94 後片付けまでが冒険です・12
「ううー……なんだかなぁ」
私・
私――いや私達が今いるのは、領主たるレイラルド家が所有する歓待用のお城だった。
すごく広い大広間、その天井からぶら下がっている魔力で輝くシャンデリア――全てが荘厳で美しい。
……他の皆はともかく、私は場違いでないか心配です。
領主であるファージ様に、赤竜王様再臨の記念と
話し合いの結果、夜会に参加する事になった私、
なんせ各地の有力者――貴族や冒険者協会のお偉いさん、レートヴァ教の方々、近隣の領主様方――が来訪されるのだ。
失礼な事をやらかしてファージ様に迷惑をかける訳にはいかないし、下手に誤解や敵対視をされない為にも、ちゃんとした姿を見せるべきだろう。
なので私達は夜会での礼儀作法や着ていくスーツやドレスの仕立て、ダンスの練習などなど、山のように覚えるべき事を短期集中&ギリギリまで学ぶ事となった。
その影響で、日ごろの鍛錬の時間や依頼の時間が大幅に削られてしまった。
両立しようと思っていたけど――――ダンスって難しいよね、うん。
私的に、一か月前の戦いを経て、大幅にレベルアップした身体が未だ上手く扱えていないのは不安要素だ。
ダンスや日常的な事には支障がないけれど、強い魔物と戦うようになった時が心配なので、より慣らしておきたかったのだけど。
そもそも、それがちゃんと出来ていたら夜会への前準備にももっと集中できたのになぁ。
と色々モヤモヤしたものがありつつ、その中で私が一番気にしているのが――。
「疲れた様子だな」
色々な感情が込められた私の呟きに反応して、
思わず小さく息を吐きつつ私は言葉を返す。
「疲れるよ、勿論――陰キャ……は改善しようとしてるけど、それはそれとして私にこんな煌びやかな場所とか向かないのに。
煌びやかな人達と話すのも苦手だし、そもそも――私の格好、どうなのかなぁって、気疲れもあるし」
そう、気質に合わないアレコレに加えての、私の今の姿。
私にはそれが一番気にかかっていた。
薄紫色のドレス――要請したのはこちらだからと、ファージ様が私達全員のドレスやスーツの準備や下手の代金を肩代わりしてくれた、それは極めてありがたい。
当日の髪のお手入れやお化粧まで万全にしてくださったのも、そうだ。
でもなぁ。
「ドレスとかすごく綺麗過ぎて、私めちゃくちゃ浮いてるんじゃないかな?
馬子にも衣裳というか着せられてる感というか」
準備してくれた全てにはすごく感謝の気持ちを抱きまくりだし、私も一応女子なので領主様の全力サポートによるコーディネートも得難い経験ですごく嬉しい。
けれど、それを纏う側が何とも言えない存在だと勿体ないのではないしょうか?
申し訳なさで胃が痛くなるんですが。
そんな思いを込めての言葉だったんだけど――その言葉に、一緒に来ていたクラスメート皆が『何言ってるんでしょうこの子』みたいな表情をしていた。
「あの、紫苑?
さっきまでの挨拶回りで、御偉様方の大半が紫苑に注目してたのに気付かなかったの?」
「気付いてたよー……それこそ、田舎娘の背伸びに苦笑してたんじゃないかな。
伊馬さんこそ注目されてたよ。その赤いドレスすごく似合ってるからね、うん」
「あ、うん。ありがとう……」
「……八重垣、皆様君の事褒めまくってただろう?」
「お世辞だよお世辞。社交辞令の大事さは、河久くんが一番分かってるくせにー」
「八重垣さん、あの、ドレスすごく似合ってるよ、うん。浮いてないと思うなぁ、俺」
「ありがとう、守尋くん。少しでもそう思ってもらえてたら嬉しいなぁ」
実際、私よりも遥かに皆のスーツやドレス姿の方が似合っている。
みんなかっこいいしかわいいからね、うん。
――一目見た時ドキッとしたのは秘密。
ともあれ、そんな私の発言に納得がいかなかったのか、何とも言えない表情を浮かべていた。
――
多分、私が私を卑下する事を怒ってくれてるんだと思う……いや、その、気をつけるようにはしてるんですが、元々自己評価が低い私には難しいものなので勘弁してください。
「いや、ほら、私は一部がね、目立っちゃうからね?
