間隙・党団『選ばれし7人』の凋落


「なんだって……!? ど、どういう事だよ、それは!!」


 寺虎狩晴てらこかりはるは思わず叫ぶように声を上げていた。

 その向かう先は、自分達をここ――領主自宅の敷地内にある、客人用の邸宅である――に招いたコーソム・クロス・レイラルドではなく。

 彼の父親、レイラルド領の領主たるファージ・ローシュ・レイラルドであった。


「言葉のとおりだ。

 コーソムからの君達への依頼、並びに援助は無効となる」


 ファージは、あまり感情が伺えない表情のまま淡々と告げた。

 ――ただ、見るべき者が見ればわかっただろう。彼の表情が薄く陰っていた事に。


 それが分かるはずもない、狩晴をはじめとする異世界人達7人――一部除く――は、自分達の困惑と疑念で精一杯だった。


「――不躾ですが、一体どういうことなのかご説明いただけますか?

 事情がおありなのは分かりますが、流石にそれだけではわたくし達も承服しかねます」


 そう冷静に――だが不機嫌さを完全に隠しきれてはいない――言ったのは、この7人の実質的なリーダー、阿久夜あくやみおだった。

 一見狩晴が取り仕切っているように見えるこの集団だが、気分優先の彼では決定力はあっても判断力には欠けている。

 そこに状況判断を踏まえて、上手く方向付けてかじ取りをしているのが澪であった。

  

 ――ではあるが、それは実際の所かなりギリギリのバランスで成り立っていた。

 狩晴を上手く操るにはいい気分にさせるのが一番いいのだが、自分自慢が大好きな澪にとってそれはあまり気の進まない事で、まして自分以上に彼を褒めあげる事などできるはずもない。

 自己中心的という意味では、狩晴と澪はよく似ている――それゆえのギリギリだった。


 狩晴の行動を基本肯定する永近ながちかしょう様臣さまおみすばる、全体的に緩やかな言動の麻邑あさむら実羽みうの存在が、辛うじて2人の緩衝材になって、どうにかこうにか収まっているにすぎないのだ。


「そうだぞ、大人なんだからちゃんと説明しろよ、説明」


 自分達がそんな危うい関係性だと気付く様子もなく、グイッと無遠慮に一歩進みながら偉そうに言い放つ狩晴に澪が不愉快そうに眉を顰める。


 そんな彼らの様子を静かに眺めながら、ファージは告げた。

 

「そうだな。失礼した。

 身内の恥を晒す事に僅かな躊躇いを覚えてしまった事も含めてな。

 君達の主であり、我が息子コーソム・クロス・レイラルドが数時間前、レートヴァ教の神殿で君達の同胞、八重垣紫苑を襲った」

『っ!!?』


 淡々とした言葉で告げられた衝撃の事実に、彼らほぼ全員――約一名を除き――それぞれの驚きの顔を形作った。


「や、八重垣は無事蘇生できていたのですか?! いや、それだけじゃなく……! 無事だったんでしょうか?!」

「紫苑ちゃんがそんな事に――!? アイツ……!」

「そ、それでどうなったんだよ?」

「お、お話しいただけますか、領主様」


 紫苑が眼前でドラゴンに食われていく様を目の当たりにしていたためか、あるいは対立しているとはいえやはり級友クラスメートだからか、普段はスケバン染みた荒っぽい言動の正代ただしろしずかが普段とは異なる丁寧な言葉で尋ね、いつもは軽い印象のつばさ望一ぼういちが怒りを零し、基本的に自己中心的で紫苑に対してはあまりいい関係性と言えない狩晴と澪でさえ、この時は動揺していた。


 そんな彼らとは対照的に表面上は冷静なまま、ファージは答えた。


「彼女自身が愚息に強い言葉で呼びかけ、その最中に神殿にラルエルと堅砂一が到着して、事なきを得たとの事だ。

 現在コーソムは私の指示で罪人達同様に牢屋に閉じ込めている。

 ――縁を切ろうと思ったのだが……いや、これは余分な情報だな。

 ともあれ、そういう事になっていて、息子は最早君達を雇うような状況ではない。

 それゆえに、依頼も援助も無効になる、という事だ。

 そして、私も君達を雇うつもりは毛頭ない」

「じゃ、じゃあ、俺らはどうすればいいってんだ……!?」


 困惑をありありと露にしながらの狩晴に対し、ファージは先程よりも冷めた視線を向けた。

 そこにある冷たさ――そこから伝わってくる威厳に狩晴達は、知らず息を呑んでいた。


「――ここに来た時のように、自分達で考えればいいだろう。

 私は、私の領民達、領地に害が及ばない限りは、君達の行動に干渉するつもりはない。

 ただ、そうだな。

 息子が迷惑をかけたお詫びに、レートヴァ教の君達の保護期間が終わるまでは、これまでのようにここで生活してくれていい。

 家のものにもそう伝えておこう。

 ……だが、その期間が終わってもここに居座ろうとした時は、然るべき手段を取らせてもらうからそのつもりで。

 では、失礼する」


 そう告げると用は済んだとばかりにファージは悠然と歩き去っていった。

 ファージから放たれている威圧感に狩晴達は何も言えず、姿が見えなくなっても彼らは暫しの間動く事が出来なかった。



 




