⑩ 見落としていた自分勝手
「――その、ご心配をおかけしました」
街へと戻る馬車の中で揺られながら、私は同乗している
あの後、恥ずかしさと疲れもあって意識を暫し失っていた私だったが、事情を説明しないわけにはいかない事を頭の何処かで覚えていた事、堅砂くんの――私を気遣っての遠慮がちな呼びかけのお陰で意識を取り戻し、私が把握している限りの状況の説明を行った。
その際、警護兵――いわゆる衛兵なのだが、この街ではそういう呼称になっている――の人達は、当初困惑の表情を浮かべていた。
なんでも、私も感じ取っていたように、今回のゴブリンは装備その他から相当な手練れで、いかに異世界人でも数日前に冒険者になったばかりの
実際それはそのとおりで、今回は相当に幸運が重なった結果だと私自身思っている。
そもそも時間稼ぎが目的だったのに、最終的に倒す意識に傾いた私も私というか。
堅砂くんに言われた「野蛮」が、正直否定できません、はい。
さておき、そんなわけ+私が異世界人だった事もあり、何かしらの悪い企みが隠されているのではないかと疑念の目を向ける人もいた。
だが、私の傷を治してくれた、ずっと私達の面倒を見てくださっている神官さん――私の事を心配して堅砂くんと一緒に戻ってくれていた――が、治療される前の私の惨状を語り、うら若き乙女がこれほどの目に遭って尚進める企みがあるのならお聞きしたいと声を上げてくださった。
さらに、事が終了した連絡を受けて荷物回収や現場検証に戻ってこられたゴブリンに襲われた人達の擁護もあって、ひとまず私への疑いは保留となった。
私自身はいいのだけど、神官さんや擁護してくださった人達の事を思うと、保留、というのが少し悔しかった。
そして私達以前の異世界人が一体何をしていたのか、知りたいような知りたくないような、そんな気持ちにもさせられた。
ともあれ、そうして事情説明を終えた後、私達は一度冒険者協会に向かう事となった。
警護兵の一人――兵の人達の紅一点で、この方は終始親切にしてくださった――に説明いただいたのだが、私達が倒したゴブリンについて冒険者協会に依頼が行っていないか確認する必要があるらしかった。
普通のゴブリンであればその必要はないのだが、彼らの装備の幾つかが高価な代物であったため、その身内が討伐依頼をしている可能性もそれなりにあるから、という事だ。
その場合、依頼した人との協議次第だが報酬が出る可能性もあるらしい。
ただ、衛兵の女性によると、相当に望み薄なので期待しない方がいい、との事だ。
実際依頼を受けた訳ではないし、私自身そういうものを期待して行った事ではないので、報酬については特に期待的な意識はないかな。
――まぁ、私達の懐事情を思うと貰えるものは貰っておきたい気持ちも正直あるんだけど。
貰っちゃうとそれはそれで、という気持ちもあったりで複雑です。
ただいずれにしても。
『本当に、本当にありがとう』
襲われた人達の一人――ご家族のお父様が、深々と頭を下げて、何度も何度もお礼を言ってくれた。
私個人としては、それで十分どころか二十分だった。
私がこの世界でがんばりたいと思っている事が、ちゃんと形に出来たのだから。
――だったのだが。
説明や会話を終えて、街に向かう事になった辺りで、私は堅砂くんに少し硬い対応を取られている事に気付いた。
その事に困惑していると、神官さんが密やかに話してくれた。
私が下りた後の馬車の中、堅砂くんは神官さんに街に到着した後で取るべき行動を聞き出し、レーラちゃんを伴いながらも迅速に行動、警護兵への事情説明や援護要請を的確にこなしたのだという。
その際、深々と頭を下げていた事や、ここに向かう中で神官さんと一緒に難癖をつけられた時の対応を準備していた事も。
そうして、想像していた以上に堅砂くんに心配をかけてしまっていた事に気付かさせていただき――私は、今改めて堅砂くんに頭を下げていたのである。
――ちなみに、神官さんや、今日の行き帰りのみならず、仕事外の今も迎えに来てくださった御者さんには馬車に乗る前に謝罪と感謝をしかと伝えた。
その上で馬車内で、改めて堅砂くんと話したいという気持ちをお二人は汲み取ってくれたので、今度改めてお礼したい所です、はい。
「――ごめんなさい」
「君は今、心配をかけた事について謝ったが――他にも謝罪すべき事があるだろう」
堅砂くんは、これ以上ないほどの渋面を形作っていた。
他に、謝罪すべき事――?