ちょっと胸元開いちゃってるし。
そのせいそのせい」
なんだか場の空気が微妙な感じになっているのを感じて、私は弁護意見を述べる事にした。
実際視線の一部が私の胸部に向かってたのは気付いていたけど、まぁ、元の世界でも稀によくある事だったので。
勿論、度を越えたら思う所はあるし抗議も辞さないですよ、ええ。
そんな私に伊馬さんが少し呆れた様子で言った。
「紫苑――場の空気を明るくしようとしたのは分かるけど、男子がいるから、そういうのは言わない方が良いわよ。
男はね、そういう発言を膨らませる妄想野郎が多いんだから」
「ちょ、お前なぁ、そ、そういう事言うなよな。偏見だよ偏見」
「――――なに、そのリアクション。巧アンタまさか」
「いやいやいや、チラッと見そうになったけどそれだけだからマジで。ガン見はしてないって」
「語るに落ちてるぞ、守尋。
しかし、分かっていないな……こういうものはあえて露出を控えるべきだと俺は思う。
その方がより魅力を強調できるはずだ」
「君は君で何を言ってるんだ、堅砂――。
いやその、八重垣、すまん。馬鹿ばっかりで」
「気にしてないよ、大丈夫。気を遣ってくれてありがとう、河久くん」
実際言葉どおり、気にはしてない。
ただそれはそれとして
『――でも
『何故に? 俺はただ素直に魅力を……』
『お話があります』
『……分かった。――まぁ、俺としても話したい事があったからちょうどいいが』
話したい事……なんだろう、と私が思ったタイミングだった。
「……諸君、急な要請に応えてくれた事に感謝する」
いつの間にか近くに歩み寄っていたファージ様が私達に声を掛けてきた。
話に盛り上がっていた為か接近に気付かなかったので、ちょっとビックリ――話の内容がちょっとアレなので注意を受けないだろうか。
「いえ、こちらこそ事前の準備にご協力いただきありがとうございます」
「お陰様で恥ずかしい姿を見せずに済みました。改めてありがとうございます」
河久くんの言葉の後に、私も御礼と共に頭を下げる。
いつも河久くんばかりに対応させるのは申し訳ないので。
――事前の話の内容を気付かれていないようでホッとしております、はい。
「―――」
安堵した瞬間――ファージ様の視線が私を捉えていた。
一部の人と同じように私の一部を凝視――などとは微塵も思えない、真剣で……どこか悲しげな眼差しで。
「ファージ様、何か、私が無作法な事をしておりますか?」
そうではないだろうと思いつつ、話のきっかけになればと私は尋ねてみた。
実際無作法な事やってないとも限らないしね、うん。
そんな私の問いかけをファージ様は淡々と否定した。
「――いや、そんなことはない。
ただ……前から思っていたが、君は何処となく、私の妻に似ているような、そんな気がしてな。
顔立ちが、ではなく雰囲気が、だが。
「……残念ながら、明確な記憶にはございません。
ただ……以前から、何故か何かが引っかかっているような気はするんです。
あ、いえ、その、なんとなくなんですが――すみません」
「――――そうか。もし何か思い出したら教えてくれるだろうか」
ファージ様の奥様にて、コーソムさんのお母様である黒須所縁。
彼女は帰ってくる事を約束しながらも、十数年経った未だにファージ様達の前に姿を現していないのだという。
――そんな人を待ち続ける気持ちは、愛も恋もままならない私では想像すらできない。
だけど、そうして想いを抱き続ける事が尊い事に間違いはないし、その成就を祈らずにはいられない。
だから私はファージ様を真っ直ぐに見据えた上で、大きく頷いた。
「勿論です。奥様との再会……こんな言葉が作法に沿っているかは自信がないのですが……応援しております」
