㉕ 初めての死、そして――
「――!!?」
背後に迫るドラゴンにどう対処すべきかと私・
何故だろうか。
だが、そうだとしても、もしも私達を襲うつもりなら――このまま倒されるわけにはいかない。
「
同様に判断したのだろう
多分寺虎くん達の追撃を断ち切る為に準備していたのだろう。
だけど、ドラゴンは口を開き――あっさりそれを吸収してしまった。
「やはり炎は駄目か――! まずいな、このままだと追い付かれる」
「――私が一か八か、やってみるよ」
呟いた直後、堅砂くんの【
問答をする際の時間ロスが最小に収まるので、即座にそちらに切り替えたんだろう。
『何をする気だ、八重垣』
『私の魔力の武器はおそらくまだドラゴンに通じない。
でも、外部ではなく彼の内部からなら攻撃が通る可能性があると思うから』
『まさか口の中に飛び込むとか言うんじゃないだろうな』
『――正直、ちょっと前ならそうしてたと思うよ』
それが堅砂くんを助けるのに一番手っ取り早い手段だった。
というか、今もそうした方がいいんじゃないかとは思っている。
だけど――。
『でも、今は堅砂くんがいるから。
もう一度炎の魔術をお願いしていいかな。
その瞬間に、今できる最大の威力と速度で魔力の槍を撃ち込んでみるから』
そっちの方がきっと良いと、私は信じたかった。
『―――――。
了解した。アイツが大きく口を開くどころか、ダメージを与える魔術を叩き込もう』
『うん、お願い』
私がそう頷くと同時に堅砂くんは、魔術言語を複雑に絡み合わせて呟いていく。
一言だけでも意味を持つをそれを連ね重ねて更なる威力を為す……それが魔術の神髄。
「
そうして、堅砂くんは練り込まれた魔術を掲げた杖を振り下ろしながら解き放つ。
杖の先端より少し先の空間から溢れ出した炎は収束し、炎というよりはレーザーの形でドラゴンへと撃ち出された。
人の背丈ほどの幅の閃光が、躊躇いなくドラゴンの顔へと叩き込まれる――!!
ドラゴンはそれを先程のように『食べよう』と口を開き――否。
それは食べる為ではなかった。
口を開いたのは解き放つ為……ドラゴンは自身の内から黒い炎の
その黒い炎が堅砂くんの魔術を受け止め――そこから尚漏れた、炎へと威力を落とした状態の魔術をドラゴンは吸収した。
『どうやら、多少は脅威に思ってくれる位の威力だったらしいな――』
実際、そうだったのだろう。
そのままでは吸収しきれないと踏んでの行動――死んでいるとは思えない判断力だった。
だけど――本命は!
「
間髪入れずに口の中に光の槍を叩き込もうとした瞬間、既にドラゴンの顔が顎を開いて私達の眼前にあった。
一瞬のスキを与えた結果、追い付かれてしまっていた。
――――思考は一瞬で十分だった。最初から考えていた事だから、何の迷いもない。
ただ一言。
聞こえているか分からないけれど。
「堅砂くん――ごめんね」
できれば最後まで一緒に戦いたかった。
こんな私なのにそう望んでくれていた事も知っている。
だけど、こうなったら2人よりは1人。
あれだけ言った上にこれだから、きっと嫌われるだろう。
それでも――それでも。2人よりは1人だ。
私は私達が載っていた魔力塊を地上へと降りるように変形・スライド――
私自身は跳躍して既に作っていた光の槍を握って……それごとドラゴンの口の中へと飛び込んでいく。
堅砂くんと一緒に乗ったまま逃げるのは、きっと難しかった。
だけど、私が突撃した分の数秒程度稼げれば――堅砂くんが逃げ延びる可能性を僅かに上げる事くらいはできる――!!
「ハァァァァァッ!!」
私もろとも魔力で射出した一撃は――確かにドラゴンの内部を抉って破壊した。
だけど、それだけだった。
ドラゴンの巨体からすれば針の一刺し――よりは痛いだろうけど、大差はなかった。
そして、外側の外皮を貫けず、槍は突き刺さったまま――私達なら魚の骨のようなものだろうか。
でも、私はまだ生きている。生きているのなら魔力を全開にして、ほんの少しでもダメージを――――。
「あ」
そう思った瞬間……ドラゴンの口が閉じて、開いた。
全てが、真っ赤に染まる。
そして、それが何度も何度も繰り返されて。
私は全てを砕かれて、呑み込まれていった。
ふと、思い出す。
口が閉じる瞬間――
「紫苑――――っ!!!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえたけれど聞き間違えじゃなかったかな?
苗字じゃなくて、名前呼びだったような。
そんな事が、私・八重垣紫苑の最後の意識だっ――――――――――――――――
落ちていく。落ちていく。
高い所から突き落とされたような感覚。
空を切って落ちていく。
だけど、私を殴り薙いでいくものは空気、風ではない。
膨大な情報の流れが、私をなぞっていく。確かめるように。測るように。あるいは祈るように。
いつか感じた、まだ慣れていない感覚に、ハッキリとした事は何も言えない。
ただ分かるのは、私はどこかに落ちていくのだという事だけ。
暗い。
目を開けているはずなのに、真っ暗だ。
体は動かせるが、落下していく中では何もできない。ままならない。
私は、死んでしまったのだ。
ああ、そうだ。死んでしまった。ドラゴンに食べられて――
そう認識した瞬間……何かの気配が、左手に―――――左手、なくなって。
今度は脇腹――――抉り取られて。
次々に。少しずつ少しずつ。
私の存在が、食べられていく。
絶叫する。言葉にすらならない痛みなのに、いやだからこそ絶叫せずにはいられなかった。
その声はもう上がらない。
既にその為の部分も食べられている。
そこにはあるのは、生まれているのは単純な激痛じゃない。
浸食されている。犯されている。塗り替えられていく。滅ぼされていく。作り直されていく。裏返されている。
私という存在の全てを値踏みするかのように、私の全てが露にされながら、抉られていく。
見ないで。見ないで。嫌だ。いやだよ、怖い。怖いよ。
誰か――――いや、いない―――――――ここには、わたししかいない。いないんだ。
恐怖と暗い痛みと明るい痛みとみじん切りにされていく意識と細切れにされていく精神の塊しか、ここにはない。
誰もいない誰もいない。
そうだ。誰もいないんだ。
だから、だったら、もう、どうなっても――
『―――――――――――――――――――――――――――――――ぁ』
何かが、浮かんだ。何かだ。
そうだ……いいわけがない。どうなってもいいわけがない。
ここにはいない、けど、だれかが、誰かがいる。
どうなってもいいわけがない誰かが、私にはいる。存在している。
そこに戻らなくちゃいけないんだ。
私の全てが裁断されて冷たくなっていく中、それでも私の中にある何かが熱を帯びている。
まだそこでの全てが中途半端だ。全力を尽くし終えていない。歩み切れていない。
まだ出来る事があるのに、それを為し終えていない。
バラバラにされていく痛みよりも、露にされていく恥ずかしさよりも、塗り替えられていく喜びよりも。
私の中の一番奥の熱が、強く強く叫んでいる。見苦しくて、無様で情けなくても叫んでいる。
『わたしは、私は、まだ――――――精一杯、生きてないよっ……!!』
痛みと苦しさに窒息しそうになる。全てが呑み込まれそうになる。
何も見えない。何も聞こえない。
そんな中、それでも
だけど届かない。届かない。
だけど、それでも。それでも。
『―――――――だから!!!』
地道に、愚直に、私の中にある全てを束ねて、より集めて、燃料にして―――どこまでも手を伸ばす。
何かを掴む、その時まで。
そうして、振り絞る様に手を伸ばした先に――――何かが、指先に触れた気がして、私は全力で手繰り寄せ、掴んだ。
瞬間――全てがクリアになった。
落下が反転した瞬間、私・八重垣紫苑は自分が掴んでいるものを知った。
それは光のロープ。
私の胸を貫き、私の魂から解けまいと全力で絡みついている。
直感的に理解した。
この、魂に絡み付いているものこそ、レートヴァ教との契約の形。
魂を世界に結び付けている、文字どおりの命綱だ。
そしてその先、上空には――光、すなわち、あの世界へ帰還する為の出口が見えていた。
理論めいたものはない。でも、ここにある
ふと、なんとなく思って真下を眺める。
遥か先には同じような光の出口があって――――ああそうか、と気づく。
あれこそ、私達のいた世界への出入り口なのだ、と。
ここで全てを諦めて、このロープから手を離せば、私はおそらく元の世界に帰れる。
だけど。
「それは、まだ先の話だよね」
私には、まだ出来ていない事がたくさんある。謝っていない事がある。
だから、それらをすべて終えるまでは帰るわけにはいかない。
「うん、行こう」
だから私は弾みを告げるべく頷いて、意識を上へと持ち上げた。
それに伴い、私の全てが自然と上昇していき……いつしか、私は光の向こうへとその身を飛び込ませていた――
「……っ、ハァッハァッ……!!」
まるで電灯のスイッチを入れたような感覚で、私の視界に、感覚に、光が、世界が灯る。
「皆、は、無事―――だといいけど」
生きている事を確かめるように呟きながら―――全身に走る震えに、私は気付いた。
諤々とブルブルと私はただ只管に震えていた。
一糸纏わぬ姿になっていたのもある。
私は装備の全てを失い、石畳の上に……レートヴァ教の神殿の広間に裸の状態で転がっていたのだ。
だけど、それ以上に……身体を取り戻した事で死んだの時の感覚、そして刹那前の死んでいた状態に味わった恐怖が、改めて実感となって宿っていた。
あれが。あれこそが『死』。死ぬという事。世界から消えるという事。
あれはまさしく恐怖、絶望、いや、そういうものすら越えた、恐るべき何かだ。
スカード師匠から冒険者でも死ぬ事を恐れる事、死を経験して冒険者を辞めていく者の存在は聴いていた。
それほどまでに『死』が恐ろしい事を、何度も聴かされていた。
そして、その上で『死』について十二分に覚悟していたつもりだった。
そうして覚悟して克服しようと思っていた。
だけど、甘かった。甘過ぎた。自分の愚かさを悔いても悔い足りない程に。
あれは、無理だ。
克服なんかできるものじゃあ決してない。
そう考える事が冒涜に思えるほどに、凄まじい恐怖が私の中に渦巻いている。
自分でも滑稽なほどに、震えている。
そんな時にだった――その声が響いたのは。
「なんだ、死んだのは結局一人だけか。アイツら口だけだな。
でも来たのがお前だけだったのは、実に良い。そこは褒めといてやらねばな。
一度死んだ気持ちはどうだ? ヤエガキシオン」
振り返ると、祭壇の上に一人の男性が座っていた。
彼は、コーソム・クロス・レイラルドは、私を見下ろして、私の全身を舐めまわすように眺めて、笑っていた……。
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