㊱ 恐怖を抱えながらも歩みは停めず
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「ああ」
「いこうー!」
私・
時間は――バッテリーが残りわずかとなった携帯端末の時刻表示だと10時頃。
地球とこの世界の1日が数時間単位でズレているのであれば、この時刻表示はとうの昔に使い物にならなくなり、朝方に夜の時刻になっていたり、その逆の状態になったりしていただろう。
だがそうなっていないという事は、この世界……この星が地球とさほど変わりのない自転周期で動いている事のはずだ。
空の色こそ僅かに違うが、私的にこの世界は異世界というよりも並行世界なんじゃないかと思っていたりする。
ともあれ、今日は昨日の出来事もあって、領主たるファージ様からの依頼の遂行はひとまず置いておく事となった。
クラスメートの
私に至っては食べられた事で失われた装備を一新しなければならないしね。
再び買い揃える為の出費をしなくちゃならないのが申し訳ない。
お金の余裕があった頃なのでオーダーメイドしてもらってた部分もあって、すごく気に入ってたんだけどなぁ……。
なので、私は師匠の所での鍛錬が終わった後は買い物を予定している。
私としては余裕があればその後でも冒険者協会で短時間の魔物退治を引き受けて、その資金の埋め合わせを少しはしたいと思っていたんだけど……皆から今日は絶対に休むように厳命されてしまった。
なにせ昨日私は一度死んでしまっている。
翌朝には――まぁその、恥ずかしい所も見せてしまった事もあって『無理はするな、絶対にするな、フリじゃない』と念押しされたのです。
皆には心配をかけて申し訳なかったのだけど――そうして心配してくれた事が嬉しくもあり、複雑な気持ちだったり。
でも心配を掛けないのが一番良いので、もっと強くならねば。
「――でも、中々難しいね」
そんな思いもあって、スカード師匠の下へと向かう道すがら寺虎くん達への対抗策を話している中、私は何気なく呟いていた。
「私達は、師匠のお陰で多分私達に出来る順序とか積み重ねをちゃんとしてると思う。
技も術もたくさん身についてきた――でも、圧倒的な存在相手だとまだまだ厳しい……なんとかできないかなぁ」
「地道に積み重ねるんじゃないのか?」
「勿論、そこは一番大事。そこをおろそかにしたいわけじゃ全然ないの。
でも、それじゃどうにかできない相手を目の前にした時、何も出来ないのは悔しいなって」
「――それについては同感だ」
昨日私達二人は寺虎くん達とドラゴンゾンビとなった赤竜さんにボコボコにされてしまった。
手の内を計りたかったのは確かにあるけど、負けたかったかというとそういう訳ではなくて。
そして彼らとは再戦する可能性が高いわけで。
「どんな相手にも通じる一手……都合が良いのは分かってるけど、そういうのがほしくなるね」
「だが、そんなものはない。
あるとすればそれこそ『贈り物』だが――」
神と思しき存在から貰った特殊な能力や装備たる『贈り物』。
昨日のエグザ様との会話もあって、やっぱり特殊過ぎる力である事を私は実感していた。
確かにどんな相手にでも通用する一手になりうるのは事実なんだけど――。
「
「どっちもすごく便利なんだけどね」
私達の能力は直接的な攻撃手段じゃない。
選んだ事に後悔はしてないけれど、中々に悩み所ではある。
「むむむ、なんのお話?」
「えと、自分達よりうんと強い相手にはどうやったらいいんだろうね、ってお話」
手を繋ぎながら一緒に歩くレーラちゃんへの問いに、私は苦笑した。
それを埋める為の地道な努力――だけど今まさにそれを凌駕する相手には、積み重ねが届かない時がある。
ないものねだりなのは分かっているけれど――。
「しおんおねえちゃんたちよりつよいの?」
「うん、悔しいけど、まだちょっと勝てないかな」
寺虎くん達相手だけなら勝てる算段はついた。
でも昨日と同じように魔物やドラゴンとの全員同時攻勢を展開されると正直少し厳しい。
「それでも勝たなくちゃいけないの?」
「そうだね、できれば仲良くしたいんだけど――できれば勝ちたいかな」
「ううーん……かてるだれかに手伝ってもらうのはどうかな」
「そ、それは――」
自分達でどうにかできないのなら誰かの力を借りればいい――確かにそうだ。
だけど、寺虎くん達の相手を他の誰か、例えば師匠にしてもらうのは違う気がする。
ただ、折角考え込んでくれた上でのレーラちゃんのアイデアだから無碍にはしたくない。
