㉚ たまには女子らしい相談会――うん、多分そう


(調子に乗った事とかないつもりなんだけどなぁ――)


 赤い×印がつけられた自室(現在便宜上はそうなっている)のドアの張り紙の文字を眺めながら私・八重垣やえがき紫苑しおんは内心で呟いた。

 赤いのは血じゃないのはすぐに分かった――今日一度死んだ時に血についてはすっかり実感したというか、なので。


「うん、ぐっすり眠ってるね。よかった」


 既に私の『贈り物』――【ステータス】で確認はしていたけど、ドアを少し開けてベッドに眠っているレーラちゃんの無事を改めて確かめる。

 あまりそういう事は考えたくないけれど、もしレーラちゃんに何かしていたら――本気で怒るつもりでいたので、その分も含めて安心する。

 

 こんな事をされる覚えは――幾つかある。

 実際、最近の私は陰キャのくせにクラスの中心人物達と絡み過ぎだし、私自身の認識はともかくとして、それを調子に乗っていると思われるのは仕方ないのかもしれない。


 一番原因として可能性が高いのは、その理由の派生――すなわち堅砂かたすなはじめくんと親しくなった事だろう。

 はじめくんは世間的な認識で言えばイケメンで、女子人気が高いからだ。

 彼と手を組む時に考えていた懸念が、今になってやってきた、のかもしれない。


 ただ、親しくなったと言っても協力関係の延長線上の事で――実際の関係性については私自身ちゃんと言語化できない所があった。


 私としてははじめくんの事は大切な友達だと思っている。

 こんな私でも心配してくれる稀有な、優しいヒトで、これまでたくさん助けてもらった事は最早数えきれない程の借りポイントになっている。

 

 異性としては――意識した事がないというと少し違うけれど、そもそも私が異性関係が憧れはあってもノータッチ過ぎるのでさっぱりです。

 ただ、私なんぞが釣り合う人でない事は間違いないと思っている。


 とは言え、これまでの事を思うと――多分、はじめくんも私の事は友達だと思ってくれている――と思う。

 むしろそう認識してなかったら怒られそうな気がしております。


 私はどうにも人との距離感を計るのが苦手なので、人間関係にはいつも悩んでいる。

 

 そもそも、無理に既存の関係性に当て嵌めなくてもいいとも思うのだ。

 私とはじめくんという関係でも、それはそれでいいはずだ、と。


 でも友達だったら嬉しいなー!とも思ってしまう面倒な私でございます。

 今度ちょっと勇気を振り絞って訊いてみよう、うん。


(これをした人に、そういった諸々を説明出来たら――うーん、私の説明だとますます誤解されそうな気がする)


 正直、被害が私一人に留まるなら誰にも言わずに飽きるまで放置でいいとは思う。


 でもそれが通じるのは元々の、平和な世界だけなのかもしれない。

 そうしてなあなあにして放置するのは、程度やベクトルこそ違えど領主の息子のコーソムさんの事があったので、良くないだろうなぁと強く実感していた。

 

