㊽ いざ決戦――二人ならば
「――なんだと?」
それは彼の仲間達も同じだったようで、一人を除いて皆僅かな驚きと戸惑いを表情に浮かべていた。
そんな彼らに一くんはもう一度言った。
「聞こえなかったのか? それとも理解できなかったのか?
じゃあ、もう一度言ってやる。
お前らの相手は俺と八重垣紫苑の二人だけで十分だ」
「……頭悪くなったんじゃないのか?
お前ら二人でこの間全然俺達に歯が立たなかっただろうが」
言いながら寺虎くんは懐から以前も使っていた小さな水晶玉を取り出して私達を見た。
直後彼の表情はあからさまに嘲笑めいたものへと変化した。
「自信満々だからさぞレベルアップしたのかと思ったら二人共レベル11ぽっちじゃねーか!
俺達は――」
「見えてるよ。皆レベル30台だね」
私・
私達の側で一番レベルが高いのは
――同時に、彼らの各種能力値をしかと確認しておく。
予想通りの傾向がそこにはあって、私はそれを【
『――そうか、なら確実だな』
『うん。油断をするつもりはないけど』
『ああ、勿論だ』
そうして私達は頷き合う。
そんなやりとりが行われているとは知る由もない寺虎くんは、一緒に戦うつもりの
「なんだよ、お前の能力が使い物にならなくなったんじゃないのかよ。
じゃあ尚更に勝ち目がないって……」
「分からないのか?
その上で勝ち目なんかいくらでもあるって言ってるんだ。
その察しの悪さで尚更に確信が持てたよ。
もう一度言う、俺達だけで十分だ」
まったく揺らぎのない、いつものとおりの冷静な声音で言葉を被せられて寺虎くんは絶句――した後に、言葉の意味を飲み込ませていくと共に徐々に、怒りの顔へと表情を変化させていった。
「いいぜ、そこまで言うんだ。負けた時は一生俺達の使いっぱしりになってもらうぜ。
八重垣も――俺の言う事を聞いてもらうからな、どんな事でもな」
「ああ、構わん。負けた時は俺も彼女も好きなように使えばいい」
「おいおい、勝手に決めてるぞ、いいのか八重垣ぃ?」
「うん、私も今回は勝つつもりだから」
「……。そうかよ。後悔するなよ?
じゃあ早速ボコって……」
「まぁ待て。ここじゃ戦い辛いだろ」
そう言われて、寺虎くんは周囲を見渡した。
この辺りは比較的開いた場所ではあるが、周囲に多少木々があり、先程のドラゴンも倒れたままだった。
思いきり動き回るには少し難がある。
「向こうのもっと広い場所に移るぞ」
「――いいのかよ? 俺的にはそっちの方が助かるんだぜ?」
「ああ、言い訳のしようもない位負けた方がスッキリするだろ」
「……口だけは達者だな。まぁいいさ。
お前の化けの皮が剥がれた後、無様に言い訳する姿が楽しみだ」
凄みのある笑みを浮かべつつ、寺虎くんは私達に背を向けて歩き出す。
その背を追いかける形で、私達もまた広所へと足を進めていった。
「ここなら文句ないだろ?」
「ああ」
少し歩いた先はこの結界領域のほぼ中心部。
ドラゴンがずっとここにいたためなのか、あるいはかつての戦いによるものなのか、ここ周辺は広い平地が広がっていた。
以前調べた時、小高い丘からこの場所そのものは見えていたので、私達の居住候補地として考えていたのだが、その時は兵士が外で監視している土地という事で特殊な事情があるのだろうと諦めていた。
この地を私達が使わせてもらう為にも、そして寺虎くん達がこれ以上他の誰かに迷惑をかけるのを止める為にも、負けるわけにはいかない。
「じゃあ、皆は少し……うん、もうちょっと下がった方が……うん、その辺りでいいと思う。
そこからこっちには来ないように気をつけてね。
あと戦ってる場所がズレてくるかもだから、その時も」
寺虎くんの『贈り物』の射程から多少離れた辺りにいてもらうようにお願いする。
戦闘の流れによっては、いまクラスの皆やラルがいる場所も危険かもしれないのでその辺りも含めて。
でも、勝つにしろ負けるにせよ、多分皆のいる辺りまでは巻き込まないだろうし、そうして戦う場所を広げるほど長い戦闘にはならないと私達は踏んでいた。
「悪いな、八重垣さん。任せちゃって――でも、ホントに大丈夫なのか?
