㉛ 恥ずかしくない生き方を――好きなものには真摯でいたいよね



「さっきの皆での話し合いの中で――八重垣さんはどうして、私の事を話さなかったの?

 私が、皆の必要としてる『贈り物』を持ってるんだって」


 レートヴァ教の皆さんから提供してもらっている寮の一室で、酒高さけだかハルさんは少しトーンを落として、私・八重垣やえがき紫苑しおんにそう問い掛けた。


 彼女が言っているのは、少し前に皆――一緒に異世界召喚されたクラスメート達――との今後についての話し合いの中の出来事。


 色々紆余曲折あって、私達はあと十日ほどで今いる場所から出て独り立ちしなければならない。

 そんな私達は新しく住む場所を探している訳なのだが、問題が幾つかある。  


 その中の一つが、現在の移住候補とされている土地が、街の外にあるという事だ。

 この世界の街や村には魔物を近寄らせなかったり入らせなかったりする結界や防壁があるのが基本。


 つまり街の外にあるその候補地は、魔物から身を守る防衛手段が備わっていないという事だ。


 私達はその解決手段として、結界魔術や私達が神と思しき存在から与えられた特殊技能――私達が『贈り物』と呼ぶ力を使用する事を考えていた。


 だが結界魔術に関しては、勉強の為の手段が現在禁止された状態なので、若干望み薄になっていた。

 

 もう一つの手段『贈り物』については今日改めてそういう事に向いた能力がないか、持っていたら挙手してほしいとクラス委員長の河久かわひさうしおくんが呼び掛けたのだが――誰も反応しなかった。


 だけど、私は知っていたのだ。

 こうなる前、まだ独り立ちまでの猶予があった頃、私の『贈り物』――【ステータス】で皆から自分の能力値を見てほしい、教えてほしいと頼まれて、クラス全員のステータス傾向と『贈り物』の詳細を。


 彼女、酒高さけだかハルさんの『贈り物』は【本の為の世界シェルター・フォア・リーディング】。

 どんな世界であろうと落ち着いて本が読みたいという思いの一念による能力で、彼女を中心に展開された半透明の球状空間結界として形になる。


 それはかなり強い防壁で、ステータスによる説明文では中位級魔術・魔法、それに値する物理攻撃を完全に防ぎきるという。

 その他、彼女が望めば外界からの、あるいは内側からの音などの情報を完全にシャットアウトでき、万が一なんらかの手段で侵入されても、彼女の意思で追い出す事も可能。

 中には彼女以外は入れないのかというとそうでもなく、彼女が許せば誰でもその空間を利用できる。


 そして、その効果範囲は最大数十メートルにも及び、強過ぎる攻撃でも受けなければ彼女への負担はないに等しい――強い攻撃だとその都度防御に必要なMPを消耗するらしい――という、すごい力だ。


 デメリットとしては、使う際の設定――規模や仕組み、どの程度まで弾くのか、防御対象者など――が必要で、例えば目の前で敵に襲われた際に反射的に使う、という使用は難しいことが一つ。

 もう一つは、一度結界を解除すると、使用した規模や能力によって再展開までの時間インターバルを置かねばらないこと――だが、能力の優秀さに対してのマイナス面が少ないので、これをデメリットというには弱い気さえする。


 私達が求める『住処を守るための力』としては、これ以上のものはないと言っても過言ではないと思う。


 でも、


「それをあの場で言っちゃったら、酒高さんが否が応でも『贈り物』を使わされちゃうから、かな」


 そう、それだけの力だからこそ、言えば最後、命令に近い形で酒高さんに『贈り物』を使わせる事になる。

 彼女に無理強いしたくないと思う人も半分以上いるだろうけど、状況が状況なので多分最終的には『お願い』という形で頼んでしまう事になる。

 そういうのは正直気が進まなかった。


 だから私は話し合い中何も言わなかった。

 幸いにも私がクラスほぼ全員のステータスを把握している事を思い出す人もいなかったので、それでどうにか乗り切れたのだ。


 状況を考えれば、声を上げるべきだったのだろう。

 能力での消耗は大きくないのだし、クラス全員の安心・安全には変えられないのだから。


 だけど、それでも――

 

「こういうの、嫌々するさせるはなんというか――違うと思うから。

 可能な限り皆の希望に沿って、皆仲良く、っていうのが一番いいよね、うん」


 ――そういう風に、私は思うのだ。


 そう考えながら、陰キャ特有の不気味な形にならないように気をつけつつ笑う。

 すると、そんな私の表情を見て、酒高さんは苦笑した。苦く苦く。


「八重垣さんは、優しいよね。なのに、私は――嫌な奴だなぁ」  

「? どうして?」

「八重垣さんが言わないでいてくれた事、ありがとう、嬉しいって思ってる。

 でもどうせなら、あの場で指摘してくれたらよかったのに、ってちょっと思ってる私もいるの。

 自分で挙手したら『自分で言い出した』って責任が生まれちゃうから、誰かに命令してもらう形で責任を軽減したいって思っちゃって。

 でも、そういうの関係なく、しなくちゃいけない事だってわかってるし、そんな事を考える自分も嫌だしで考え込んで――結局手を上げられなかったんだ。

 私ダメだなぁ――」


 そうして、酒高さんは自嘲気味に笑う。――それはとても辛そうで、見ていて胸が痛む。


 だから、私はその辛さを少しでも軽減できればと、素直な気持ちを口にする事にした。


「えと、その、私は、酒高さん、ダメでも嫌な奴でもないと思ってるよ?

