⑭ 伸るか反るか――別に乗らなくても構わないよね?


「じゃあ、折角だしその必要を作ろうか」


 そう告げたのは、領主の息子さんであるコーソム・クロス・レイラルドさんだった。


「――どういう意味ですか?」


 意味を正確には測りかねて、私・八重垣やえがき紫苑しおんは尋ねた。

 するとコーソムさんはやれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せた。


「いや、実を言うと、僕のせいで深い絆で結ばれた友人達が仲違いをしているのは心苦しくてね」

「嘘を言うな」

「ああ、嘘だな。笑ってやがるぜ」

「間違いなく嘘だな」

「顔がそう言ってませんね」


 コーソムさんの言葉に、堅砂一かたすなはじめくんのみならず、コーソムさん側であるはずの寺虎狩晴てらこかりはるくん、正代ただしろしずかさん、阿久夜あくやみおさんまでがツッコミを入れた。

 私もすればよかったかな、とちょっと後悔&残念。

 そんな皆のリアクションに顔を引きつらせつつ、コーソムさんは言葉を続けた。


「混ぜっ返さないでくれよ、君達――と、ともかく、心苦しくてね。

 再び君達が志と居場所を同じにするべく、決着をつける為に勝負をするのはどうだろうか?――そう提案したいんだ」


 ニヤリ、と笑いながらコーソムさん。なんというか実に楽しそうである。

 うん、そう思いたくはないけど、本人が語る心苦しいの言葉を信じられない程度には。

 

「決着をつけ、勝者の言葉に従う――そうすれば君達の仲違いは強引だが終結する。

 なに、細かい付和は後からでもなんとかなるさ。

 これは必要な戦いじゃないかな?

 特に――」


 コーソムさんはそこで私と堅砂かたすなはじめくんの方へと視線を向けた。

 なんというか、ねっとりとした、あまり良い感覚ではない視線だった。


「残り僅かとなった日々の中で、新しい住居をはじめとして路頭に迷いそうになっている君達にとってはね」

「誰のせいだと思ってるんだか。

 それに、その事とアンタの言う『必要な戦い』になんの関係があるんだ?」


 堅砂くんの当然の質問に対し、彼は我が意を得たりとばかりに頷いた。

 そしてここが舞台であるかのように、朗々と語り出す。


「当然の疑問だ。

 僕の行動にこそ、君達の仲違いのそもそもの発端があるのはちゃんと理解しているよ。

 だからこそ、僕にも解決の協力として一枚噛ませてほしいと思ってね。

 君達が諍いを続けて父が治める領土が乱れるのは本意ではないしね。

 だからこそ、決着としての勝負を提案したという訳だ。

 そして、現状勝負云々言い出したところで、君達居残った側は戦闘に不得手なものばかりだと聴くし、何の得もないのは重々理解している。

 だから、それに見合う報酬を僕は考えているんだ」

「――具体的にはどういう報酬なんだ?」

「君達が彼らとの勝負に勝てたなら、本来の支援形態に戻るよう僕から父に頼む事を約束しよう。

 それが叶わない場合は、僕が全責任を持って君達を庇護する事もね」

「それが信用できる、とでも思ってるのか?」

「その為に、あえて冒険者協会こんな場所で発言してるんだよ、僕は。

 ――つまり、証人はここにいる冒険者の皆様方だ。

 僕が約束を違えれば、彼らはどこでも好きなだけ僕の無様を吹聴できる。

 まぁ約束を破るつもりはないから、そうはならないんだけどね」

「おいおい、勝手に話を進めてんなよ。

 それに俺らが勝った場合の報酬とかないのか、おい」


 寺虎くんが不満げに声を上げると、コーソムさんはニッコリと彼に笑ってみせた。

 ……なんというか、実にわざとらしいというか、ただ笑っただけというか、中身がない笑い方に見えるのは私の気のせいだろうか。


「ああ、すまないね。

 なんせ、君達にすれば勝って当然の勝負だろうから、相談の必要もないだろうと思ってね。

 君達が勝った場合も何か豪華なものを準備すると約束しよう」

「おお、分かってるじゃねえかよ、息子。

 ちゃんと豪華なの考えとけよ?」


 と、寺虎くんは言っている訳なんですが、寺虎くん、自分も勝手に話進めてるのに気付いているのでしょうか。

 彼と親しい永近ながちかくんと様臣さまおみくん以外は何とも言えない視線を送ってるんだけどなぁ。


 それを知ってか知らずか、コーソムさんは何事もなかったかのように私達の方に向き直る。


「とまぁ、そういうわけだ。

 約束は反故にしようがない状況なのはさっきも言った通り。

 勝った時の報酬は、君達にとって圧倒的にお得なものだ。

 現状君達が不利なのは否めないが――君は、僕達よりも遥かに格上なんだろう?