なんなら俺が代わっても」
「ありがとう、守尋くん」
レベル差を心配してか、皆を代表する形で守尋くんが少し困ったような表情を浮かべながら声を掛けてくれたので、感謝しつつ私は告げた。
「守尋くん達はさっきドラゴンの時にがんばってくれたから、今は休んでて。
それに、まだ力を温存しててもらいたいし」
「――やっぱり、まだ何か起こるってのか?」
守尋くんの視線は、準備を済ませて待っている寺虎くんたちの更に向こうにいる、今は敵対しているクラスメート達……特に
そして、その懸念は多分正しい……だから私は小さく頷いて言った。
「多分ね。だからみんなは話し合ったとおりにお願い」
「分かった。あっちにもそう伝えておく」
「ありがとう。伊馬さん、皆の回復よろしくお願いね」
「オッケー! 任せておいて!」
一週間前ほどであれば守尋くんと会話していると伊馬さんから怖い視線が飛んでいたが、今はもうそれはなかった。
どうやら私と一くんが付き合っているとホントに信じてくれているようで、この間はわざわざデートのお膳立てまでしてくれていた。
……心苦しいのもあるので、今度守尋くんと二人きりになれるよう、何か方法を考えてあげたいです、はい。
「ファイトだ堅砂! 八重垣!」
「二人とも頑張って」
「あんなのけちょんけちょんにしちゃっていいから」
「紫苑ならいけるよ、うん。まぁ堅砂もなんとかなるでしょ」
そんなクラスメート達の声援に手を振って応えてから、私は少し離れた所で待ってくれていた一くんの所に小走りで駆け寄った。
「ごめん、待たせちゃって」
「そうでもない。それに――仕込みは十分だ」
コン、と手にした杖で地面を叩きつつ、一くんは言った。
その表情には不敵な笑みを小さく浮かんでいたが――ふと、その笑みを消して、彼は私に尋ねた。
「俺はいいが――紫苑は大丈夫か? ……気が進まないんだろ、本当は。
クラスメートを叩きのめすのが」
「うん。ちょっとだけね」
モンスターがそうでないというわけじゃないけれど、人に向けて攻撃を放つ事はあまり好きじゃない。
スカード師匠のように圧倒的に格上ならまだしも、自分の攻撃が相手を深く傷つけうるなら躊躇いはどうしても生まれる。
情報収集が主な理由ではあったけど、それもあって――クラスメートに攻撃をする事への拒否感があったのも、前回敗北した理由だと私は思っている。
だけど。
「でも、もう大丈夫。寺虎くん達をここでちゃんと止めないと大変な事になるから」
ここに至るまでで覚悟していたけれど、先程交わした会話もあって、よりその意志は固まっていた。
私達が考えている以上に寺虎くん達はタガを外してしまっていた。
であるならば、もう躊躇ってはいられない――それは私もまたタガを外す事に他ならないのかもしれないけれど、だとしてもだ。
そうならないように自分を制御しながら、為すべき事を為そう。
それに。
「それに――一くんもいてくれるから。きっと頑張れるよ」
今まで地道な鍛錬に付き合ってくれていた一くん。
一人ではなく、共に立ってくれる
私一人だったらきっと、心はもっと不安で満ちていただろう――けど今は、きっと何とか出来る、そう思えた。
「――大した口説き文句だ」
「え、いや、その、えと――く、口説いてはその……」
「こっちも頑張れそう、そういう意味だ」
そう言いながら一くんが、杖を持っていない左手で拳を差し出す。
それを見て私は、胸を熱くしながら右拳を突き出して、コツン、とぶつけ合った。
――すごく、力が沸き上がってくるような……ううん、間違いなく湧き上がってきた。
「やるぞ、紫苑」
「やろう、一くん」
そうして私達は寺虎くんたち三人が待つ場所へと歩みを進めていった――
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