㉝ 心身尽くした果て、そして予想外過ぎる邂逅


 夢と現、両方の世界で、私・八重垣やえがき紫苑しおんは生命の危機に陥っていた。

 現実は何かに乗り移られているレーラちゃんに、夢では昼間私を殺したドラゴンゾンビに。 

 

 でも、私はまだ生きる事を諦めるつもりはなかった。

 だからこそ死んでしまう、その前に――くだらないかもしれない、あがきを、私は全力で試してみようと思った。


(貴方を――泣いたままには、させたくない……!)

 

 その意志を持って、私・八重垣やえがき紫苑しおんはすでに意のままに動かなくなりつつあった身体を――魔力を通して強引に動かした。

 

 動かすのは両腕。

 私は限界の意識の中でレーラちゃんを―――思う様にくすぐった。


『?!』


 レーラちゃんを傷つけられる程の、跳ねのけられる程の力は入れられない。入れたくない。泣かせたくない。泣いてほしくない。

 ならばこれしかない、という酸素不足の頭で思考した半ば破れかぶれの決断――だったけれど。


『おのっ、人間――なにを―――っ―――ぅぅぅっ!』


 効果は思いの外あったようで、あるいは全く予想外の行動に困惑しているのか、レーラちゃんも、ドラゴンゾンビも力が緩んでいった。

 ちなみに夢の中では、口の外でどうにか精製できた魔法の腕でドラゴンゾンビの全身をくすぐっております。


 夢の中で魔法が使えるか心配だったんだけど――必死になれば、存外なんでもできるもんだなぁ。

 毎日色々試し続けていて本当に良かったとシミジミ思う。

 

 現実はともかく、夢の中では攻撃すべきじゃないかと頭に浮かびはした――でも、したくなかった。

 レーラちゃんへの影響の有無がどの程度あるのかも分からない事を考慮した上で、という部分もあったけれど、それ以上に攻撃したくなかったのだ。


『ふざけ、おって―――!! こんなふざけたことで―――!』


 それでも簡単に状況は覆せない。

 多少力が緩んでも、私の危機的状況に大きな変化はない。


「がぁ―――ハ、ァッ――――!?」


 改めて力を込められて、夢も現も追い込まれていく。

 身体に巡らせている魔力の循環も、私の意識そのものも、徐々に消えて緩んでいく。


 紛れもない死が、目前まで迫ってくる。


 だけど。


「ごめん、なさい―――それでも、そうふざけているのだとしても―――あなたを、傷つけたくなかったから――」


 それでも、私は傷つけたくなかった。傷つけずに現状を打破する手段しか、取りたくなかった。

 例え、その結果殺されたのだとしても。


『―――!!』

「だから――!」


 もうひと踏ん張り、と消えかける全てを、懸命に束ねかけたその瞬間だった。


『―――――――理解した』


 荘厳な声が、私の存在の感覚全てに響き渡った。

 直感的に夢の中で振り返ると――それまでずっと状況を見守っていたドラゴンがゆっくりと動いていた。

 彼は優雅に顔を持ち上げ、空を見上げたかと思うと次の瞬間、その頭を振り下ろすと同時に金色の炎を口から解き放った。


「――――――綺麗」


 驚きや恐怖よりなにより、私の中に湧き上がったのはそのキラキラとした炎の煌めきだった。

 それに呑み込まれてもそれは変わらなかった。


「あ―――」


 私を噛み殺そうとしていたドラゴンゾンビが、光となって消滅していく。

 だけど、その瞬間の彼は――彼の顔には歪みは、苦しみの感情はなくなっていた。

 現実世界のレーラちゃんの表情からも、らしくないものは消え果てていき――


『私は……まだ』


 最後にそう呟いて、レーラちゃんは力を失い、私の身体へと前のめりに倒れた。

 私はどうにか最後の力を振り絞って、それを優しく受け止める。

 同時にステータスを確認、レーラちゃんが無事である事を確認する。


 ――ステータスはずっと確認していたのだが、彼女には混乱や毒といった異常を知らせる文字や数字は表れていなかった。

 ただ、彼女のステータスを示す文字の全てが金色に輝く状態になっていた……現在は通常の白色へと戻っている。

 一体どういうことなのかは分からないが、とにもかくにも今現在のレーラちゃんが大事ないことに安堵する。

 

 そうしてホッとした瞬間、プツン、と何かが切れるような音がした。


 瞬間現実の方の意識が途切れて、私の意識は夢の方だけが残った。


「あ、れ?」


 金色の炎に呑み込まれたはずなのだが、私には痛みも熱さも何もなかった。

 むしろ心が、身体が、魂が軽くなったようで――まるで空に飛んでいるかのよう……いや、実際そうなっていた。

 なにせ、私を噛み殺そうとしていたドラゴンゾンビがいなくなっていたので空中に放り出されたような状態になっていたのだ。


「ひゃぁぁっ―――! って、え?」


 そのまま落下するかと思いきや、私の身体はゆっくりゆっくりと降下していった。

 丁寧に運ばれて、丁寧に体勢を整えさせてもらって――やがて地面に降り立った。

 うう、思わず悲鳴を上げたのがちょっと恥ずかしい。


 ともあれ、そうして私はそこに立つドラゴンと改めて向き直った。


「―――えと、その」


 何か喋らないといけないんでしょうか。

 というかそもそも一連の流れが何だったのか、私にはさっぱり分かっていないのですが。


 そうして私が戸惑っていると、ドラゴンと思しき声が空間に、そして私の中に響いてきた。


『謝罪する。異世界人、彷徨える旅人が一人――そして、歩み続けるがゆえにいつか神域に辿り着くモノ、八重垣紫苑』

「え?」

『我のせいで汝を死に至らしめようとした事、そんな中でも汝を試そうとした事を。

 だが、それもあって我も決心がついた。

 そろそろ我が魂と肉体を合わせ、本来の形となる時節が、運命が巡ってきたのだろう。

 おそらくは彼女もそう望んでいる――』

「あの、その、すみません。

 さっき起こっていた事も含めて、どういうことなのか、私にはさっぱり分からないんですが――可能な範囲で教えていただけますか?

 不躾で大変申し訳ないのですが、貴方は一体――」


 なんとなく畏れ多さを覚えながらも、このままでは全部わからないままで終わりそうだったのでおずおずと提案させてもらう。

 なんというかすごく神聖かつ荘厳な雰囲気を漂わせていて躊躇われるところもあるのだけど、同時にすごく守ってくれるようなあたたかな雰囲気もあって――ってあれ。


(守る、ドラゴン――?)


 と、そこで私はふと思い出した。

 私達を鍛えてくださっているスカード師匠との話題に上がったある存在の事を。


 この辺り一帯を守護する、世界を見守る魔物を超越した守護神獣の一体。

 現在は五年ほど前から存在を確認できずにいるという――。


「まさか、赤竜王―――?!」

『如何にも。我こそ赤竜王……エグザレドラ・オーヴァラーグだ』


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