 まぁ、不安なら準備期間をギリギリまで設けてもいい。

 あるいは勝負内容でそういう部分を平等になるよう調整してもいいんじゃないかな?」

「……どんな勝負内容だとしても、だ。仮に、俺達が負けたらどうなるんだ?」

「僕からは特に何もないね。何かを強いるつもりはないと断言しよう。

 どちらが勝つにせよ、勝者の言う事に従う事で、君達が一丸になればいい――僕はそう思ってるだけだからね。

 で、どうする?」

 

 すごくウキウキな様子で笑顔を浮かべながらのコーソムさんの言葉に対し、私達は顔を見合わせて――。









「で、断ったわけだ」


 パンを一齧り、呑み込んでから彼・守尋巧もりひろたくみくんは言った。


 あれから数時間後、私達は私達異世界人用の寮、その食堂に集まって、夕食を取りながら今日の出来事を報告し合っていた。

 メインとなったのはやはりというか、コーソムさん、そして寺虎くん達の事だった。


「まぁ、当然だなぁ。

 そりゃあ勝てば諸々ありがたい状況になるが、負けたらただただ面倒だし。

 俺の場合、そもそもアイツの言う事に従うのも嫌なんだけどな。なぁ?」

「ねぇ?」


 守尋くんが呼び掛けたのは、自分の、そして私の隣の席に座ってスープと格闘中のレーラちゃん。

 ちなみに、レーラちゃんは話が終わるまでレートヴァ教が運行している神殿への定期馬車、その付き添いをしている神官さん達に見てもらっていた。

 その後無事に再会して『シオンおねえちゃんやっぱりつよいんだねー!!』とキラキラと憧れの視線を向けられて、大いに元気をいただきました。

 ――うん、結構ギリギリだったのは、改めて心配かけちゃうのは心苦しいので内緒でございます。 


「勿論それもある」

「あるんだ」

「実際八重垣もそうだったから即断できたんだろ?」

「それは、まぁ」


 なんというか、あまり理解も出来ていないのに人となりを決めつけるのは好きじゃないんだけど、それを差し引いてもコーソムさんには現状あまり好感を抱けなかった。 

 若干演技めいた所があるのが少し気に掛かってはいるが、それも含めても、だ。

   

「でも、寺虎達に勝てたら、これから先の苦労なくなるかもだったんでしょ?

 勿体なかったんじゃ?」

「そうねぇ。

 確かにあの面子は強いかもだけど、巧だって相当だし、八重垣さんだって今日大活躍したんでしょ?

 勝ちの目があるんなら乗っておくのもありだったんじゃないかって気もするけど。

 ……まぁ、あのクソ息子に乗っかるのが嫌なのは分かるけど、それはそれとして」

 

 私達の経理を担当している網家あみいえ真満ますみさん、守尋くんの幼馴染の伊馬いま廣音ひろねさんが料理を切り分けなながら口々に言った。

 確かに、勝てさえすれば今後の不安は実質無くなるのだが……。


「確かに、勝てば何の問題もないだろう。

 俺としても負ける気は全くしないが――負けた時の事を考えると、勝負に乗るのは馬鹿馬鹿しい」


 おそらく堅砂くんはを踏まえて、メリットがないと判断したのだろう。 

 私も、そもそも勝負に気が進まないという事を差し引いて考えたが――正直勝つのは厳しいと思う。

 寺虎くんたちの持っている『贈り物』はどれも強力で、その場の勢いで受けるには分が悪い勝負だったはずだ。


「それにあれは、もう一段考えられた提案だったからな。

 根本的に乗らないのが正解だったんだよ」

「もう一段?」


 そっちは思い至らなかったので尋ねるように呟くと、堅砂くんはあっさりと――いつもなら溜息を吐かれていた気がする――答えてくれた。


「あれはな、結果はどうあれ、俺達を争わせる事そのものが目的だったんだよ。

 一度そうやって争いで決着を付ければ多少なりともしこりが残る。

 従わせられた方は不満だって募っていくだろう。

 そうして後々まで残る不和を作り出すのが、あの息子の真の狙いだったわけだ」

「な、なるほど――ごめんなさい、私そこまでは考えられなかったよ」

「別にいい。そういう所を補うのがここでの俺の役割だからな」

「――えっと、その、よろしくお願いします」

「ああ」

「――堅砂、なんか紫苑に甘くない?」

「ううーむ、そんな感じに見えなくも……」

「ともあれ、そういう理由で乗らなかった。問題はあるか?」

「いいんじゃないか?

 八重垣達が訊いてきてくれたお陰で『街の外』での生活に希望が見えてきたんだし」


 総括しつつ問い掛ける堅砂くんに、守尋くんはじめ、皆が肯定意見を返していく。

 皆も現状無理に勝負する危険性に見合った『得』ではないと考えているようだった。

 ――あと、寺虎くんたちに負けた場合に、何をされるやらという不安も込みで。


「こちらも一応先々の事を考えて、野宿に必要な道具の経費を確認してきたが、使えそうだな」

 

 そう言ったのは、このクラスの委員長である河久かわひさうしおくん。

 拠点組の面々には、これから私達が最終的に自活する為の道具や手段を調べてもらっていたのだ。

 

 こちらの世界には、私達の世界で流通しているキャンプ用品などの便利な道具はないが、その代わり、それを埋める魔法や魔術……『贈り物』もある。

 それらを組み合わせての生活も不可能ではない――そんな光明も少しずつ見えていた。

 そこに明確に住んでいい土地も加われば、家らしい家がなくても暫くはどうにかできるかもしれない。


 そう思っていたのだが――立てていた不穏なフラグの回収はどうやらまだ続いていたようで。







「――残念だが。

 何処であろうとも、今の君達に我が領内の土地を欠片ほども委ねる事は出来ない」


 他ならぬ、この辺り一帯を治める領主……コーソムさんのお父様である、ファージ・ローシュ・レイラルド様が、そう断言し。


 私達の異世界生活はまだまだ暗雲が立ち込めている事を思い知らされるのであった……。

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