 本当にそういう責任から逃げたいんなら、ここで私にその事についてわざわざ尋ねないと思うし。

 というか、そもそも私は優しくないからね。

 だから、なのに、とか言わなくていいから、うん」

「え?」

「私は――自分の好きなものに恥ずかしくないように生きたいだけだから。

 酒高さんは知ってたよね、私が『正義の味方』好きだって」

「う、うん」


 互いに好きな本を交換し合って語り合って、私達は互いの趣味や嗜好をそれなりに知っている。

 私は思慮深い酒高さんが好んで読む、たくさんお勧めしてくれた、登場人物を深く描く作品が好きだった。

 心の奥まで描くから自然と人間の抱える闇も多く見えてしまう、でも、そんな中でも光だって綺麗なものだって確かにあるんだと描写する作品は、正義の味方が正しく歩もうとするがゆえに直面する人間の汚さ、その上で乗り越えていく気高さに通じる所がある――そう感じた。


 そう、酒高さんはすごく思慮深い。

 だからこそ、見えてしまうものが多いんだろう。

 自分達の住む場所を守る、という事への大きな責任もそうだし、自分の嫌な面もたくさん見えてしまうんだと思う。

 でも、、そんな面だけじゃないんだと、素敵な所だって酒高さんにはたくさんあるんだって、私は言ってあげたかった。

 それこそ、彼女が好きな本の登場人物達のように。


「私は私が憧れた人たちならきっとそう嫌な事をしないだろうなって思ってやってるだけ。

 もしそんな私の言動を優しいって捉えてくれるなら――それはそう感じてくれる酒高さんが優しいって事だと、私は思う。

 もし嫌なヒトだったら、偽善者とか要らないお節介とか、そういう感じの言葉になるよ、きっと」

「そう、なのかな――」

「うん、そうだよ。

 だから、その――うーん、と、なんて言ったらいいか。

 ごめんね、私あんまり頭良くないから、話をどうまとめたらいいのか分からなくなっちゃった。

 でも、少なくとも――私は酒高さんの事、嫌なやつでもダメでも絶対にないって思ってるから、うん。

 今日だって私がイタズラされた事を怒ってくれたし、レーラちゃんの事を面倒見てくれていて、守ってくれてたんだから、そんなに自分の事、卑下しないでほしいな。

 酒高さんがそんな事言ってるって知ったら、レーラちゃんもきっと悲しむと思うから」

「――――それを言われると、反論し難いなぁ。レーラちゃん、良い子だもんね」

「でしょでしょ?」


 そうして、私達は微笑み合い、笑い合った。今はそれでいいんだと私は思う。

 こうして笑い合う事が、仲良くいられる事が、この異世界で共に過ごす私達クラスメートにとって一番大切な事だと思うから。


 結界の事は、もしどうしても何ともならなかったら、シンプルに見張りを立てればいいわけだしね。

 大変かもしれないけど、きっと何とか出来ない事じゃない。

 なんだったら私達の住居(仮)に私の魔法の壁を全面張り付けたっていい……その場合見栄えが心配だけど。

 その辺りについても明日改めてはじめくんに相談してみよう。


 だから大丈夫だと、酒高さんに親指を立てるサムズアップすると「やっぱり八重垣さんは陰キャじゃない気がするなぁ」と笑って呟かれてしまった――笑ってくれたのは嬉しいけど何故に。

 

 それから暫し、私達はレーラちゃんの魅力を本人が眠る横で大いに語り合った。

 私、守尋くんに次いでレーラちゃんと一緒にいる酒高さんなればこその盛り上がりに、時間が気付かないままにあっという間に流れていき――二人して就寝時間ギリギリまで話し込んだ事に顔を青ざめましたとも、ええ。


 そうして慌てて解散した私達だったけれど。

 そもそもの話の始まりが悪質ないたずらだった事を思えば――。


「おやすみ、酒高さん」

「おやすみなさい、八重垣さん――その、色々話してくれてありがとう」

「こちらこそありがとうだよ。酒高さんと話せてよかった」


 そうして笑い合って別れる事が出来て本当に良かったと思う。

 だから、正直イタズラの犯人の人には、文句どころか御礼を言いたい気持ちの方が強くなっていた。 

 

 

 まぁそれでも誰かを巻き込んだら絶対に許さないけどね、うん。


 







 そうして、激動の一日が終わる――否。


 この日は、最後の最後まで激動だった。

 むしろ一番最後の出来事こそ、私にとってはある意味で最大級の衝撃であった。








「―――っ、が! ハァ、ゥッ……!!」


 息苦しさに、藻掻く、ベッドを掻きむしる。

 私は、どうすべきなのか、答を見いだせずにいた。


『人間め、冒険者め、愚か者どもめ――!!』


 そんな重く低い声がどこからか響く。

 その出所を探す事さえ、私にはままならなかった。


「レーラ、ちゃ――――!!」


 横たわる私の上に乗り掛かり、人と思えない力で私の首を絞めるレーラちゃんの目が、暗闇の中、赤く紅く輝いていて。


 私は、それに魅入られ、呑まれてしまっていた――――。


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