街を抜けて、師匠の家のある崖向こうへと繋がる橋――今は修理されている――を渡り終えた辺りでどう答えたものかと私が答に詰まっていると。
「それは、良い考えだレーラ」
少し目を見開きつつ
「え? そうなの? でも――」
「君の言いたい事も分かる。
アイツらは自分達で決着を付けたいしするべき、そういう事だろう? そこについては俺も異論はない。
ただ露払いや自身の地力の底上げに、自分達の力で手伝いを入れるくらいはありなんじゃないか?」
「???」
道を進みつつ、
「――――――!!!」
私は背中が凍り付くような感覚を覚える。
同時に、ずっと開くようにしているステータスの表示欄に『グレイテストウルブス』の名が表示されて、前方が赤く――私の『贈り物』たる【ステータス】の攻撃範囲視覚化の効果である――染まった。
「
言いながら私もレーラちゃんを抱えて大きく後ろに飛び下がった。
その直後、何処からか巨大な灰色の狼が舞い降りて着地、私達の前に立ちはだかった。
「なんだコイツは――!」
「分からない――分からないけど……私達と戦う気だけは間違いないみたい」
感じる。
この狼から放たれている濃密な意志の指向性。
これは、殺気だ。
昨日赤竜さん――ドラゴンゾンビから放たれたものと同質、いや、殺気の質で言えば更に強く明確な気配を、私は感じ取っていた。
そしてそのステータスは――レベル99でどの能力値も私達を上回っている。
何故、どうして現れたのかなんて私には分かるべくもない。
ただ、今の私達では勝てない……それだけは間違いないだろう。
さらに言えば、今の私には魔力こそあれど、防具も武器もないのだ。
下手をすればまた殺されるかもしれない。いや、殺される可能性の方が高い。
また、噛み砕かれて。バラバラになって。あの、恐ろしい感覚を味合う事になる――
怖い。怖い怖い。たまらなく怖い。怖ろしく怖い。
手足が震えそうになる。崩れ落ちそうになる。
だけど――。
「毎日色々な事が起きるなぁ――レーラちゃん、私にちゃんと捕まっててね。
いざとなったらスカード師匠やラルやファージ様に
「ああ。それでいい。しかし――戦えるのか、紫苑」
約束したとおりに
お陰で――すごく力が湧いてきた。
私は昨日、これまでにはなかった数多くの恐怖に晒された。
忘れがたい怖さにただただ震えた。恐れに屈服しそうにすらなった。
だから、もしかしたらもう2度と戦えなくなったんじゃないかと心の何処かで不安に思っていた。
だけど――そんなことはなかった。
私は、怖いけれど、戦える。
怖さはある。きっと克服は出来ないと思う。
だけど、それに負けて何も出来ずにいたら、それこそ恐怖を重ねていくだけだ。
昨日振り絞った心で私は知っている。行動する事で変えられるものもある、と。
行動しても覆せないものもあるのは事実――だけど、その真贋は動かなければ分からない。
それに――昨日は皆にたくさん心配させてしまった。
いくら蘇生が出来るとしても、私なんかの事であんなにも何度も何度も心配してもらうのは心苦しい。
そして今ここにはレーラちゃんだっている。
エグザ様の転生だからとか、そんな事は二の次だ。
この優しい良い子に怖い目や痛い目には絶対に遭ってほしくない。
だから私はそうならないように、そうさせないように全力で挑むだけだ。
でも、私はバカだからきっと色々見誤る時もある。むしろすごく多いと思う。
だから。
「うん。戦えるよ。
でも無茶はし過ぎないから。
その判断を
最善の判断が出来る
「……任せろ、相棒」
「ありがとう。よろしくね」
御礼と共に、私は
それを感じ取ってか狼は身を低くして、今にも飛び掛かれる体勢へと移行していった。
もういつ襲い掛かられてもおかしくないと、私が練り上げた魔力を解き放とうとした、まさにその瞬間だった。
「よし、そこまで!!」
そんな声がどこからともなく聞こえた――って、目の前の狼から……?
直後狼は戦闘態勢を解いた。
というかあからさまにお座りの姿勢になってるんですが。
「じゃあ出してくれ」
聞き覚えのある声による指示に従ってか、狼は頭を振った後、口を開いた。
次の瞬間、何かがペッと吐き出された。
その何かは私達の眼前で綺麗に着地し、それからゆっくりと立ち上がる。
「わぁー! すごーい!!」
「えっと――」
「何やってるんだ、師匠」
レーラちゃんは眼を輝かせ、私は困惑し、若干呆れ顔の
「ま、ちょっとした試験だな」
――全身を狼の涎塗れにしながらのその言葉は、基本カッコいい師匠でも正直ちょっと締まらなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます