61 ロスクード防衛戦――覚醒のヴァレドリオン、そして最後の攻防――
ケチの付き始めは何処からだろうか――魔王軍3将軍の一人、ダグドは思う。
長い時の中で増えてきた人族との和解に理解を示す者達。
人間の愚かさは目に見えて分かっていて、自分達の存在こそがその象徴でもあるというのに……正直彼らの能天気な思考をダグドは理解出来なかった。
それでも、いつかは目を覚ますだろうと長い目で見ている内に、彼らの存在は魔族において無視できない規模になっていた。
自分達の長たる魔王ですら、最早和解に傾きつつあるのが現状だ。
『お前の意見は分かる――だが馬鹿を見ないと分からない事もある。
そして、存外馬鹿げた事が正しい真実に繋がる事もある』
自分と同じくの3将軍の一人――中立派である――でさえそんな言葉を零す時点で、ダグド達……人族との交戦主張派の分は極めて悪いと言わざるを得なかった。
そんな状況を打開する為に、ダグドは様々に動いてきた。
人はどうしようもなく愚かな種族であり、自分達と共存できる存在ではないと知らしめるために。
対魔族用として開発されたマナ分解兵器ヌギルスグがロスクードに配備された事など、その骨頂だ。
魔族もかつては人族への対抗策として開発を進めていたが、世界への影響が大である事を把握して以後は封印されている。
だというのに、人間は魔族憎し魔族怖さで使用を前提に配備を完了させる始末。
そんなものを使わせてはならない、と魔族が対抗兵器を生み出すのも当然の流れだったのだが――その対抗兵器を見て、ダグドはある事を思いついた。
対抗兵器を使えば、世界への影響は無効化できる――であるならば、あえてヌギルスグを使わせて同族達の目を覚まさせてはどうか、と。
人間が如何に愚かかを見せつければ、その上で戦争を始めれば、自分達交戦主張派の後に続く者達は現れる、いや後に続かざるを得ない、と。
そもそも和解を望まない自分をロスクード付近に配置する魔王が悪いのだ――そうして行動を決意したダグドは、賛同者と共に計画を練り……今日に至った。
前回の戦争、そして今日までの調査でロスクード高壁の戦力を見極めたうえで、だ。
その辺りの調査も含めて、ダグドは人間との全面戦争についての勝機は十分にあると判断していた。
人間がまともに一気団結出来ず、それなりの連携が出来るまでに相当時間がかかる可能性が高い事も勝機の一因だった。
魔族には皆をまとめる唯一無二の魔王が存在し、人間には明確なただ一つの頂点が存在しないからだ。
そんな確信の下開始した一大計画の滑り出しは順調だった。
案の定使ってきたヌギルスグは予定通り無効化できたし、高壁の戦力では防御特化の同族達の結界を突破できなかった。
そんな中転移魔術で現れた――人間の小娘達。
戯れ――というよりも、自分の中の人間の愚かさの補強をする為に彼女らと会話を交わしたのだが……。
(ああ、そうだ、そこがケチの付き始めだ)
ダグドは内心で舌打ちした。
柄にもなく不安だったのか、つい話に興じたせいでズルズルと状況を引きずり回されて、割と本気で戦う事になった。
それでも最後に自分が全員殺せば帳尻は合う、そのはずだった。
人間と戦争を始めた愚か者として、ダグドの名が人族と魔族、両方の歴史に刻まれるはずだったのだ。
そのはずが――よもや誰一人殺せないまま戦いを長引かせられて、あまつさえ自慢の魔術をいとも簡単に受け止められるとは。
「テメェ――!?」
憤激と共に、ダグドは目の前の少女を見据えた。
少女は自身の魔術にも気迫にも動じることなく真っ直ぐにこちらを見据えて、言った――――。
「ごめんね阿久夜さん、そして正代さん――でも、二人の頑張り、絶対に無駄にしないから……!!」
そう言って私・
私の右腕全体は、黒と金色で彩られた大きな装甲に覆われて巨大な腕となっていた。
これこそ、私の呼びかけに応じて現れた新しいヴァレドリオンなのである。
といっても多分この形態がデフォルトという訳じゃなくて、今の私に適した戦闘形態がこの状態だったりする。
基本的な形態としては以前の小槍状態である事は変わらないらしい。
上手く言えないんだけど――今の私にはヴァレドリオンの意思めいたものが少し混じった状態なので、なんとなく分かる感じでございます。
この状態についても、本来は左腕に装着されるはずだったんだけど――今の私の左手は、
ともあれ、無事に呼びかけに応じてくれたヴァレドリオンに感謝です。
どうやら、私がスカード師匠から譲り受けて使用開始した時点でヴァレドリオンは私を使い手として認めてくれてたようだった。
正直私に認められるような要素あるかなぁとか思うんだけど、今は考えない。
今考えるべきは――力を貸してくれているヴァレドリオンに感謝しつつ、今までダグドさん相手に耐えてくれていた二人の為に、高壁の方で操騎士の軍勢を相手にしてくれている
「テメェ……! 魔循兵装は故障中じゃなかったのかよ――!?」
「どうやら、私の勘違いだったみたいで……すみません」
ダグドさんが炎刃に魔力を、それを振るう全身に力を込めて私へと圧力を掛けてくる。
だけど――私は、ヴァレドリオンはそれを揺らぐ事なく受け止め続ける事が出来ていた。
これがヴァレドリオンの本当の力――その事に驚きを覚えながら私は振り向かない……というか振り向けないままに阿久夜さんに告げた。
「阿久夜さん、今のうちに正代さんを連れて下がってて――!」
「腹が立ちますが、わかりました。
――絶対に無駄にしないでくださいね」
「……うん!」
頷いた後、足音が離れていく音が耳に届く。
気絶していた正代さんも阿久夜さんの操る魔物さんによって運ばれていくのが見えたので一安心――これで思いきり戦える。
何分こうなったヴァレドリオンを振るうのは初めてなので、周囲に被害が出るかどうかも含めて未知数なので、ええ。
「すみませんお待たせしました――では、思いっきり行きますね……!」
その意志を示す為に右手に力を込めると、ダグドさんの放とうとしていた魔力の炎の刃が砕けていく。
先程放たれたこの魔術が私の左腕を消し飛ばして、余波でルヴェリさんの結界を破壊したのが少し信じられない。
それを可能にしているのは、右手を覆っている真っ白い光を放つ魔力。
私が注ぎ込んでいる魔力をヴァレドリオンがさらに強力な形として増幅・放出しているそれは、思いきり力を込めると魔術の炎刃を完全に砕き切った。
「――!! クソがっ!」
刃を砕かれたダグドさんは即座に反対の手に魔力を収束させてバレーボールよりも一回り大きい位の炎弾として解き放つ。
直後、炸裂したそれが周囲に爆風を吹き散らした――その中を裂いて、炎弾を防いだヴァレドリオンが突き進む。
「グゥッ!?」
私は、防御した際の振り払った動きと勢いのままに裏拳をダグドさんに叩き付けた。
今度は翼による防御も間に合わず、直撃を受けてダグドさんは大きく吹き飛ばされる――この好機、逃すわけにはいかない……!
