⑨ 激戦の果てと、忘れがたい恥ずかしさと
ゴブリンの禍々しい爪は、下着もろとも私の衣服を引き裂き、開いて……私の、何も纏っていない素肌、双丘が、呆気なく無残に外気へと晒された。
ゴブリンは笑いながら私・
人のものとは違う皮膚の感触が、掴み上げられている事が、胸から伝わってくる。
これまで同性や家族以外には見られた事がない素肌を見られて、恥ずかしくないわけがない。
触られた事がない所を弄ばれて、悔しくないわけがない。
自然涙も込み上げてくる。
だけど、毒に蝕まれた身体は動かない。普通では動かす事が出来ない。
――そう、普通では。
「――――――――っ!」
悲鳴を上げるべき所なのかもしれない。泣き叫んでいいんだとも思う。
だけど、私にとって、それは本当に打つ手が何もなくなって、絶望した時でいい。
私には、まだ――出来る事がある……!
そう意気込んで、私は全身に魔力を巡らせた。
やっぱり――体は動かせないけれど、魔力なら問題ない。
腹が立つけど、やりたい放題されている内に――テストも済んだ。
要は、魔力をそのものを動かせばいい――そう、身体を動かすんじゃなくて、身体の中を駆け巡る魔力を動かせば。
そうこうしている内に、ゴブリンはついに私の下腹部へと指を伸ばし――私の顔を覗き込んでくる。
そして、私の感じている感情や苦痛を糧にでもしたいのか、嘲笑う為に大きく笑みを浮かべ、さっきと同じようにカチカチと歯を鳴らした。
(ああ、ちょうどよかった)
声らしい声はまだ出せなかったが、可能だったらそう言っていただろう。
ゴブリンが口を動かした僅かな隙間……それがちょうど欲しかったんだよね――!
私は魔力を駆動、動かない筈の左腕を強引に動かして、ゴブリンの口の中に、掌を上にした手刀を突き入れた。
その際、ゴブリンの鋭い歯で皮膚は切り裂かれるが、そんな事で躊躇ってはいられなかった。
そう――ここからもっと気が進まない事をしなくちゃいけないのだから。
驚きで目を見開いたゴブリンは、私のしようとしている事を察したのか、即座に私の手を噛み千切ろうと口内に力を込める。
だけど。
「
意地悪かもしれないけど、ほんの少し意趣返しがしたくて声を上げるがままならない。
だが、言い直している時間はないので、私はそこで魔力の槍を全力で構築していく。
私の魔力で生成された武器は、全身全霊でもない限り、ゴブリン達の皮膚を十全貫く威力も性能もない。
精々射出で加速をつけて、どうにか多少突き刺さる位だ。
でも、そうして突き刺しさえできれば武器そのものを構成する魔力を注ぎ込み、破裂させる技が通用するのは先程確認している。
まして今は確実に相手の中身に直接なのだ。
通用しない道理はない。
もう切り合いが出来ない私に出来る、最後のチャンスで最後の一撃だ。
それこそ、今できる全身全霊を込める。
最後に、鍛錬の中で堅砂くんに教えてもらった魔術言語も付け加える。
魔術言語は『言語の意味を込めて理解した上で詠唱した』という結果さえあれば、言語そのものの正確性は低くてもいいらしい。
だから、私は全てを注ぎ込むつもりで、その言語を詠唱し、生成を強化する――!