 ちゃんと解決しないと後々の火種になりかねないような――うーん、どうしたものか。


 そうしてドアの前で考え込んでいると――。


「ど、どうしたのこれ!?」

「あ」


 元の世界では好きな本を交換し合う読書仲間だった酒高さけだかハルさんが戻って――私の隣が彼女の部屋である――きた。


 ちなみに、女子の大半は今、お喋りしながら順番にお風呂中である。

 私はレーラちゃんの体調が良かったら一緒に入ろうと思っているので先んじて部屋に戻ってきていたのだ。

 女子の中で浮き気味だから、というのも否定は出来ないんだけどね、うん。


 ともあれ、慌てた様子の酒高さんに、私はパタパタと手を横に振って「ちょっとしたイタズラだね、うん、大丈夫」と返した。

 深刻に受け取られないように緩い感じを意識したのだが。


「いや、これちょっとじゃないよ――!? 大事おおごとだよ?!」

「あ、はい、すみません」


 酒高さん、すごい剣幕だったので、私の緩さは簡単に吹き散らされて、思わず謝りました。


「えと、その、とりあえず掃除するから、うん。

 ――――水流ウータ


 それは少し前にはじめくんに習っていた、水を放出するというシンプルな魔術。

 身体を洗ったり、緊急時の飲み水にしたりできるので、冒険者が覚えておくべき生活用の魔術ナンバー1らしい。

 私には得意魔術属性がないけれど、こういう属性魔術が使えないわけではないのです。ただ効果が薄いだけで。


 さておき、その水流でさっき部屋を覗いた時に取っておいたタオルを濡らした私は、テキパキとドアの汚れを拭き取っていった。

 どうやら何かの木の実を潰したものだったらしく、簡単に洗い落とす事が出来た。

 ――タオルはお風呂場でいっしょに洗っておこう、うん。


「うん、これでよし。ごめんね心配掛けて。じゃあ、その――また明日」


 そう言って私は部屋に入ろうとしたのだが。


「ちょっと待って、八重垣さん」


 その背中に声を掛けられたので、私はピタリと動きを止めた。

 これ以上心配を掛けなくなかったので、逃げるようで申し訳なかったんだけどパッと部屋の中に入りたかったんだけど――。


(やっぱり、そういうのは良くないよね、うん)


 反省しつつ向き直ったタイミングで酒高さんが言った。


「あのね、私、八重垣さんに訊きたい事があって――だからそれも含めて、その――ドアの事もお話、いいかな」

「――うん、酒高さんが良ければ」


 そうして私は、酒高さんの優しさに感謝しながら彼女を部屋の中へと招き入れた。





「えと――やっぱり、堅砂くんと最近仲が良いから、なのかな」


 部屋に入ってもらって、レーラちゃんを起こさないよう、少し離れた所で木製の椅子に座り合い向き合って、私達は話していた。

 まずは私の話から、という事になり、改めて簡単に状況を説明すると酒高さんはそう言った。


「多分そうだと思う――確証はないんだけど」

「今日名前で呼んでたしね、1回だけだけど」

「……あぅ」


 気をつけてたつもりだったんだけど、ポロッと『はじめくん』と口にしてしまっていたのは自覚していた。

 今日は正直色々な事があり過ぎて、自分で思っている以上に気分が高揚して、ボロが出やすくなっているのかもしれない。


「えと、その、実際どうなのかな? 堅砂くんと付き合ってたり――」

「ないないないないない、ありません」


 私は全力で手を横に振って否定する。

 

「私はともかく、そんなのはじめくんに――失礼だからね、うん」


 普通に名前呼びをしてしまったが、今更だし酒高さんならいいだろうと私はそのまま言った。


「私はともかく? 八重垣さんは付き合ってもいいって思ってるんだ」

「あ、いや、その、言葉の綾だから」


 なんとなく恥ずかしくなって、私は手で顔を隠す。

 そんな私に、酒高さんは珍しく意地悪げな笑みを向けた。


「えー? ホントに?」

「ホントです。

 ――私はあんまり男の子が喜ぶような女子じゃないから、付き合わせるのは申し訳ないし」

 