「えと、レーラちゃんを任せた事――」
「違う。それ自体は当然だ」
「ち、違うんだ――その、自分勝手に飛び出した事、かと」
「その方向だ」
「ほ、方向?! えと、その――」
必死に頭を巡らせるが、私には何が何だかよく分からなかった。
そんな私に業を煮やしたのか、堅砂くんは若干苛立ちを零しながら言った。
「一つは、俺の話を最後まで聞かなかった事だ。
あの時――君が馬車から飛び降りる寸前、俺は声を掛けようとした。
なのに、君は構いもせずに飛び降りた――」
「あ、あれは、その、馬車からの飛び降りを止めようとしたのかなって思って――」
「違う。
飛び降りるんなら一緒に行く、俺はあの時、そう言おうと思ってたんだ」
「え――?」
その言葉に、私は思わず戸惑いの声を上げた。
堅砂くんは、そんな私を静かに、でも確かに怒りを込めた視線で見据えていた。
そんな視線で見られている事に堪えきれず、私は言い訳がましく思いながらも、その時の考えを口にする。
「いや、だって、あの人達を助けたいっていうのは、私の自分勝手で――!
堅砂くんは、そんな事に付き合う事なんかないって、私は考えて――」
「なるほど、そこまでは考えていたのか。
正直八重垣はあの人達を助けたいただ一心だと考えていたから――そう考えていたのは、逆に失望だな」
「失、望――?! え? ど、どうして?」
訳が分からなかった。
あの時の判断は、どう考えても私の、私だけの独り善がりだった。
間違った事をしたとは今も思っていない。
あの人達を助けられてよかったと、今も心から思っている。
だけど、自分勝手だという事は重々承知していた。
だからこそ、堅砂くんは止めようとしていた筈で――。
「それが二つめだ。八重垣、君は俺をどう思ってるんだ?
冷静沈着に全てを合理的に正しく判断出来る、冷酷な人間だとでも思ってるのか?」
「――ぜ、前半は、確かにそう思ってるよ。
良い意味で、堅砂くんはそういう思考で、意見を言える人だって。
だからすごく頼もしくて――私は、すごく尊敬してる。
でも、冷酷なんかじゃない――!」
一見クールな堅砂くんだけれど、以前の私やクラスの皆が思う程にそうじゃなくて、面倒見が良くて、優しくて。
「そう思ってくれてるんなら、どうして一人で戦いに行った?」
「それは、だから、迷惑をかけたくなくて……」
「――ハァァ」
堅砂くんが、心底呆れ果てたとばかりの深い溜息を吐く。
そうして改めて私を見据える視線は――どこか、すごく辛そうだった。
「君は――俺がクラスメート、それも手を組んだ相手を、無残な目に遭うかもしれない状況に飛び込ませて平然とする人間に見えるのか?」
「それは――」
「いや、さっき似たような事を言ったな――もっと分かり易く言ってやる。
君は、俺がもしも君と同じ判断をして、一人で戦いに向かったなら、ただ見守っていたのか?」
「――!!」
「そうじゃないだろう? その時、君は俺を助けようとするはずだ。
これまでクラスの不和をそれとなく防ごうとしてきたように、声を上げたはずだ。
それと同様に、俺も君を放置しない――なんで、そう思ってくれなかったんだ……?」
「……っ!!!」
その指摘に――私は、衝撃を、受けた。
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