㉙ 外側だけでなく内側も――外が解決するまでは待ってほしいです、はい


「ちょっと言いたくない所もあるけど、領主様ってケチ」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんへの死んだ後についての質問ラッシュが収まった後、

 他の幾つかの確認事項――拠点組の有詫ありたあきらくんが歌で少し稼いできた事、

 同じく拠点組の両里りょうざとあきさんがこの世界の料理を学ぶ事が出来た事といった喜ばしい報告もあった――

 を終えて、他に何かあるだろうかと話していた中の言葉。


 それを口にしたのは、私達の経理を担当してくれている網家あみいえ真満ますみさんだった。


 彼女はこの世界独自のお茶を片手に、不満そうに言った。


「自分の息子の不始末で紫苑が危ない目に遭ったんだから、もう依頼達成って事にしてくれてもいいのに」

「う、うーん、それは――」


 私の事で怒ってくれているのは嬉しいのだけど、と私が言葉を選んでいると、横に座る堅砂かたすなはじめくんが呆れた様子でそれに答えた。


「阿呆なのか網家は。そんなことできるわけないだろうに」

「何故に?」


 ちょっと言葉が過ぎないかなと思っていたが、網家さんはさして気にした風もなく首を傾げた。  

 そう言えば、2人は異世界ここに来る以前、昔からの知り合いとか言ってたような。

 なので、多少言葉が荒い位は慣れている、のかな?

 そんな疑問が浮かぶものの挟む余地はなく、私は二人の会話の流れをただ眺める事にした。


「ファージ様は領主なんだぞ。領主自ら依頼や約束を勝手に反故に出来るわけないだろ」

「理屈は分かるけど――」

「いや、分かってないな。

 立場ある人間の責任というものは、君の想像よりもずっと重いものだ。

 ゆえに軽々しい判断を下せない。

 軽々しい動きは背負っているものを軽く見せるものだからな。

 同じ理屈で、そういう『決まり事』を軽く翻せば、彼が領民に敷いている決まり事も軽く見られてしまう。

 まして自分に非があるならまだしも、非があるのは息子だからな。

 だから彼の判断はケチじゃない。至極当たり前の事だ」

「なんか嬉しそう?」

「別に嬉しくはないが、今回の件でファージ様が領主としての責任を理解した為政者だと知れて安心はした。

 それは、俺達が依頼を達成さえすれば交わした約束が確実に果たされるという証明でもあるからな」


 なるほど、と話を聞いて納得する。

 ファージ様は身内がやらかした事でさえも冷静に処断し、『それはそれ、これはこれ』と私達への依頼や約束の変更を行わなかった。

 今回ブレる事がなかったからこそ、依頼さえ遂行すれば約束は果たされる――そんな確信を得られたのは大きいと思う。

 

 ファージ様からの依頼は現状改善の可能性が最も高いからこそみんなで話し合って引き受けた事だ。

 だけれども、偉い人特有の横紙破りがないとは言い切れず、不安に思っている人もいた。

 その時の為の予備策も必要ではないかと他ならぬはじめくんが提案もしていた。


 だが、その心配が要らないとなれば、この依頼に全力を注げばいいという事になる。  

     

「そういうもの?

 領主様を過大評価してたりしない? 息子のした事を悪いと思ってないとか――」

「網家さん、それはないと思うよ。

 ファージ様、私にすごく丁寧に謝ってくれたし――それに、息子さんを勘当しようとしてたしね」


 網家さんに言いながら、私は数時間前の出来事を思い返す。



 

 私がファージ様の息子、コーソムさんに襲われてから少し。

 私は彼が裁かれる事を望まない、とラルとはじめくんに告げた。


 それは『彼を許す』という意図からの発言ではなかった。

 コーソムさんを裁く事で、彼ら親子との関係性ゆえか自らも責任を負おうとしていたラルに罰を負わせない為であり、私自身が彼に問い掛けた『現状のままでいいのか』という問いへの答――ファージ様や領民の皆さんへの責任についても含む――をちゃんと出してもらいたいと思ったからだ。


