⑤はじまっていく異世界生活
異世界で過ごす初めての一日は、気付けばあっという間に過ぎていった。
私達が召喚された神殿は、古くからある、重要な神事に使われる由緒正しい場所だったとの事だ。
それゆえに、その神秘性、神聖さを保つために最寄りの街でさえもそれなりに離れた場所に改めて作られたらしい。
現在の利便性よりも神秘を取る在り方は、私達の世界では少しずつ失われているもので、神殿に一番近い街までの移動の中、緑がかった空や感じた事がない澄んだ空気も相まって、間違いなく私達は異世界に来ているんだと認識させられた。
私はまだ不思議とホームシック的なものを感じる事はなかった。
他の皆もそうでもなかったようで、少なくとも表面的には驚きや動揺はあれど、大きなパニックになるような人はいなかった。
正直、実感が足りないから、なのかもしれない。
私達の誰もが、ここが自分達の世界でない事は分かっている。
冷静に考えればもっと慌てるべき状況だ。
ここに来た時から自分の中にある不思議な高揚感、そして謎の声に与えられた力に興奮して、ふわふわしている……地に足がついていないのだろうか。
ただ、事態が事態なので、深く考えないままにファンタジー世界に興奮している、とは思えないのだが。
流石に完璧に客観視出来ているわけではないと思うので、今はなんとも言えない、という所だろう。
今はただ、パニックや恐怖で眠れなくなる、という事に陥っていない事に安堵と感謝を思い浮かべて、私は……私達はそれぞれの床に就いた。
街で行われた簡単な歓迎式――大仰なものではなく、ちょっとしたホームパーティーのような風情だった――や、案内された暫くの仮宿となる寮での簡単な暮らしの説明も含めて、思いの外疲れていたのかもしれない。
後で聞いた話だが男子も含めて夜中に騒いだりするような事もなく、ただただ私達は深く眠りに落ちていった。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
私・
昨日見たままにすごく綺麗で、正直それだけでもありがたさを覚えてしまうほどだ。
怒涛の一日からの一夜が明けて、目を覚ました私達は再び神殿に足を運び――今に至る。
――やはり異世界召喚は夢ではなかったらしく、私達は異世界に生きている事を、もう一度実感する。
うん、まぁわかっていたよね。
昨日振舞われ、飲み食いしたものの美味しさその他しっかり心身に残っているし。
というか、最初こそ警戒していたのに、最終的にはついついお腹いっぱい食べてしまっていて、我ながら少し恥ずかしい。
まぁ、皆そうだったからね、うん、と都合の良い所だけの現実逃避はさておき。
「はい、お陰様でよく眠れました。
様々なご配慮、誠にありがとうございました」
と深々と一礼する――が、この作法ってこの世界的には正しいのだろうか。
そんな私の訝しげな様子を悟ったのか、ラルエル様は微笑みつつ言った。
「ああ、基本的な礼儀作法は、貴方達の世界と私達の世界、そこまで変わらないのでご安心を。
以前召喚された方の一人が、一種の収斂進化のようなものだと語っておりましたが、実際そうなのかもしれません」
確かにそういう人が人として築く文化は、えてして同じ方向、形に収束するものかもしれない。
私達の世界でも、まったく違う文化圏で似たような風習が発生したケースがあったのを何処かで教わったような気がする。
それにしても、以前召喚された方、か。
昨日聴いた話でも触れていたが、以前にも私達のように召喚された人達がいたとの事だ。
ラルエル様はじめ、案内された最寄りの街で会った人々が、私達への対応に慣れていた――少なくとも不慣れ過ぎる様子がなかった事からも、そこそこの頻度で行われているのだろう。
ただ街全体がそうだ、という事でもなく、高い頻度で行われているわけではないらしい。
馬車で街に辿り着き、降り立った時に向けられた物珍しげな街の人達の視線、様子から、女神様信仰の宗教――女神様の名前からレートヴァ教と称されている――の信徒が特に慣れている、という感じだった。
実際こうして神殿で召喚・その後の対応が行われている事から、異世界召喚についてはレートヴァ教が取り仕切っているのだろうか。
かつて召喚された人達は今はどうなっているのかなどなど気になる事はたくさんあるが、いきなり訊いても不躾になってしまうので、いつか訊く機会があればいいのだけど、とは思っていた。
まさか、そうできるかもしれない機会が、こんなにも早く、かつ一対一で行われるとは思いもよらなかったが。
――私達が再びここ、神殿に訪れたのは、昨日は時間的余裕がなく、出来なかった事を行う為であった。
一つは、少し前に先んじて行われた、この世界で面倒を見てもらう間の義務としての、世界への、レートヴァ教への魔力提供。
昨日私達が目を覚ました場所にあった女神像――その真下にあった、大きな水晶に私達は複数人交代で魔力を注いだ。
魔力を注ぐ、と言っても実際には吸収される、が正しいだろう。
水晶に触れた瞬間に、自分の中にある、あるいは周囲に纏っている何かが減っていくような、そんな感覚が生まれていた。
何度かやった事がある献血が感覚的には近かった。
私的には、今の自分達にはやっぱり魔力があるんだ、というちょっとした感動があったり。
感覚的には献血でも、実際には違うというか、今まで経験した事がない何かの流れが新鮮であった。
ちなみに、そうして提供した魔力で何をするのかも教えてもらった。
用途は様々にあるらしいが、今回見せてもらったのは魔術による清らかな水の生成。
如雨露のような容器の一部を水晶に触れさせた途端に、その空っぽだった容器の中にどんどん水が生まれていく様子にはクラスの皆一様に感嘆の声を上げていた。
昨日からちょくちょく魔法やそれに類する道具を見せてもらっているのだが、その度に驚き、感動があった。
それはきっとクラスの皆も同じで、そういうワクワクや好奇心のお陰で不安になりすぎない部分もあるかもしれない。
閑話休題。
ラルエル様曰く、今後は一週間に一度魔力提供を行ってほしいとの事だった。
それがレートヴァ教による私達の保護・協力への見返りである以上、拒否をする理由は全くなかった。
一方で何処か不安そうな表情をしている人や、怪訝な様子の人――特に堅砂くんは何度も水晶を観察していた――もいたが、今後の事を考えてか、直接的な不満を口にする人はいなかった。
――一番不安だった
いやもう、ほんっっっとに。
さておき、そうして魔力提供を終えた後、次に私達はもう一つの昨日出来なかった事を行う事となった。
それが今、私が神殿の奥にあった扉の先の個室でラルエル様と一対一となっている理由である。
今私達が何を思い、今後何をしたいと思っているのか――話をする事で、今後へのアドバイスをしたいという事らしい。
聖導師長という、おそらくレートヴァ教でそれなりの地位にいる人が直接それを行うあたり、私達が期待されている事は私達が思うよりずっと大きいのだろう。
正直言えばちょっと緊張している。グレードアップした三者面談の気分だ。
けど、こんな綺麗な人を間近で見れる感動や、色々な話が聴けそうな良い意味の緊張もあった。
思わず唾を呑みつつ、勧められた席に座った私は失礼がないか髪や服装をもう一度確認する。
「そんなに緊張なさらずに。かしこまる事はないんですよ? 楽しくお話しましょう。
実を言うと、異世界のお話が聴けるかもと、私もワクワクしているので」
そんな私にラルエル様は今までとは少し違う、ほんの僅かに崩した表情を浮かべてくれた。
おそらくは気遣いだと思うけど、それがまたかわいくて思わず癒される私。
――寺虎くんの事をどうこう言えないかも、うん。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、それでは、あなたの事を教えてください――」
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