⑪ 改めての理解と、思わぬ和解
「君は――俺がクラスメート、それも手を組んだ相手を、無残な目に遭うかもしれない状況に飛び込ませて平然とする人間に見えるのか?」
「それは――」
「いや、さっき似たような事を言ったな――もっと分かり易く言ってやる。
君は、俺がもしも君と同じ判断をして、一人で戦いに向かったなら、ただ見守っていたのか?」
「――!!」
「そうじゃないだろう? その時、君は俺を助けようとするはずだ。
これまでクラスの不和をそれとなく防ごうとしてきたように、声を上げたはずだ。
それと同様に、俺も君を放置しない――なんで、そう思ってくれなかったんだ……?」
「……っ!!!」
彼――
私は堅砂くんを、クラスメートとして、手を組んだ者同士として、信頼しているつもりだった。良いヒトだと思っていた。
だと言うのに、その発想がちゃんと出来なかった。浮かんでいなかった。
あの時、私は――彼を信じていなかった、のだろうか。そんな、そんなつもりはなかったのに。
「それ、は――」
「――いや、その、悪い。悪かった」
動揺を隠せない私の表情を見て、堅砂くんは上がっていた声のトーンを少し抑えた。
そして気まずそうな表情で、床を見据えながら言葉を続けた。
「俺の普段の態度から、そう思えなかった部分の方が多かったんだろう。
当然だな。
確かに、基本的に俺は誰かに関わろうとも、必要以上にお節介を焼こうともしなかった。自分優先の言葉ばかりだった。
こんな時にだけ、俺は全部が全部我関せずのつもりはない、なんて主張、通るわけがない」
「それは、違うよ――!」
「いや、違わない。
俺とした事が、思った以上に悪い意味で感情的になってた。
――八重垣。
君が俺を信じようと思ってくれた事は、手を組んだ時に理解している。
なのに、俺は――斜に構えた態度を続けてたんだ。
だから、君が悪かったんじゃない。
相互理解を怠った、俺に責任があった」
「それは――それは、私もそうだよ……!
あの時、私、堅砂くんの言葉を決めつけてた――!
私は、私一人で戦えばいいって、そう思い込んでた――」
「……」
「……」
暫し、私達は言葉を失った。
言葉を交わす事で、私達は自分達の見えていなかった事が見えて――だからこそ、方向を見失っていた。
私は、堅砂くんに謝りたかった。
堅砂くんは、私に怒っていた。
そんな、最初に考えていた事の先にあった『仲直り』にどう辿り着けばいいのか分からなくなってしまっていた。
「――――仕方ないな」
そんな沈黙を破ったのは堅砂くんだった。
彼は渋面を改めて表情に浮かべた上で、
「こうして無駄に沈黙をするのは時間の浪費だ。どちらも悪かったで両成敗にする」
「え?! いや、それは――」
「両成敗だ。それで全部チャラにする。そんな泣きそうな顔をされたままと困るんだよ、俺が。
あの子に――レーラに何を言われるやら、だしな。
だから、いいな?」
「でも――」
「い・い・な? 俺は、許すって言ってるんだからな?」
正直、私自身完全には納得できなかった。私に非があるとしか私には思えなかったからだ。
堅砂くんもきっと、私とは違う理由で同じように自分に非があると考えているんだろうと思う。
でも、それについて互いに強引に押し付け合えば、千日手、永遠に話は終わらない。
だからあえて堅砂くんが強引に押し付けてくれたのだ――私には、それが出来ないと正しい判断をしてくれた。
私は、結局どうしようもなく陰キャだ。
心の何処かで、堅砂くんに嫌われたくないと思っていた。ほんの少しでも親しくなれたと、友達になれたかも、と感じていたから。
だからこそ、私だけが悪いと思い、
それこそ自分勝手だと頭と心の片隅で理解していながら。
「―――――う、ん。分かった、よ」
だから私は、強引に頷く事にした。
自分勝手な自分自身に蓋をする為に、それが一番いいと考えて。
多分、そこまで考えた上で堅砂くんは言ってくれたんだと思うから。
でも、そんな自分に嫌気がさして、私は思わず俯いてしまう。
「ああ、ただ、これだけは覚えておいてくれ」
そうして視線を泳がせる私に、堅砂くんはうんざりとした口調で言った。
「次似たような事があったら、俺も一緒に行く。俺は――そんなに薄情じゃないからな。
逆に俺が行く時は――八重垣も来てくれるんだろ?
俺達は手を組んでるんだからな」
言葉こそぶっきらぼうだったけど、そこに込められていた彼の気持ちは……間違いなく、紛れもなく、あたたかかった。
――不甲斐無い私だけれど、その確信は絶対に忘れないようにしよう。今日の自分勝手を繰り返さない為に。
「――っ! うん、勿論!! その時は一緒に行くよ……!」
そんな想いで、私は力強く、精一杯の誠意を込めて頷いた。
可能な限り、彼の
「そこまで力強く返答しなくていい。うるさいし恥ずかしい」
「あ、はい、すみません、気を付けます……」
だけど、その言葉が無駄に強かったので、バッサリあっさり切られました。
こういう所が私の自分勝手さなんだろうな、と反省する次第です。
――でも。
「まぁ、君はそういう奴だともう諦めてるから構わないけどな」
そう言って堅砂くんは小さく――本当に小さく笑った。
私はそれになんと答えるべきか悩み――結局笑い返す事でしか答えられなかった。
でも、きっとそれでよかったのだと、笑みを交わしながらなんとなく思えた。
――ちなみに、少し前に馬車は目的地に到着していて、停まっている状態であった。
それでもあえて声を掛けずにいてくれた大人お二人の優しさに、私はただただ感謝と尊敬を深めた。そういう大人になりたいです。
「――なんだか、騒がしいな」
目的地だった冒険者協会に辿り着くと、そこは若干強い喧騒に包まれていた。
ここへ何度か訪れた時、十数人から数十人の冒険者達が依頼の張られた掲示板や依頼受付、順番待ちなどで情報交換などを行っていて、基本賑やかだった。
だが、今日は前回より一段と皆の声が大きく、人数も多かった。
――初めて訪れた時、スカード師匠を伴っていた時以上であった。
「うん、そうだね――?」
その事に首を傾げつつ2人で中へと進んでいくと、どことなく視線が向けられるのを感じた。
それを訝しく思っていると、そんな私達の前に数人の冒険者さん達が現れた。
――見覚えがあった。
私達がここに来るたびに『ひ弱なひょっこ』とからかっていた、自分達を
なんというか、すごく冒険者、という風体で、見た目から勝手な印象を持つのは失礼だと思いつつ、ついついいかにもな荒くれものだと思ってしまう人達であった。
その人達の中で一際声が大きかった、一番大柄な男性が私を一瞥して言った。
「よう異世界の嬢ちゃん――アンタ、一人で手練れのゴブリンとやり合ったって本当かい?」
「――えと、一応……多分、そうだと思います」
一体いつの間に情報が流れていたのだろうか。
あれから結構時間が経っているので不思議ではないのかもしれないが――。
「ほほぉ――なるほど―――」
呟きながら若干顔を寄せられてジロジロと見られて落ち着かなかったのだが、さりげなく堅砂くんが庇ってくれてホッとする。
後でちゃんと御礼を言おう、うん。
「あの、御用がないならこれで――」
一体何がしたいのかよく分からないが、これ以上時間を取られたくない事もあって、私がおずおずと失礼しますと告げようとすると。
「いやぁ……! 大したもんだ!!」
「うひょわっ!?」
いきなり朗らかに大声を上げられたもので、私は思わずびっくりしてしまった。
冒険者の男性はそんな私に「悪い悪い」と謝罪しつつ、言った。
「疑っちまったが、確かにアンタからは汗と血と、ゴブリンの匂いがする……おかしな力で楽に倒したって訳じゃあなさそうだ」
「え? わ、私そんなに匂ってます?!」
「八重垣、気にするところそこか?」
「そりゃあ気にするよ――周囲の人達を不快にさせてないかとかもあるし――!」
「いや、そんなに匂ってないというか、むしろ――なんでもない」
むしろ?! そ、それってどういうこと――?!