 上から目線になっているようで嫌になるが、コーソムさんは領主様の息子さんなのだ。

 それについて無責任、無自覚のなのは流石にひどい事なのではないだろうか。

 だからこそ、罪に問わない代わりにそういう事について考えてほしい――そう話していた矢先だった。

 今回の一連の出来事について連絡を受けたファージ様が現場に訪れたのは。

 

 彼は神殿の広間に着くや否や早足でコーソムさんとの距離を詰め……その顔を思いっきり殴った。

 見ていて思わずコーソムさんに同調して顔を顰めてしまうくらいに、様々な意味で痛く重い拳だったと思う。

 

「最低限の一線位は理解していると思っていたが……それすら出来ていなかったとはな」

 

 ソーコムさんは、お父様に冷たくそう言い放たれて崩れ落ちた。

 少し前までの尊大な態度はもう何処にも見出す事すらできなかった。


 呆然とする息子さんを最早顧みる事なく私に向きなおったファージ様は深々と頭を下げた。

 そうして自身の息子さんのした事やそれでも依頼については達成条件を変えられない事を謝罪して――


「何のお詫びにもなりはしないが、せめて愚息を勘当させてもらう。

 それで君達を妨害した君達の同胞の行動を止められもしよう」


 と、迷いの感じられない言葉で告げた。


 だが、それは流石に放っておくわけにはいかなかった。

 襲われた事については怖かったし怒ってもいたので、可哀想とまでは言わないが……それでも勘当までされる事を看過出来なかったし、少し前の彼の表情を見た私としては、背負うべきものから離れさせる事が正しいとも思えなかった。


 だから私は先程までラル達に話していた内容を改めてファージ様に告げて、どうか勘当はしないでほしいと頼み込んだ。

 

 一部始終を見て、聴いていたラルとはじめくんは納得できない表情だった。

 だがファージ様は――。




「だからその、ファージ様は信じていいと私は思うよ、うん」


 あの、形容し難い――泣いているようでそうでないような、私ではまだ表現できない感情による表情を、そして最終的には意見を受け入れてくれた事を脳裏に浮かべ、思い返しながら、私は網家さんに告げた。


「そういうもの? まぁ他ならぬ紫苑が諸々納得してるんなら私はいいんだけど」

「ありがとう、網家さん」


 そうして、先程は言えなかった御礼を改めて告げると網家さんは苦笑した。


「――相変わらずだね、紫苑は」


 そう言ってくれた彼女に、私は笑みを送り返した。

 うまくこのあたたかな気持ちを言葉に出来なかったので、これ位しかできないのが歯痒い限りだけど。

 

「……えーと、じゃあ、他に話す事はなかったか?」


 そんなやりとりが一段落ついたと判断したのか、クラス委員長の河久かわひさうしおくんが声を上げた。

 すると、はじめくんが小さく挙手した上で意見を述べる。


「あと幾つかある。

 まず、無事依頼を達成できた場合、そしてもしも間に合うのなら寺虎達とのいざこざにできればあった方がいい『贈り物』についてなんだが――」


 どうやら話し合いはまだまだ続くようだ――――。






(――遅くなっちゃった)


 私は内心で呟きながら、寮の中にある自分の部屋となっている一室――レーラちゃんを寝かせている場所へと足を速めた。


 あれから幾つかの意見を交わすべき事、確認事項を話し終えるまで一時間ほどかかった。

 その全てが解決できたわけではないけれど、今後の為には絶対に必要で有意義な時間だったと思う。

 ただ、それはそれとして、長くなってしまったのは事実なので、レーラちゃんを考えていたよりも長く放っておいてしまった事が心苦しかった。


 まぁ起きていたら、多分食堂に来てくれただろうから今も眠っているんだろうけど。


(でもそうだとしたらレーラちゃん眠り過ぎてる気もするし、今日の夜は眠れないかもなぁ――)


 明日は朝から師匠の所に向かうつもりなので、その場合はどうしたものか、と思考を巡らせつつ私が自室のドア前に辿り着いた時だった。


「――――うわぁ」


 私は思わずそんな声を上げていた。


 何故ならそのドアには……真っ赤な液体により大きな×印がつけられており、その中央には一枚の紙が張り付けてあって、この世界の言葉でこう書かれていた。


『お前は調子に乗り過ぎた。その報い、いつか受けてもらう』――と。

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