60 ロスクード防衛戦――無駄ではなく、彼女が来たる――
「――グーマ様!」
ロスクードの前線へと向けて移動中だった、貴族・グーマ・モンリーグ・コーリゥガの一団。
その中で予備武器や弓矢を乗せた荷馬車に乗っていたノーダ――普段はグーマの邸内でメイド長を務めている――が驚きの声を上げた。
すぐ側を自身の愛馬に乗って駆けていたグーマが視線を向けると、荷馬車の一角に置かれた如何にも頑健な箱から金色の光が溢れ出していた。
その中に入っているものを、グーマ、そしてノーダは知っていた。
何故なら、つい先程預けられていた兵装技師から回収してきたばかりだったからだ。
その荷の中身は他でもない、魔循兵装・ヴァレドリオン。
二か月ほど前まで紫苑が使用していた武装であった。
ヴァレドリオンは、一か月ほど前に彼女が召喚された地・レイラルドから修理の為に海を越えてこの地に運ばれてきていた。
その理由としてはここルナルガ領、特にロスクードが、魔循兵装の開発・量産が発展している街であり、その為の技術を持つ技師が多く存在していた為であった。
何故グーマがその事を知っていて、あまつさえ今回回収まで出来たのか。
それはそもそも腕利きの技師をレイラルド領主たるファージに紹介・この地で修理を依頼したのが、グーマであったからだ。
ヴァレドリオンを正しく理解して修理する技師が自領内にいない事を承知していたファージは、どうせ手間がかかるのならその分最善の状態にしたいと考えた。
その為、魔循兵装最先端といっても過言でないロスクードでの修理を決断、ある理由から知己があったグーマに頼んだ上で、最速で輸送。
幾つかの交換条件と共にそれを受け取ったグーマは、自身が知る中で一番の技師に依頼した、という経緯があったのである。
ヴァレドリオン預かった技師は、折角の未知の原型魔循兵装に興奮、心弾ませながら修理に取り掛かったのだが――技師としては若干肩透かしの依頼となってしまったという。
それというのも、ヴァレドリオンは実質壊れていたわけではなかったからだ。
戦った際に砕けたという部分でさえも、云わばヴァレドリオンの『鞘』に過ぎなかった。
魔循兵装について各地の文献を調べ、数少ない量産に使われた原型などについても知っていた技師には、起動しない原因についてすぐに思い当たっていた。
すなわち、ヴァレドリオンは新たな使い手の為の『最適化』を始めており、その期間であったから動けなかったに過ぎない、という事に。
技師に出来たのは、ヴァレドリオンの力を抑えていた『鞘』を正しく除去、魔力を使用せずとも武具として使用できる部位を研ぎ直し、全体的にいつ再使用しても問題がないように整える事だけだった。
――もっとも、解析できる部分を学び、しっかり技術吸収できる所はちゃっかり吸収していたのだが。
それが概ね完成したのが数日前。
その知らせを受け取ったグーマは、折を見て――彼女の帰還や何かの達成などのお祝いとして――渡す事を決意していた。
元々の依頼主であるファージを飛び越えているが、何せ本人に渡すのだから問題ないだろう、と。
今回の魔族襲来はそんな中突然訪れた。
なので、グーマは予定を変更、前線に赴くであろう彼女に渡すべく技師から回収――今に至る。
光を放つ、ヴァレドリオンの入った箱を前に困惑するノーダ――ヴァレドリオンを含めた荷物の管理の為に荷馬車に同乗していた――に、グーマは言った。
「ふむ、おそらく紫苑が呼んでいるのだろう」
「そうなのですか……?」
「原型たる魔循兵装は、そういうものらしいからな。
ノーダ、構わないから箱を開いておきたまえ。
多分開けても開けなくても結果は変わらないだろうが」
「――分かりました」
グーマの発言を受けたノーダは、迷いなく箱の蓋を開いた――その瞬間だった。
箱の中から金色の奔流が溢れ出て、天へと昇り――何処かへと消えていったのは。
「無事に届いているといいが……と、そういう状況であるならば我々も急がねばな」
「――なるほど、そうですね」
経緯は分からないが、現在修理中という認識であるにもかかわらず、紫苑がヴァレドリオンを必要とする――それはすなわち、それほど事態が逼迫している事に他ならない。
であるならば、魔族との戦いは佳境、あるいは最高潮という事だろう。
「ふふふ、一世一代の状況に遅れては奇行公の名が廃るというものだ。
盟約と私自身の誇りの為にも、急ぐぞ諸君!!」
かなりの速度で走る馬上であるにもかかわらず自身を飾る為の仕草を見せつけるグーマに、ノーダ以下彼の配下や協力者達は呆れや苦笑、それぞれの反応を返した。
ただ、魔族の襲来という状況に一刻も早く駆けつけねば、という彼の意思に異論はない。
それゆえに彼の一団はより速度を高め駆け抜けていく。
全ては『魔族との和解』を目標とする、グーマの意志を形にする為に。
そうして向かった先で――大半にとっては予想を越える事態が待ち受けているとは、知る由もなく。
「そろそろ、お人形遊びは終わりにしてやるぜ――!」
その言葉と共に、魔王軍3将軍が一人、ダグドの全身から赤い光が溢れ――
「
発動の呪文と共に、赤い光は数えるのが困難なほどの炎弾へと変化、嵐のように辺り一帯に吹き荒れた。
結果彼に押し寄せていた、操られた魔物達の大半が吹き飛ばされ、塵と化していった。
「ちぃっ!!」
それを目の当たりにして、ダグドと相対していた一人、
大きく展開した影から撃ち出される無数の黒い錐――だが。
「はっ! 隠れ蓑が無くなっちまえば何処から来るなんて見え見えなんだよ!」
ダグドは翼を広げ、広がった影の外側へと飛行――最小限の回避で影の攻撃を潜り抜けて、静に肉薄した。
静は慌てず冷静に影の力を自身の木刀に纏わせ、大上段の構えから叩き付けるが――。
「お綺麗な一撃だなぁ!」
ひらりと身を翻し避けてみせたダグドは、その勢いのまま回し蹴りを繰り出した。
「ぐゥッ!?」
かろうじて反応して蹴撃を黒い木刀で受け止めるものの、威力を殺す事が出来ず、静は大きく吹き飛ばされて地面を転がった。
「静……! っ!