滅茶苦茶に気になるんだけど、迂闊に聴いたら私の一応女としての尊厳というかが危険な気がするので迂闊に訊けない私です。
そんな私達の表情とやりとりが面白かったのか、冒険者の人達は楽しげに笑った。
それは、これまでのような悪い意味でのからかいの要素がない笑い方だった。
「ハッハッハ、悪いなお嬢ちゃん、別にアンタが臭いとかそういう事はないから安心してくれよ。
冒険者としての嗅覚というか、なんとなく分かるものがあるのさ。
それで、アンタが間違いなく死闘を繰り広げた事が分かったってだけだ。
――それで、正直見直したのさ」
「見直した、ですか?」
「ああ。
昔来た異世界人とか、アンタらと一緒に来た連中が、変な力で楽に倒して調子に乗ってるのを何度も見てきたもんでな。
真っ当に冒険者してる俺らとしてはそういうのは気に入らなかった。
アンタらにしても、あのスカードを金で従わせてるんじゃないかって思ってたしな」
スカード師匠が、とんでもなく知名度が高い冒険者である事は薄々感じていた。
ここに初めて師匠と共に訪れた時も薄いざわめきがあったし。
というか、これまで出会った人々で冒険者に限らずレベル255――200代に到達している人は師匠だけだ。
きっと、私の想像を絶するような冒険をしているのは想像に難くない。
そうであるならば、きっと尊敬する人もたくさんいるのだろう。
そして、そんな師匠が色々な事情や流れがあると言っても、一介の新人冒険者に付きっ切りというのは、良い気分がしなくても当然なのかもしれない。
彼らもきっとそうなのだろう――と思っていたのだが。
「だが、アンタはちゃんと冒険者だったようだ。
女だてらに、いや、女だってのにゴブリン相手に危険を冒して俺らの町の住人を守ってくれたからな。
しかもただ戦うだけでなく見事に全員ぶち殺して返り討ちにするなんて――流石スカードの弟子だ」
冒険者さんの言葉には、素直な感嘆と称賛が込められていた。
――でもぶち殺すはやめてほしいなぁ……うん、まぁ、綺麗な戦い方じゃないんで否定はできないんだけど。
「だから、これまでの事を詫びようと思ってな。今まで失礼な事を言ってすまなかった」
「申し訳なかったね」
「このとおりだ」
大柄の冒険者さんと一緒にやってきた人達は、口々にそう言って頭を下げてくれた。
――確かに、からかわれていた時は腹は立った。
でも、ちゃんと謝ってもらった以上、頭まで下げてもらうのは心苦しくて、私は慌てて声を上げた。
「いえ、その、気にしないでください……あ、頭を上げてください――!
むしろ、その、皆さんのような経験豊富な冒険者さん達に認めていただいて、すごく光栄なんですから」
「おお、そう言ってくれるのか――俺だったら、あんな挑発されたら一生恨み骨髄なのに」
いや、そこまでの挑発だと認識するような挑発をそもそもしないでください。
とまでは言えないので、私はただただ苦笑するに留まった。
「いやぁ――実に大したお嬢ちゃんだ」
「当然だな」
私の事であるにもかかわらず、堅砂くんがすごく自慢げかつ不敵に笑う。
――ああ、うん、なんというか。
自分の事のように喜んでくれる(?)と、不思議とちょっと心があたたかくなったり。
さっき馬車で話をして……ちゃんと仲間、うん、きっと仲間だと思う。
そういう認識を堅砂くんにしてもらえてるんだなぁと改めて確信させてもらったので、私は嬉しかった。
……口にするとあっさり否定されそうなのであえて言いませんが。
本当の所はともかくとして、言葉にされると辛い事ってあるよね、うん。
そういうのは相手を信じる信じないとはまた別の問題だと思います、はい。
「おお、お前も中々に大したもんだと見直したぞ。
一緒に戦いたい気持ちを堪えて、助けを呼ぶ事を選んだのはさぞ辛かったろう――分かる、分かるぞ」
「ふん、まぁな」
実情は少し違うというか、私の勝手な暴走なんだけど――うん、あえて指摘する必要はないよね。
仲良さげにしている男性陣を見ているとそう思える……あ、堅砂くん、ちょっと強めに肩叩かれて痛そう。
「ともあれ、今後は何か困った事があったら俺達に相談しろよ。力になってやるからな」
「ありがとうございます。
私――達も出来る事があったら、皆さんにご協力させていただきますので」
『私』とだけ言いそうになる所を『私達』へと訂正する。
チラリと堅砂くんを一瞥すると――彼はソッポを向きつつも『◯』のサインを私に送ってくれた。
――うん、すごく、嬉しい。
「俺らは
「私は、八重垣紫苑です。あ、紫苑が名前です。こちらは堅砂一くんです。
心遣いありがとうございます。以後どうかお見知りおきを」
「真面目だねぇ」
そうして私達はどちらともなく握手を交わした。
――こうして知り合った『酔い明けの日々』の皆さんとは、今後長く濃い付き合いになっていくのだけれど、正直現時点では想像が難しい未来だった。
それはさておき。
良い事は続くものだなぁと嬉しくなった私は、このリズム的なものに乗って、これからたくさん良い事があるといいなぁと思っていたのだけれど。
ネガティブな私が珍しく前向きにそう考えた事がフラグだったのかも、と後になって気付き、私は落ち込む事になる。
ともあれそうして立ったフラグの回収がされ始めたのは『酔い明けの日々』の皆さんとの会話が一段落ついた、まさにその時だった。
「おうおう、騒がしいなー! 英雄様の帰還を待ち侘びてたってところかぁ!?」
具体的には、その聞き覚えのある大きな声が入口の方から聴こえてきた事が始まりだった――。
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