60 いざ決戦――残る者、去る者

 レベル300の屍赤竜リボーン・レッドドラゴン――その圧倒的な存在感に私は、私達は思わず動けずにいた。

 ――瞬間、私の脳裏に鍛錬中のスカード師匠の言葉が思い浮かんだ。


『いいか、戦っている時に足を、思考を止めるな。

 どんなに絶望的な状況に遭遇したとしてもだ。

 動けなかったら死ぬだけだが、一歩動くだけで致命傷を回避出来るかもしれない。

 あるいは何か一手を繰り出す事で状況を変化出来るかもしれない。

 動く事が状況悪化を招くと明確に分かってる時以外は、足を、思考を動かし続けろ。

 立ち尽くしているだけじゃ――』


 何も、変えられない――!


 師匠の教えを反芻し、頭の中で叫んで私は動揺した心を立て直した。


 重要な部分とは言えレベルの数値だけに捉われていた自分を反省する。

 それにこだわらなかった、ちゃんと能力を精査したからこそ、寺虎くん達に太刀打ちできた事を忘れてしまっていた。


 今必要なのは事だ。


はじめくん!!』


 直後私は堅砂かたすなはじめくんから借り受けていた【思考通話テレパシートーク】の子機機能で彼に呼び掛けながら、私の【ステータス】で確認した、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンの把握出来る範囲の能力を伝えていく。


『――助かる』

『いえいえ』


「守尋くん、津朝くん、一度距離を取ろう!! 大丈夫! まだブレスとかの広範囲攻撃は来ないから!」

 

 それから今度は肉声で一緒に飛び出した守尋もりひろたくみくんや津朝つあさわたるくんに呼び掛けた。


 私の【ステータス】の能力影響で視界が赤く染まっていないという事は、今の所そういう広範囲の攻撃の意思はないという事に他ならない。

 不完全だった時にも使えていたドラゴンブレスが使えないとは思えないので気にはなるが――どういう意図かは分からないが、今その気がないのであれば、この機会を状況の立て直しに使わせてもらおう、うん。


 ドラゴンの背後――より少し遠くにいる阿久夜あくやみおさんを早くに拘束したい所だけど、今の状況で迂闊に手出して刺激するのはマズいかもしれないと考えたのだ。

 追い詰められた状況ゆえか、ドラゴン側の影響か、彼女自身の精神状態が分からない以上一瞬でも双方にとってのクールタイムは必要かもしれない。


「りょ、了解!」

「助かる、八重垣!」

 

 そんな私の声に応えてくれた二人は、私共々大きく飛び下がった。

 そうして先んじて下がっていた一くんの付近で、私達は武器を構えつつも様子を窺った。

 ――と、その前に。


「『酔い明けの日々』の皆さん! 皆さんはここからの退避を!!」


 私は魔物退治の協力を頼んでいた党団とうだん『酔い明けの日々』の皆さんに叫んだ。

 私達が依頼していたのはあくまでドラゴン以外の魔物の数減らしで、ドラゴンそのものは依頼の外だ。

 依頼外の事で皆さんを危険に晒すわけにはいかなかった。


「心遣いは助かるがな――お前らが残るのに俺らがここで引いたら面目がなくなっちまいそうでな」


 団長のターグさんがそう答えるも、その表情は硬かった。

 実際お言葉どおり、新人冒険者の私達が残るのに退き難い状況なのだろう。

 私達の心配もしてくれているのかもしれない。

 しかしかと言ってこのままドラゴン相手は厳しい、そういう表情のように思えた。


 私達としてはいてくださった方がありがたいが、これ以上巻き込むわけにはいかない。

 退いてもらいたいけれど、どう言葉にしたらいいものか……こういう時、自分の対人ど下手ぶりをつくづく痛感させられる。


「――なら追加依頼だ」


 そうして考えあぐねているとはじめくんがターグさんに向けて金貨を一枚投げ放った。

 ターグさんが見事受け取るのを確認した上ではじめくんは言った。


「アンタらは街に退いて領主様にこの状況を伝えておいてくれ。

 正直、どうなるか分からなくなってきたからな」

「……確かに伝言は必要かもな」


 周辺の状況を確認した上でターグさんは渋々と頷いた。


「分かった、俺達は一旦街に戻る。

 ついでに戦闘に向かない奴は一緒に連れて行くぞ。おい、付いてくる奴は――いないのか」


 ターグさんの呼びかけに応える……私達の中から一時的避難の意思を示す人はいなかった。


 ――多分、皆この状況に思う所があるのだと思う。 

 阿久夜さんをはじめ、それぞれ放っておけない人がいたり、異世界人自分達の引き起こした事を放置できないと感じていたりで。


「分かった。じゃあ、俺達は報告に行く」

「すみません、予定外のお仕事で手間をお掛けしますが、よろしくお願いいします」

「相変わらず礼儀正しいな紫苑の嬢ちゃんは。

 任せろ、依頼はきっちり果たすさ……お前ら! 相手が相手だから勝てとは言わんが、心で負けんなよ!!」


 小さく苦笑を浮かべた後、ターグさんは私達に発破をかけてくれた。

 勝てなくても負けるな……今の私達の状況に合う素敵な言葉で、私は思わず笑顔になった。


「はい!」

「というか勝つ気だぞ俺は」

「了解したぜ、ターグさん!」

「よろしく頼むぞ、おっさんたち」

「領主様によろしく伝えてくださいねー!」

「――依頼に反しないなら救援ほしいよね」

「すみません、道中お気をつけて!」


 それは私だけでなかったようで、私が頷いた後、一くんや守尋くんをはじめ、皆がそれぞれの言葉をターグさんへと返していく。

 ターグさん達はそれに笑顔で手を振ったり頷いたりして返事をしてくれた後、即座に撤退していった。


「コーソムさん!」


 それから私は、動揺しながらもずっと向こうで状況を見守り続けていた、いや、今も見守っている領主様の息子、コーソムさんに声を掛けた。

 

「可能なら、コーソムさんもこの場から離れてください……!!」


 阿久夜さんがどう反応するかにもよるが、可能ならこの場にいるべきではない。

 そう思って呼び掛けたのだが、彼は首を横に振るだけだった。


「コーソムさ……」

「――やめておけ。

 脅されでもしてるのか、もっと別の事を考えているのかは知らないが……決意は固いらしい」

「――っ」


 なおも呼び掛けようとした私だったが、一くんの言葉とそれを裏付けるようなコーソムさんの真剣な表情に、言葉を失った。


 そうして……この場に残ったのは私達召喚された面々とコーソムさん、そしてラルだけになった。

 ただしすぐ目の前で堂々と鎮座している屍赤竜リボーン・レッドドラゴンさんを除く。


「――お別れは済みましたか? ふふふふ」


 そのドラゴンさんの向こうでご機嫌な様子の阿久夜さんが笑っている。

 多少落ち着いた様子だけど――まだ眼が血走っていて、表情もいつもの彼女とは違う、どこか禍々しい様子だった。

 

「では今度こそ貴方達に、敗北を……」


 そう言って私達を指さして、おそらく屍赤竜リボーン・レッドドラゴンに指示を出そうとした瞬間だった。


『黙っていろ、道化』


 そんな、重々しい声がいきなり頭上から響いてきた。

 何事、と思った次の瞬間、屍赤竜リボーン・レッドドラゴンが赤眼――いつの間にか緑色から赤く染まっていた――から赤い光を放った。

 その対象は、私達ではなく……阿久夜さんだった。

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