118 みんなが手を取り合う為の、大激戦⑩

「言っとくが、俺は容赦なんかしないからな」


 遠くから自分達に迫り来る『蒼白そうびゃく騎士きし』達を視界に収め、右手を突き出しながら寺虎てらこ狩晴かりはるは呟いていた。


「互いに殺し合うのが戦いで、そういう場面も山のようにある中で生きていくのが冒険者だろうが。

 だから俺は誰になんと言われようが容赦はしねぇぞ、おう」

「さっきから何を呟いてるんだ、彼は……」


 自身の剣を強く握り、構えながら党団『永遠なる暁』のディーグが呟いた。

 彼は今回主であるグーマの命令と、彼自身の意思を持ってこの場に馳せ参じていた。

 それはグーマの為でもあり、幾度か共に戦った八重垣やえがき紫苑しおんの為でもあった。 

 そしてそれは、共にいる党団の仲間達、マテサとジーサも同じであった。


 その二人も戦いへと構えつつ、狩晴を眺めて言った。


「彼、なんだか言い訳めいてない? 

 この間コルトス踊り子ちゃんに紫苑の話して不機嫌そうな顔されて、慌ててあれやこれや言ってたジーサ思い出すんだけど」

「姉さん、なんでそこまで詳しく言うかなぁ?! 今は非常時でしょ?!」

「あはは……でも、ちょっと言い訳染みたそういう所はあるかもです」

「……」


 二人の言葉に、狩晴のクラスメートにして幼馴染でもある永近ながちかしょうは苦笑し、様臣さまおみすばるは何とも言えない表情で小さく頷いた。




 決戦の数日前。

 とある場所で行われた、今回の戦いに際して、当事者が可能な限り集まっての対策会議では、相手――すなわち『蒼白そうびゃく騎士きし』達をについての事柄も語られていた。


 その中で狩晴は今口にした事とほぼ同じ内容を語っていた。

 それに対し、反対意見が出る事はなかった。

 ――ただ、そこに同席していた紫苑は少し複雑そうな表情を浮かべていた。


「ああ? 何か文句でもあるのか、八重垣」 


 それを目敏く見つけて問い質す狩晴に、紫苑は首を横に振って否定の意を示した。


「ううん、そんな事ないよ。

 寺虎くんの言ってる事、正しいと思ってる。

 前も話したとおり、私も冒険者だから戦う中で相手を殺す事だってあるのは承知してる。

 しかも今回は――互いに譲れないものがあると思うから……誰かが死ぬのはきっと避けられない。

 だから文句はないよ、大丈夫。

 ……ただ」

「ただ、なんだよ?」

「私個人でちょっと我が儘しようかなって思ってるだけだから」

「まったく……素直に言えばいいじゃないですか、紫苑」


 苦笑がちに告げる紫苑へと声を上げたのは、阿久夜あくやみおだった。

 彼女は呆れたと言わんばかりの表情で紫苑へ視線を向けながら言葉を続ける。


「相手を出来る限り殺さないでほしい、って」

「それは……ちょっと語弊というか、違う部分があるかな」

 

 澪の指摘を受けた紫苑は、少し考え込むように腕を組み「う――――ん」と唸っていた。

 暫く思考を巡らせていたのだろう、頭や身体をフラフラさせた後、瞑目していた目を開いて告げた。


「本当に、寺虎くんの言葉は正しいと思ってるよ。

 魔王様の話を聞いた所だと相当に強い相手だから手加減とか出来るとは思えないから――私も私なりに覚悟を決めてる。

 ただ、出来る範囲で殺さずに済むならそうしようかなって、私個人はそう思ってるだけだから。

 なんというか、上手く言えないんだけど、それを皆に無理強いするのはなんだか違う気がして」

「八重垣の言わんがする事は分かるな」


 紫苑の言葉に頷いたのは正代ただしろしずかだった。

 彼女は腕を組み、瞑目したままで言葉を続ける。

 