 こうして、党団『選ばれし7人ベストセブン』は本人達にとって予想外の危機に陥る事となった。


 彼らも彼らが斬り捨てたと思っていたクラスメート達と同じ立場になったという事に他ならず――詰まる所、彼らもまた、残る十日程の期間で住処や生活の目途を立てなければならなくなったのである。


 自分達の力をもってすればすぐに解決できる――彼らの大半は、当初の内はそうして高を括っていた。

 コーソムの斡旋で受けた依頼でそれなりの報酬を得ていた事もあり、資金も十二分だと思っていた。


 だが、ここレイラルド領一帯を管理している領土管理者からは、想像以上の高い土地代を吹っ掛けられた。

 最初は力で脅そうとした狩晴達だったが、それをすれば領主を完全に敵に回すと脅し返されて、何も出来なかった。

 ――現状住んでいるレイラルド家の別宅から追い出される訳にはいかなかったからだ。


 なので渋々土地代を払おうとしたのだが、先に周辺住民に話を通してからがいいとされ、狩晴達は購入予定の土地の近所に住む人々に了解を得に向かった。

 だが、彼らが領主の息子とつるんで騒いでいた様子は派手で、多くの人に目撃されており、そんな連中に住んで欲しくないと住人達からは完全に拒否されてしまった。

 どうしてもというなら誠意を見せるべきだと、ここでも高い金を要求される始末だった。 


 にっちもさっちもいかなくなった彼らは、ならば誰をも黙らせるほどの金を稼ぐ他ないと判断、冒険者協会へと赴いたのだが。


「貴方達に引き受けていただく依頼はございません。お引き取りを」


 以前は嬉々として条件に見合う依頼を紹介していた受付嬢に、営業的である事がまるわかりの笑顔で拒否されてしまった。


「ど、どうしてだよ! 俺達はレッサーなんたら位簡単に倒せる、強い冒険者なんだぞ――?!」

「その依頼は、コーソム様が斡旋したからこそ可能であったもの。

 冒険者になりたての、ランクが低い貴方方には本来ご依頼できない内容なのです。

 しかも、横入りだなんて――できるはずもないのです。

 ましてや、前回の同様の依頼で、貴方方は依頼主たる村の近くであったにもかかわらず周囲の被害も考えずに戦闘行為を行っておりました。

 その件の苦情はコーソム様の手回しで解決しましたが、同様の苦情を受けると通常の業務に差し障ってしまいます。

 なので、貴方方に依頼を回す事そのものを控えるよう、上層部からの指示が出ております。

 不本意ではありますが、何卒ご理解のほどを」

「なっ……!? て、てめぇっ―――」


 営業的笑顔を微塵も崩さず、ずっと続けたままであった受付嬢からの絶対的な拒絶に狩晴が激昂しかけるも、これ以上立場を悪くするのはマズいと澪以外の全員に制止され、彼は強引に外へと引きずり出されていった。


