問題だな――僕達の中で夜会に参加したいと思ってる人間はいるか?

 いたら挙手してほしい」


 河久くんの問いかけに応じたのは――伊間いまさんただ一人だった。

 私含む他の人は、何とも言えない表情で挙手の素振りさえ見せなかった。


「え? ちょ!? なんで私だけなの!?」

「いや、むしろなんで廣音はそんな乗り気なんだよ」

「ええー!? だって巧、夜会って、御伽噺のお城の舞踏会みたいな感じでしょ?!

 ドレス着て、シャンデリアの下で踊って――!

 乙女的には憧れじゃない、そういう華やかな場所!

 紫苑は違うの?!」

「ふぇっ!?」

 

 まさか話を振られるとは思っていなかったので、思わず変な声が出てしまう私。

 その事に赤面しつつ、私は素直な心情を口にする事にした。 


「まぁ、その――興味はあるけど……それよりも大変そうだなぁって印象の方が勝るというか」

「うん、紫苑と全く同意見」

「そうだよね――色んな意味で気疲れするよ」


 私の言葉に、意見を述べつつ、うんうん、と頷いていたのは網家あみいえさんと酒高さけだかさん。

 それに他の女子達も同様の意見を零して夜会への参加を渋っていた。

 実際、映画とかアニメとかでたまに見かける貴族的な舞踏会とか一般人だと気後れするのが当然だと思う。


 ――阿久夜あくやさんがこの場にいたら、我先にと参加を表明していただろうなぁ。

 そう思い浮かんで、少し胸が痛くなる。


 数日に一度は拘留されている皆に会いに行くのだけど……あれから彼女とは一度も話せていない。

 それどころか、誰とも目を合わせようともせず、必要な事柄以外、殆ど何も語らない状態が続いているという。 


「負けたのが認められないんだろうよ。ま、気持ちはわかるけどな。

 あ。一応この機会に言っとくが、俺は八重垣に負けたのであって、堅砂には負けてないからな」


 意識を取り戻した当初は大騒ぎだった寺虎くんの言葉は、なんとなくそうなのかもと思わせる説得力があった。

 ――阿久夜さんの、勾留が続いている皆の事は気になるのだが、今はひとまず思考の隅に置いておこう。申し訳ないけど。

 

「皆乙女心捨てすぎじゃない? もっと夢を見るべきよ、うん」

「みんながみんな夢を持てたら苦労しないわよ」

角鈴かどすずはドライ過ぎじゃない?」 

「そうでもないわよ。イケメンにはいつも熱く燃え盛っているもの」

「あー……その辺りは、また各人で話してくれると助かる。

 でだ。

 皆が参加に乗り気でないのは分かったが――参加しないわけにはいかないのは分かっているよな?」

「ファージ様に迷惑かける事になるから、だよね」

「ああ、八重垣の言うとおりだ。

 手紙に書かれていたが、今回の夜会は、有力者の言葉が多く大きくて無視が難しい状況ゆえにファージ様が主催として開く事になったとの事だ。

 その状況でエグザ様はともかく、俺達が誰も参加しないとなればファージ様の顔に泥を塗る事になる。

 なので、最低でも代表二名、可能ならもう少し参加するべきだと思う」

「うーん、そうだよなぁ……じゃあ、しょうがない俺行くわ」


 そう言って参加を表明したのは守尋くんだった。

 守尋くんは、若干渋面を形作りつつ、伊馬さんに視線を向けた上で言った。


「廣音が行きたそうにしてるからなぁ……ほっとくと心配だし」

「……まるで私が何かをやらかすような言葉ね?」

「はっはっは、ソンナコトハナイヨー」

「あからさまに棒読みで返事しないでよ! まあ付いてきてくれるのは嬉しいけど」

「当然、河久は行くんだな?」

「……分かってるよ。行くしかないだろ、立場上。

 君も来てくれるだろ、堅砂」

「――――果てしなく気乗りはしないが致し方あるまい。

 これで男三人、女一人か……あと一人くらいは女子が必要か。……」

「出来れば二人が望ましいとは思うが、みんな気乗りしないようだしな。一人でもやむを得ないか。……」

「あと一人かー。……」

「あと一人ねぇ。……」


 え? なんだろう、皆の視線が完全にこちらに向けられているような。

 ――いやいやいや。まさかね、うん。


「えーと、その、もしかして……まさかと思うんだけど――私が行くべきだと皆様思っていらっしゃる?」


 そうあってほしくないというか、それはないだろうと思いながら私が呟くと……この場のほぼ全員が頷いた。

 皆の動きは、私が思わず目を背けたくなる程に、まるで訓練していたかのような一糸乱れぬ完璧な同調を見せていた――。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る