動揺しながらも自身の近くに降り立ったダグドに、もう一人の相対者であり、先程まで魔物の群れを操っていた
その氷の魔術は一瞬だけダグドを凍結するものの、彼が纏う熱を帯びた魔力により数秒と立たず霧散していった。
「へぇ――この状態の俺を一瞬だけでも凍らせるたぁ、たいしたもんだ。
流石異世界人ってところか。そうなんだろ?」
言いながらダグドは澪に向き直りゆっくりと近付いていく。
「――! だったら、どうだって言うんですか!」
魔術を構成する呪文を紡ぐには時間が足りなかった澪は、後ずさりながら杖を振り、まだ残っていた使役中の魔物を繰り出した。
上背だけならダグドの数倍はあろうレッサーデーモン達が急ぎ駆けつけ覆い被さるも――。
「いやいや、素直に褒めただけだって。
あっちのお嬢ちゃんも含めて、魔力も変な力も大したもんだ――だが」
ダグドが軽く手を振っただけで彼らは即座に砕け散り、再び塵へと帰っていった。
そうして、ついにダグドが澪の眼前に辿り着いた。
「う、ぅっ」
悲鳴じみた言葉を漏らす澪を前に、ダグドは右手を空へと掲げ――高熱を帯びた魔力を収束させていく。
「どうやら打ち止めみたいだな。
まぁ他に何かいた所で物の数じゃあねぇが――ところで、逃げねぇのか?」
自身の前で先程より強力な魔術を構成する為の呪文を呟き出した澪に、ダグドは言った。
そうして語り掛ける澪の足は明らかに震えており、眼には涙さえ浮かべていた。
「怖ぇんだろ? 逃げたいんだろ?
ほら、今のうちに尻尾を巻いて逃げ出しとけよ。
自分より強い奴から逃げても恥じゃあねえんだからよ。
ま、逃げても逃げなくても、この場の全員俺がぶっ殺して、戦争をきっちり始めて――全部無駄になるんだけどな」
「…………それは、間違いです」
「――なに?」
思わぬ反論にダグドが視線を落とす。
そこにいた、自身よりも幾分小さな異世界人の少女は――震えながらも、視線は覚束ないながらも……ハッキリとした言葉で告げた。
「全てが無駄になるなんて事は、ないんです。
わたくしがここで何も出来ず死んだとしても――先程からの時間稼ぎはちゃんと、意味を為しますから」
「時間稼ぎねぇ――むしろそれはこっちの台詞だぜ?
お前らは、あのシオンってやつが何かする為の時間を稼いでるみたいだが、俺様としちゃあ、その分あっちで操騎士を食い止めてる連中が消耗する時間になる。
最終的な帳尻はこっち側できっちり合う――つまり、テメェらのやってる事が無駄になる事に変わりはないって寸法だ。
そして――そうこうしてるうちに、俺様の魔術も完成した」
言葉どおりダグドの掲げた腕には巨大な炎の剣が形成されていた。
余波として零れる熱の前に、澪は眼さえ開けていられなくなっていく。
「ほら、無駄だっただろ?」
「――それでも、わたくしは無駄ではないと思っています」
この状況で、澪の脳裏に浮かぶのは――
腹が立つ事この上ないのだが――あの時の紫苑の姿はどうしようもなく格好良くて……ただただ鮮明に澪の記憶に刻み付けられていた。
自分と彼女は真逆だ。
彼女のように自分はなれないし、なるつもりもない。
だけど――今は、あの時の彼女のように堂々と言い放ってみたかった。
そう考えると……何故だろうか。
怖くてたまらない――
「もっとも、根拠はありませんけれど」
「――――そうかよ。
俺様は無駄だと思うがなぁ――まぁ、主義主張は人それぞれだ。好きに思っときゃあいい。
答え合わせは、死んだ後好きにやってくれ……じゃあな異世界人。
その言葉と共に、天にも届くような炎の柱の刃が振り下ろされる。
澪は圧倒的な熱の奔流も相まって思わず目を瞑る――だが、いくら待ってもその熱気の元たる、想像を絶するであろう炎熱刃は振り下ろされなかった。
疑問に思って目を見開いたそこに――彼女はいた。あの時と同じように、そこにいた。
「テメェ――!?」
「遅くなってごめんね阿久夜さん、そして正代さん――でも、二人の頑張り、絶対に無駄にしないから……!!」
巨大な、黒い手甲を纏い――そこから溢れる魔力を更に纏う右腕でダグドの炎熱刃を受け止める……
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