130 みんなが手を取り合う為の、大激戦㉒

「まぁだ、倒せてねぇなぁ――!」


 私・八重垣やえがき紫苑しおんの、空中からの落下と共に放たれた踵落としによって大きく罅割れた地面の中、ダグドさんの声が響いた。

 まぁ、そりゃあそうだよね、と納得。


 私の踵落としは直撃こそしたけど、ダグドさんの十字に交差した腕によるガードで半ば防がれていたから。

 衝撃そのものは内側へと浸透してるとは思うけど、ガードによってそれも多少散らされている。

 それどころか噴き上がるダグドさんの、熱を伴った魔力が逆にこちらへと伝わって来た。


 踵落としの時に集中した魔力のお陰で、今の所は最小限に留まっているけどこれ以上の接触は逆に大ダメージを負ってしまう。

 出来れば力の限り押し込みたかったんだけど、しょうがない。


 両足に力を込めて、踵落としの体勢から空中に身を翻して離脱した私は、それと同時にヴァレドリオンの光刃を再生成。

 更に牽制の為の魔力の槍も撃ち出して、体勢を整える時間を稼ぐ。 


 やっぱりダグドさんは強い。

 一手立ち回りを間違えたら、そこから一気に形勢逆転されてしまうだろう――でも。


「まだ、これからですよ――!!」


 決意を込めて声を上げながら、私はダグドさんへと駆け出していった。  




(コイツ、この短期間で更に強くなってやがる――!)


 八重垣紫苑との戦闘が続く中、ダグドは内心で呟き――戦いの音に紛れて、舌打ちしていた。


 自身と彼女――正確には彼女とその仲間達との戦いは、数十日程前の事だ。

 たったそれだけの間に、八重垣紫苑は目に見えて戦いの質が向上していた。


 自身と戦った事で総合力量値……異世界人の言う所のレベルが上がり、基礎能力値も上昇した――それはそうだろう、超強敵じぶん相手だったのだから当然だ。

 強化魔法を始めとする各種魔法の威力も向上した――それも事実だろう。

 魔循兵装の扱いをより滑らかに行えるようになったのも確かだ。

 

 結果、彼女は全体的に3割から4割増しで強化されている、はずだ。


 だがそれはあくまで『数字』の上の話であり、実際にその力を適切に扱えるかどうかは話が別である。


 振るえる力の上昇が、常に良い方向に作用する訳ではない事をダグドは理解していた。


 上昇した力を正しく把握出来ておらずに味方を巻き込むような攻撃をしたり、力を持て余して思わぬ隙を作る事も時にはある。

 向上した能力を適切に使えるようになるには、実戦かそれに類する鍛錬で自身の力を把握していくしかないのだ。

 

 まして、今回の彼女は前回とは違う――いや、前回からより発展した戦い方へと変化している。


 そんな中で力を持て余さずに澱みのない動きをするのは、簡単な事では決してない。

 日々の鍛錬を如何に真面目にこなしているか――それが如実に伝わる戦いを八重垣紫苑は展開していた。


 そうして力を十全発揮している紫苑は――『数字』ではなく『実態』として4割増しでは済まない強さとなっていた。


 魔力で構成されたブロックを主に足場に、時に盾や魔力の爆弾として使用しながら自身の周囲を天地無用・縦横無尽に駆け巡る彼女は――まるで流星のようだった。


(ハッ――それに比べて俺様は随分鈍っちまってたんだなぁ……!)


 勿論自身も魔王軍に所属している間十分な鍛錬をこなしていた。

 だが、それにより得られるマナ、全体的な力の上昇は、ここ数十年微々たるもの――頭打ちになっていた。


 まだまだ力量を上げられる自信はあるし、これからも強くなるつもりでいた――だが、魔王軍の上位存在となってからは、心の何処かで満足してしまっていたのかもしれない。

 魔王などの、自分よりも明確に強い存在を知ってはいたが、彼らは基本的には味方であった事から、かつて幼く弱かった時程の飢餓的な強さへの欲求を持てずにいたのかもしれない。


 いずれ人間と戦争するつもりはあった――だが、見下げ果てた人間風情には今のままで十分だ、とでも思っていたのかもしれない。


 今の自分は……とでも思っていたのだろうか。

 

 そうした心の在り方だった結果が前回の敗北であり、現状だ。


 前回の戦いで【存在燃焼】を使用した事で、ダグドの魔族としての力は幾分低下していた。

 さらに言えば、装備の質は悪くないのだが十全使いこなしているとは言えない状態でもある。


 あまりにも不甲斐無い――それが今の自身ダグドだ。

 

 だが、


「まだこれから――? こっちの台詞なんだよ、ソイツはぁ!!」


 ダグドは久しく忘れていた、挑みかかっていく……気に食わない相手に喰らいついていく、心の奥底が燃え滾るような情熱を思い出していた。

  



 ――不甲斐無いものだ。


 紫苑とダグドの熱気溢れる戦いを眺めながら、フィフスは心の内で哂っていた。

 あれだけ威勢のいい言葉を放っておきながら、戦いは実質互角いや、むしろ圧されているダグドの醜態に。


 ただ、気になる事もある。

 あの玩具――八重垣紫苑があれほどのレベルに到達しているのなら、そろそろ起こっていてもおかしくない状態……その兆候が見られない。

 には個人差があるらしいので、異常とまでは言えないのかもしれないが――どうにも気にはなる。

 

 ただ、それは後で――この下らない状況が片付いた時にじっくりと調べればいい事だ。

 それこそ、状態異常を口実に丹念に調べる事が出来るだろう。


 なんにせよ、ダグドの不甲斐無さを笑いつつ時間稼ぎが出来ている現状は、フィフスにとって都合が良い展開であった。


 ――だが。


 フィフスには見えていなかった。

 紫苑の作り出した足場ブロックを使って、密やかに自身へと接近していた存在に。


「こんなにも素敵な熱い戦いを斜に構えて見る事が出来るとは、随分と余裕がおありのようですね――なら、私の相手をしていただきましょう」


 その声と共に空から青い閃光が雷のように奔る。

 直後、フィフスの周囲にいた『蒼白そうびゃく騎士きし』全員が突然に全身の力を失い、倒れていった。


「申し訳ありませんが、貴方がたは邪魔なので眠っていてください。

 用事があるのは彼だけなので」

『――なるほど、いずれ訪れるだろうとは思っていましたが、ここで来ますか。

 世界守護騎士団・第五党党員騎士、アリサ』 


 騎士達への一閃を繰り出し、地面に着地した彼女――アリサは、艶やかな銀髪を風に揺らしながらゆっくりと立ち上がり、フィフスへと向き直った。

 一歩踏み出せば斬り合いを始められる……そんな間合いで二人は静かに視線を交錯させていた――。

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