 偏見かもしれないけど、同世代の男子は、私の趣味であるヒーロー系の創作フィクションから一歩引いてる人が多い気がする。

 勿論好きな人はちゃんといるんだけど主流の流行りじゃないと思うし。

 さらに言えば、どうせ語るのなら楽しく話せる相手が良いに決まっている。


 だから私のように暗めな女子だと敬遠されるだろう――そう思って言ったのだが、何故か酒高さんは私の上から下までに視線を送った上で、何とも言えない表情を浮かべていた。


「う、うーん、イタズラした人達、多分八重垣さんのそういう所も引っかかるんだろうなぁ――」

「???」

「――あー、えっと。じゃあ、やっぱり2人付き合ってるわけじゃないんだ」

「うん。ただ、このマズい状況を良くする為に互いに協力し合おうって約束しただけだから。

 名前呼びは――まぁ、その、事情がありまして。

 でも、悪戯した人達が思ってるような理由じゃないのは間違いないから」


 約束については伏せているわけではないので躊躇わずに話した。

 酒高さんはそういう事を吹聴する人じゃないしね、うん。


「そうなんだ――あれ、ってことは堅砂くんは名前の事了解してるんだよね?」

「うん。そういうのってやっぱりちゃんとしっかりバッチリ許可貰っとかないと」

「普通は名前呼びするのってそこまで硬い感じじゃないと思うんだけど――でも、そっか…………なるほどぉ」


 そう呟くと酒高さんはなんだか楽しそうな笑みを零し――途中でハッとした様子で咳払いした。


「――ごほん。

 あー、えと、それで、どうするの? 誰がやったかを探してみる?

 もしよかったら手伝うけど――」

「ありがとう。でも……うーん、それはいいかなって思ってる。

 今はただでさえドタバタな状況だから――放置しようとは思わないけど、ガス抜きになるんならそれもいいかなって。

 あ、勿論放置したりなあなあにするつもりはないんだけど」

「八重垣さんはそれでいいの?」


 ほんの少し強めの口調で尋ねる酒高さん。

 怒ってくれている――心配してくれている事に心の中で改めて重ねての感謝をしながら、私は言った。


「被害が私だけならそれでいいかなって思う。

 でも、他の誰か――レーラちゃんやこの部屋の両隣りの酒高さんや両里りょうざとさんを巻き込むんなら断固とした対応を取るよ」

「うーん、なんでその憤りとか行動力を自分には発揮しないかなぁ――」

「なんというか、こういう時、私自分の事はあんまり気にならないんだ。

 こんなだから、この間もはじめくんに怒られちゃったんだけど」

「――なるほど」


 私の言葉で何かに納得したらしい酒高さんは、小さく苦笑しつつ、うんうんと頷いた。


「酒高さん? えと、どうかした?」

「ううん、なんでもない。

 ただ――私が聴くって言っておいてなんだけど、この事は堅砂くんに相談するのが一番いいと思う」

「う、うーん、女子のああいう行動を好意を向けられてる本人に話していいものかなぁ」

「気が進まない気持ちはわかるけど――正直その子にとっての自業自得、じゃないかな?

 それに、あの堅砂くんだからこそ、動揺しないで冷静かつ真剣に対応してくれると思うし」

「あ、それは確かに」


 もし私達の推測が当たっていて、今回の事がはじめくんに好意を向けている女子によるものなら――彼はそういう事に一番怒りを覚えるんじゃないだろうか。

 基本的に我関せずの彼だからこそ、自分を理由にして他の人に迷惑をかける事は許さないような、そんな気がした。 


 ただ。


「じゃあ、いよいよとなったらちゃんと堅砂くんに相談してね?」


 酒高さんがなんというか、どことなく、小さな子の初めてのお使いを見守っているご両親的な視線をこちらに向けているような。

 いや、まぁ確かに良い解決策の一つも浮かばなかった私なので、見られてしまうのは当然ではある、のかもしれない。


 だけど、それ一くんへの相談が一番良いだろう事、そして酒高さんが私を心配してくれている事は十二分に伝わっていた。

 ただただ、ありがたい限りだ。

 だから私は、彼女の言葉に素直に頷いて小さく頭を下げた。

 ――本当は感謝の気持ちの表現の為に土下座したいくらいだったけど、ドン引きさせちゃうだけなので我慢しました。


「……うん、そうさせてもらおうかな。ありがとう、酒高さん」

「どういたしまして」

「じゃあ、次は酒高さんの番だね。訊きたい事って何かな」


 そう問い掛けると、酒高さんは先程までの明るさから、ほんの少し光量を落とした調子でこう言った――。


「さっきの皆での話し合いの中で――八重垣さんはどうして、私の事を話さなかったの?

 私が、皆の必要としてる『贈り物』を持ってるんだって」


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