「
私は、必殺技・
「なっ!?」
そう来る事は読めなかったのか、空中で着地体勢を整えつつあったダグドさんは、驚きの声を上げながら鋼拳に直撃され再度弾き飛ばされる。
ちなみに、私と
なので、私は途中で腕の軌道を変更、ダグドさんを地面へと突き刺した。
直後轟音が響き――落下地点を起点に地面が大きく罅割れる。
――自分でやった事でなんですが、思った以上の威力で私自身驚いております。
「ヴァレドリオンッ!」
しかし驚いてばかりもいられないと、私は右手を引くと共に魔力鎖を巻き取り――ヴァレドリオンを回収&再装着した。
「ふぅ――」
一息吐いて、私は額の汗を拭った。
思った以上なのは――ヴァレドリオンの力だけじゃなかった。
パワーアップしたヴァレドリオンは私が注いだ魔力分、私自身も強化してくれているんだけど――そのパワーに私自身が追随出来てない。
ヴァレドリオンを装着してまだ、ちょっと動いただけなんだけど……それでも全身がすごくギチギチ言っております。
多分さっきヴァレドリードを使ったサレスさんと同じ状態なんだろう。
さらに言えば、この形態を使用するのは今回が初めてなので――多分慣れてない分サレスさんよりも短時間で限界が来る。
となれば――そう私が考えた時だった。
「――――!!」
ダグドさんを深く突き刺した辺りから、赤い光が怒涛となって溢れ――巨大な魔力の炎柱となって吹き上がった。
その、まるで天に突き刺さらんとばかりの閃光の塊の中をダグドさんが浮上してきた。
「認めてやるよ――ちょっとからかってやろうと思ってた俺様が馬鹿だった」
少し見上げる位の高度で停止したダグドさんが両手を天に向かってのばした。
直後、天へと昇っていた柱が徐々に凝縮されていき――最終的に巨人が振るうサイズの槍として形成された。
――感じる。
あの閃光の槍に込められている魔力も熱量も、これまでの比じゃない。
小さな太陽さながらの凄まじい力があの槍には詰め込まれている……!
「テメェは敵だ。思想も力も厄介極まりねぇ奴だ。
だから――蘇生した所で、二度と俺様に逆らえないように心も体も完全に溶かしきってやるよ」
「いえ、その、それは遠慮します――そうなると、ちょっと困りそうな気がするので」
あれだけの力に対抗するには、私も全力を振り絞るしかない。
どの道、超短期決戦しかないと考えていた所だったから渡りに船だね、うん。
そう思った私の意思に従って、巨大な右腕の鋭角な部分が幾つか射出される。
それらのパーツは組み合わさって変形――槍へとその姿を転じた。
私が
この状態でも、いつものヴァレドリオンの使い方も可能なのはありがたい。
「はっ、残念ながら意見の相違って奴だな。
悪ぃたぁ思わんが――諦めて、ドロドロに溶けて死ね……!」
巨大な槍をまるで手足のように振り回して構え――自身もさらなる魔力を放ちながらダグドさんが飛翔する――!
狙いは勿論、この私――だけど、私にこのまま炸裂すれば私どころか、この辺り一帯……みんなや高壁もそうだけど、ダグドさんの仲間の魔族さん達も巻き込む事になるだろう。
ダグドさんはそれを承知で――覚悟の上でこの一撃を放とうとしている。
同族を大切に思っているであろう、ダグドさんが、だ。
私はその覚悟を簡単に肯定できないけれど――それでもその強さと深さは、生半可では太刀打ちできないだろう。その事がビリビリと肌に伝わってくる。
【ステータス】では見えない、でも確かに存在する凄まじい気迫が吹き荒れて……私へと突き進んでくるのを、私は身体と心で感じ取っていた。
であるならば――私も全身全霊をフルに使って受けて立つ他ない!
「申し訳ないですけど――今日は貴方が諦めて下さい……!!」
その決意を持って全身に魔力と意志を漲らせた私は、日々積み重ねてきた動きのままに、ダグドさんへと駆け出すのであった――。
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