「ああ、そうそう、普通の魔物退治であれば許可は出ておりますので、是非どうぞ。

 貴方方が良く知るあの方々のように真面目に行えば、状況改善できるかもしれませんよ?」


 そうして出ていく狩晴達に向けられたその最後の言葉だけは、どこか冷めてはいたもののかろうじて彼女の感情が乗っていたような――彼らにはそんな気がした。 





「くそっ!! なんだってんだ!」


 冒険者協会から少し離れた路地裏で、狩晴が壁を蹴りつけた。

 それだけで壁には大きく皹が入り、それを目の当たりにした周囲の人々はそそくさと去っていく。


 ――それは少し前の、元々の世界にいた頃には出来ない芸当。

 だが、それが出来た所で現状は何も変わらない。


「それもこれも寺虎くんが党団結成の景気づけにと大暴れしたせいですね」

「ああ? せっかくだから新しく身に付けた力を見せてあげるって魔物を暴れさせまくったテメェには言われたくねぇぞ、阿久夜あくや

「……ハァ」

「なんだ、そのあからさまな溜息……喧嘩売ってるのかよ、おい」

「売ってませんが、買いたいと望まれるのであれば改めて売って差し上げますけど?」

「やめやがれ、お前ら! 今そんな事やってる場合じゃねーだろうが!」


 あわや一触即発の空気になりかけた2人を正代静が一喝する。

 その言葉正論と彼女の剣幕に圧されてか、狩晴と澪は舌打ちしながら互いから目を逸らし、事なきを得た。

 そうして場が収まったのを確認して、改めてトーンを落として静が口を開いた。


「あたしらに出来る仕事は暫く普通の魔物退治だけ。

 だけどそれで得られる報酬はレッサーデーモン倒すより多分ずっと低い。

 だからそれを地道に重ねても街の中に家を持てるほどにはならねぇ――

 あたしらは今守尋達よりずっとヤバい状況にいるんだぞ」


 実際静の言葉どおりであった。

 同じ状況でこそあるが。彼らは自分達よりも人数が多いので資金は稼ぎやすく、同時並行でその他の準備も進められるのだ。

 そして――。


「それに、あれを見ろよ」


 言いながら指さした方向には、クラスメートである八重垣紫苑と堅砂一、レーラがいた。 

 彼らは自分達と入れ替わりになる形で冒険者協会に入っていった。

 その際、周囲の人間と笑顔で丁寧な挨拶や世間話を交わしているようだった。

 おそらく、ここに来るたびに地道にそれを重ねていたのだろう。

 彼らは明らかにあそこに馴染んでいた。

 

 先程まで敵意や冷めた視線を向けられていた自分達とは真逆である。


 それも当然だと正代静は認識している。

 相応しくない依頼の雑な遂行に、横入りの依頼引き受け、紫苑達と冒険者協会あそこで交わした会話――自分達に好かれる要素など何一つとてない。


 それでもコーソムの援助が、バックアップがあればこそ、どうにか諸々が回っていたのだ。

 その彼がいなくなった以上、こうなるのが当然の帰結である。


「あたしらは八重垣や守尋とは違って信頼なんか欠片もないんだぞ。

 もしかしたら魔物退治の依頼を達成しても、それすら信じてもらえないかもしれねぇんだ。

 少しは危機感を持てよ」

「はん、このわたくしに対して良く言えたものですね、静。

 貴女の事を――」

阿久夜あくっち、やめなよ。

 ここで内部分解したら、うちらどうしようもなくなるよ、マジで」

「いや、というか、もうどうしようもなくない?」


 澪への麻邑あさむら実羽みうの言葉に対し、神妙な顔でそう呟いたのは翼望一だった。

 彼は普段の明るく軽い様子をひとまず横に置いて、そこそこ真面目な声音で言った。


「これはもう、頭下げて皆の所に戻った方がいいと思いまーす」

「そ、それがいいんじゃ――」

『『はぁ?!』』


 望一の言葉に、永近ながちかしょうが頷きかけた瞬間、狩晴と澪の声が図らずも重なった。


「それだけは嫌だ。ああ、絶対にだ」

「他はともかく、その意見だけは同意します。

 何故自分達よりも下の連中に頭を下げなくてはならないんです?

 前回わたくしたちはあの連中に勝ったんですよ!?」

「というか、悪いのは俺らじゃなくてあの息子だろうがよ!」

「そ、そうだね、うん。狩晴かっちゃん達の言うとおりだと思うよ?」

「いや、悪いのは相談もなしに出て行ったこっちでしょ――俺もこっちの方がうまい汁吸えるとか思ってきちゃったから同罪だけどさ」


 手のひらを翻して狩晴の意見に同意する将に呆れ顔を向けつつ望一は言った。

 

「ここは素直に謝って、皆の計画に乗らせてもらった方が――」

「……! それだ、翼!!」

「『それだ』って何の事だよ、寺虎」

「あいつらが領主から受けたって依頼、まだ生きてるんだろ? んでまだ達成できてないんだよな――?」

「そうなんじゃないんですか?

 わたくしの支配下にあるドラゴンの内部に、皆のお目当てのアイテムがあるみたいですし」

「なら、まだ主導権はこっちにあるってなもんだぜ」

「――どういうことだ? 狩晴」


 これまで沈黙を守っていた様臣さまおみすばるが問い掛ける。

 すると狩晴は少し前の激昂を忘れたかのごとく上機嫌そうに笑みを浮かべた。

 

「まだもしアイツらへの依頼が生きてるってんなら――アイツらにはぜひとも達成してもらおう、って事だよ。

 俺達がそれを全部丸ごといただく為にな」


 寺虎狩晴てらこかりはるは気付いていなかった。

 今の自身が浮かべている表情の歪さ、そして、その提案をした事が、彼らのこれから先を決定付ける事になるなど――知る由もなかった。


 そう。

 これは彼らが明確に堕ちていく、第一歩であった――。

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