間隙・領主の息子の思う所2


「くそっ!!」


 コーソム・クロス・レイラルドは、レイラルド家の屋敷の自室で堪えていた感情を吐き出した。

 蹴り飛ばされた椅子は大きな音を立てて幾度と転がっていく、無様に。

 だが、それを見た所で溜飲が下がることはなかった。


 少し前に別れた異世界人達――屋敷の敷地内にある客人用の邸宅に今は居座っている――が、失敗した事をさも面白そうに語り合っていたのもその原因だ。


 失敗した事、すなわち、コーソムが異世界人同士の勝負を提案した事だ。


 我ながら見事な策だったとコーソムは思っていた。

 どっちが勝っても負けても、異世界人同士の不和を生み、後々の布石になる。

 さらに言えば争いの内容次第では、領民からの不満を買う事も出来る、一手で複数の効果が得られる――そう思っていた。


 だが、それを見抜かれていたのか、ただの嫌悪感からか、異世界人二人はあっさりとこちらの提案を蹴った。


 それがあまりにも迷いがなかったもので、コーソムは呆気にとられ、動揺してしまった。

 ――現状こちらの陣営だと思っているつもりの異世界人達に同情されるほどに。


 連中はあれで励ましていたつもりなのか――いや、そんなはずはない。

 あんなにもヘラヘラと笑って……こっちは領主の息子、連中にとっては保護者、雇い主、呼び方はなんであれ、いずれにしても上位の存在だ。


 それをあんなにも礼儀知らずにベタベタと――コーソムとしては領民未満の存在である連中の失礼な態度が不愉快極まりなかった。


 不愉快と言えば、冒険者協会にいた冒険者達もそうで、あの如何にも自分は頭が良いと言わんばかりの異世界人もそうだ。

 何が存在として上だ、上から目線はお前じゃないかと、苛立ちは募る。


 ――そして。


「あの、女……!」


 あの場にいた、もう一人の異世界人。

 何故だろうか。

 直接的にこちらを煽ったもう一人よりもコーソムは彼女の事が気にかかっていた。

 何かひっかかるような、訳の分からない、言い表せない何かを感じていた。


 一見物静かな――長い黒髪もあいまって、ともすれば陰気とも捉えかねないのに、そうはならない――佇まいをしていた女。

 だが、こちらを見据えた時の眼は正直美しく、同時に――その中にはこちらを圧倒する何かがあった。

  

 あの瞬間、コーソムに向けられた感情は、仲間を、あの少女を侮蔑された怒りであったのだろう。

 それに間違いはないはずだ。


 だが、何故だろうか。

 彼女の視線には、なんとなく、それ以外の何かが含まれているような、そんな気がした。


 哀れなものへの憐憫? 愚者への呆れ? それとも――?

 はっきりとは分からない。


 ただ、あの目を見ていると――『それでいいの?』――と問い掛けられているようで……それがコーソムの心をかき乱していた。

 

「ヤエガキシオン、とか言っていたな――」


 哀れみか怒りかは分からないが、あの女もきっと上から目線なだけだ。

 化けの皮を剥がせば、あの女も礼儀知らずの異世界人達と同じ筈だ。


「――いずれ、屈服させてやる」


 あの女を地べたに這い蹲らせて自分に許しを請う様を見てみたい……コーソムの中で、いつしかそんな欲望が膨れ上がっていた。


 それが、正体不明の感情に無理に名前を付けようとしているだけの、代償行為とも知らず。

 コーソムは、紫苑が自分の言いなりになる姿を脳裏に浮かべる事に快楽を覚えていた。


 彼が、その感情の正体に気付く事になるのは――取り返しのつかない結果を迎えた、その後になる事も知らずに。


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