「そうだな。確かに言葉選びとしては若干無作法かもしれない」
「ううぅ、すみません」
「だが、謝る必要はない。君の気持ちはちゃんと伝わっている。
その真っ直ぐな在り様……やはり、似ているな」
「えと、その、そうだと嬉しいです」
「……ふ。
ああ、そうだ。君に伝えるべき事が一つあった。
例の魔循兵装の修理経過だが――先日、腕利きの兵装技師の元に送っておいた」
魔循兵装――ヴァレドリオン。
激戦の末に壊してしまったので、街の武具屋を回って修理を頼んで回ったのだけど――どの武具屋にも断られてしまった。
なんでも修理する為のノウハウや部品が不足している事しか分からないのだという。
贈ってくれたスカード師匠に相談しようと思ったのだけど、師匠は置手紙――留守にする事を伝える本文以外に、これからの私達の鍛錬メニューや様々な教えが書かれていた――を置いたまま、暫く帰ってきておらず、頼る事が出来なかった。
師匠から、そして所縁さんから譲り受けた――ファージ様がかつて使用していた事を話してくださった――品だから、というのも勿論あるが、
あの戦いを潜り抜けられた事への感謝と壊してしまった申し訳ない気持ちも相まって、私としては可能な限り修理を諦めたくなかった。
なのでダメもとで、今回の夜会の件で一度会う事になった際にファージ様に相談した所、魔循兵装を取り扱う街の技師の中で優秀な人を探してくれることになったのだ。
すごく畏れ多い事なんじゃと後から思ったりもしたけれど背に腹は代えられなかったのです、ええ。
――今、改めて思ったけれど、ファージ様にとっても思い出深い武器だから、なのかもしれない。
……いや、だからこそ壊した事がすごくすごく申し訳ないんですが。
「ただ遠方の為、戻ってくるのは随分先になるが、構わないか?」
「勿論です。こうして手を尽くしてくださった事が何よりありがたいことなので。
お手間を取らせてしまって申し訳ありません――」
「そう申し訳なさそうな顔をせずともいい。
今日私達がこうして夜会などを開いていられるのは、君達の尽力の賜物だ。ヴァレドリオンの存在も大きいだろう
……将来的な危機に備える意味でも、修理しておくに越した事はない」
「それは魔物がより活発になる……魔族が攻めてくる可能性がある、と?」
グラスを片手に冷静に尋ねる
「今の所はその片鱗はない。だが――赤竜王様の復活が、なんらかの余波を生む可能性は低くないだろう。
まして、今のあの方は
強力な力が一つ所に固まっている状況を傍観しているだけとは正直思い難い。
用心しておくに越した事はあるまい。
君達も十分に気をつける事だ」
「はい!」
「了解です、ファージ様」
「お心遣い、痛み入ります」
「警戒しておきます」
「鍛えて備えます」
「――うむ。では不慣れで大変だろうが、楽しんでくれるといい」
私達が口々に頷く姿に、どこか満足げに頷き返してファージ様は去っていった。
「なんだか、随分柔らかくなった気がするなファージ様」
「そうなの? 私は直接お会いしたの皆ほどじゃないから分からないけど」
「ああ、守尋の言うとおりだと思う……以前のファージ様はもっと張りつめていた感じだったよ」
「コーソム氏との関係改善も出来たし、気になるあれこれに変化があったからだろうな。
大きな責任を背負ってらっしゃる方だ……このまま幾つかの懸案事項がなくなって、多少なりとも楽になるといいが」
少し意地悪な発言をしたりする
なんとなく、気持ちはすごくわかるので、私はうんうんと静かに頷いて同意した。
――横で若干驚いた表情になっている三人の気持ちも少しわかるので、指摘はしないでおこう、うん。
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