「
直後、ゴブリンの口の中で白く輝く光槍が掌から天へと解放される。
それはいとも簡単にゴブリンの頭を砕き割った。
頭を失った彼はよろよろと何かを求めるように、両手を前に数歩ほど歩き――ついには地面に倒れた。
(これで、最後、だよね――)
ステータスを展開、周囲に何か、誰かがいないかを確認する。
だが、ステータス欄は私の名前だけ――どうやら、確実に敵対存在全員を倒す事が出来たようだ。
「は、ァッ……」
光槍を霧散させて、私は再び地面に仰向けに倒れた。
正直言って、酷い有様だ。
全身ボロボロで、息は乱れて、心もグシャグシャ、踏み躙られかけた事に手は今も震えている。
だけど、私は――今、確かに誰かを守る力になれたのだ。こんな私でも、そうなれたんだ。
「――よか、た」
そうして、私は小さく笑った。
私の心の暗い所が、その満足感の為にゴブリン達を殺したのか、そんなものの為に自己満足の人助けをしたのか、と問い掛ける。
お前は何も変わらないな、と。
だけど、それでも私は笑みを浮かび続けた。
――あの日、師匠にどうして強くなりたいのか問われた時。
そういうものを、今も感じている鈍い痛みも抱えて、その上で地道に歩んでいこうと、私は決めたのだから。
(よし。無事生き残れたんだから合流しないと。
って、倒れたままじゃ助けに来た人達に心配かけちゃうよね――)
思考そのものはクリアな私は心を整えた後、ステータスで私に掛かっている毒の種類を確認する。
――どうやら痺れ毒であり、放っておいても徐々に回復はしていくが、持っている薬草を煎じた粉薬でより短時間で打ち消せるらしかった。
なので私は、太腿からナイフを抜き、スカード師匠から教わった簡易的な処理を施した上で、小物携帯用の、元の世界から持ってきていたウエストポーチから、薬とそれを飲む用の水の入った小瓶を取り出した。
魔力による身体の制御は中々に難しいが、どうにかこうにか薬を口に含む。
「――いわゆる、プラシーボ効果、なのかな」
いや、実際に効果がある薬なので、効果がないものをあるように思い込んでいるわけじゃないはずじゃないんだけど。
そんなにも即効性があるのか、私の気持ちによるものなのか、口周りや身体は思った以上に短時間で動くようになった。
ナイフを抜いた後や砕かれた右腕の他、全身擦り傷その他でボロボロだけど、痛みそのものは師匠と初めて全力で戦った時ほどではないのでまだまだ耐えられる。
――そんな時だった。
遠くから近づいてくる音が耳に届いた。
何度か聴いているのでなんとなく分かる。馬車の音だ。
どう説明したものか、と考えながら立ち上がり、音のした方、そして足音が近づいてくる方向へと振り向く。
そこには十人程の武装した兵隊さん達の集団がいて――その先頭にいたのは、他でもない
「堅砂くんっ――!」
きっと心配をかけてしまったのだろう、真っ先に駆けつけようとしている彼に大きく手を振った。
それから兵隊さん……街を警邏している警護兵の人達にも感謝の声を――って、なんか皆さん、こちらを見て変な顔になったような。
嬉しそうだったり視線を逸らしたり狼狽したり――共通しているのは皆赤面している事だろうか。
そんな彼らを不思議に思っている内に、あっという間に、脇目もふらずに距離を詰めてきた堅砂くんも真っ赤な顔をしていた。
彼は凄まじく真剣な表情で羽織っていた黒いマント――購入した際すごく満足げだった……気持ちは分かります、マントいいよね――を、外し私に押し付けた。
「――羽織ってくれ」
「へ?」
「すごく言い難いんだが――八重垣、君、今半裸だぞ」
「――――――――あぁぁぁっ!?」
毒やら何やらに気を取られていた私は、自分の衣服の状態について、この瞬間にようやっと思い至った。
わ、私、胸を思いっきり露出したまんまで手を振って―――あー! あー!! あぁぁぁ!!!
「ご、ごごごご、ごめっ、ごめんなさいー!!??」
「いや、君は謝らなくていいだろ……」
「う、うぅ……もう、わた、私っ、お嫁にいけないぃ……は、ふぅっ」
堅砂くんのマントを有難く受け取って、全身を隠しながら私は恥ずかしさで膝から崩れ落ちた。
もしかしたら、緊張の糸が切れた事もあったんだろうと考えが至ったのは後からで、この時の私は全身を駆け巡る痛みよりも遥かに強い恥ずかしさで悶絶して、全身赤面状態で意識が遠のいていくばかりだった。
「や、八重垣?! せめて無事をちゃんと確認させてから気絶してくれ――!? 対処に困る……!!」
そんな中で響いた堅砂くんの声は初めて聴く狼狽と必死さだった。
そうさせてしまった事を申し訳なく思いながら私の意識は薄れていくのであった――
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