「わざわざ全員の意思統一が必要な内容じゃない、そういう事だろう。

 むしろ統一する事で士気を下げかねない――なんせ今回うちらは、良くも悪くも文字どおりの寄せ集めだからな」


 そう、彼女の言葉どおり。

 今回騎士達に挑むのは、紫苑達異世界人組の他、魔族、グーマ配下の人々やその他と、種族や所属、世界すら違う面々だった。


 共通の目的があるとは言え、そういうメンバーが集まって共に事を為すだけでも難儀なのは明白。

 その上で、細かな価値観まで擦り合わせるのはより困難な事だ。


 それを越えて一致団結できればいいのかもしれないが、人族と魔族が最終的にそうなる為の一歩が今回の作戦なのだ。

 そんな第一歩から全部足並みを完全に揃えようというのは贅沢が過ぎる、そういう事だろう、と静は認識していた。


「まぁ、それは確かに、ですね」


 そう言って愉しげに笑うのは、魔王軍司令代行のニィーギだった。

 彼は『和解調印式』の代表でもあるので、迂闊にこっちの話し合いに参加するのはどうかと不安視する者もいたが、『代表者の代表』として正確な情報のすり合わせと把握は必要だと自ら参加を表明したのだという。


「理性と良識を正しく持つ知的生命体として殺さない選択には賛成ですが、それを優先して作戦そのものが失敗しては元も子もありません。

 なので今回は目的……かの神々の使いとやらを全員鎮圧する事を最優先しましょう。

 命を奪うべきかどうかは――各人の判断と良心に任せるという事でどうでしょうか?」

「……はい、えと、私が言うのもなんですが、それで良いと思います」


 そうして、ニィーギの提案を真っ先に肯定したのは他ならぬ紫苑であった。

 彼女は小さく挙手してそう告げた後、狩晴と澪にそれぞれ手を合わせて謝罪の意を形にした。


「ごめんね、寺虎くん、澪ちゃん、私の事気にしてくれたのに。

 でも、今回は静ちゃんやニィーギさんの言葉が正しいと思うから」

「……別に俺はそんなつもりじゃないっての。

 ただ後からごちゃごちゃ言われたらたまらねぇって思っただけだからな」

「まったくもってそのとおり。

 そこの人と意見が合うのは嫌ですが……本当に嫌ですが」

「二回言わんでいい」

「ほんっっっとに、嫌ですが」

「おい」

「ともあれ――ふんだ。後で泣く事になっても知りませんからね」


 そんな澪の言葉に、紫苑は再度手を合わせて謝罪の意思を伝えていたが――そんな彼女をなんとなく眺めて、狩晴はどうにもスッキリしない心地となっていた……。




 そんな経緯があった事は、この場の全員が対策会議に参加していたので知っている。

 それを共通認識とした上で将は言った。


「多分、八重垣さんに借りがあって、その辺りが未だに上手く整理できてないというか呑み込めてなくて、だから彼女の意に沿わないのが落ち着かないんだと思います」

「そういう所、不器用だからな」

「やかましい」


 右手の先を定め、自身の『贈り物』――【ファイヤーバーンノヴァ】の発射体勢を整えた狩晴は好き放題に言う幼馴染達にツッコミを入れる。

 だが、言っている事については間違いではないので否定はしなかった。  


 寺虎狩晴は、八重垣紫苑に借りがある。

 それについて正しく言語化は出来ないが――狩晴本人がそう認識している事に間違いはない。

 それを返す機会を探している彼としては、紫苑の意向に沿いたい気持ちが少なからずあった。


 だから紫苑が『殺さないでほしい』と主張したならば、やれやれと文句を言いつつそうしてやろうと思っていたのだ。

 だが、どうにも煮え切らない意見を出されてしまったので、正直対応に悩んでいるのが現状であった。


(――ったく、ハッキリしやがれってんだ)


 いや、違う。

 紫苑はハッキリと判断し、自分の考えを表明した。

 どうにも煮え切らないのは自分自身ではないだろうか――そう思うと、どうにも構えた右手が、狙いがブレていくような気がする。


 そうして狩晴が何とも言えない表情と共に、思考も同様に何とも言えない何かに捉われつつあった、そんな時だった。


「……カリハル、と言ったか。気にし過ぎる事はないと思うぞ」

  

 そんな彼の側に歩み寄ったディーグが話しかけてきたのは――。

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