126 みんなが手を取り合う為の、大激戦⑱


「ふむ、正直想像以上ですね」


 『蒼白そうびゃく騎士きし』との戦いが続く中。

 展開された大結界の中から戦況を眺めていた魔王軍司令代行ニィーギが、感心した様子で呟いた。


「それはどういう意味でかな?」


 同様に戦況を見据え続けていた奇行公グーマが問い掛ける。

 この状況を愉しんでいるかのような笑みを返しつつニィーギは言った。


「勿論私達の混成部隊――ではありますが、特筆すべきは異世界人達ですね」


 異世界召喚された少年少女達8人。

 並の騎士を遥かに凌ぐ『性能』を持つ『蒼白そうびゃく騎士きし』達を、彼らは圧倒していた。


 単純な身のこなしや剣術や武術、魔術への熟達であれば、今回の戦いに参加している人族や魔族の精鋭達は、彼らに決して劣っていない。

 むしろそういう基礎部分では大きく上回る者が多い。

 だが、そこを補って余りあるものを異世界人達は持っているのだ。


 マナが薄い世界で生きてきた事による膨大な魔力も勿論だが、それより何より彼らが『贈り物』と呼称する、神から与えられた権能の一端が凄まじ過ぎた。

 それを使いこなしつつある彼らは、扱い方次第だがそれこそ文字どおりの一騎当千になりつつあるようだ。


「中には、一時的でしょうが神の権能の一歩手前にまで到達している者もいる様子。

 さすがだけの事はあります」

「……それに、関しては、同感、です」


 大結界を維持しつつ、二人と同じく戦いを見守っていたレートヴァ教ルナルガ地区の聖導師長たるリブエルは頷いた。


「恐らくは、は、この世界の、行末の、鍵となっていく、でしょう」   

「――特に彼女、ですね」


 そうして彼らが意識を向けたのは――魔循兵装・原型たるヴァレドリオンを操る少女、八重垣やえがき紫苑しおん

 、他の異世界人達が直接的・間接的な攻撃能力を備えた『贈り物』で相手を圧倒しているのに対し、彼女は自身の魔力・身体能力を主体として戦い続けている。


 ヴァレドリオンがあればこそ、ではあるのだが、それを自在に操る事が出来ているのは、そもそも彼女の基礎的な戦闘能力が群を抜いて高いからに他ならない。

 そこに彼女の、敵の攻撃手段を読み取るという『贈り物』が合わさる事で、八重垣紫苑は騎士からの攻撃を殆ど受ける事なく、その一手先での攻撃を可能としている。


 同じ状況で仮にヴァレドリオンや『贈り物』がなかったとしても、ある程度は互角以上に戦えるだろう――ニィーギは紫苑の力量をそう見立てていた。

 

「貴方の養女むすめ、普段との落差が激しいにも程があります」

「ふふ、まったくだ」


 普段の紫苑は自分を前に出さず、中央ではなく隅を選び、基本的に自分が話すより人が喋る事へと静かに耳を傾ける――そんな物静かな少女だ。

 そんな少女が、いざ戦闘となれば、自由自在に戦場を駆け巡り、前へ前へと挑むような勇猛果敢な戦いぶりを見せる……確かにそれは驚きだろう。

 性格が変わって見える――戦いを好んでいるようにさえ思えるかもしれない。


 だが、グーマは知っている。

 どちらも紛れもなく八重垣紫苑である事を。

 そして彼女を駆動させているものはどちらの彼女も共通の――『誰かの為に』という思いである事を。

 それは半ば病的なものを含んではいる……しかし彼女はそれを承知で、それさえも呑み込んで歩みを続けている。


 紫苑は語っていた。

 自分は英雄や勇者じゃない。

 だからこそ、地道に努力を重ねて、少しでも強くなって、少しでも誰かが悲しむ可能性を減らしたいのだ、と。


 だが、彼女は気付いていない。

 そうして歩みを続けた結果、今の彼女は、他者から見れば明らかに――――。


「実に面白くて愛着の湧く――自慢の英雄むすめだよ」


 そうしてグーマは、肩を竦めながらのニィーギの言葉に対して、どこか嬉しそうな笑みで応えつつ、紫苑達の戦いを見据え続けるのであった。





「……一体、何をしているのですか」


 この戦場にいる『蒼白そうびゃく騎士きし』を統括・指揮している存在――フィフスは、思わず声を洩らしていた。

 その声音には微かな苛立ちが透けて見える。


 この時の為に満を持して、若干無理をしつつ準備した『人形』千体。

 それがいとも容易く蹴散らされていく様子は、正直不愉快でしかなかった。


 特に自分の視界にいる異世界人・八重垣紫苑。

 本来なら彼女はとうの昔に自分の手中にあるはずだった。

 そうして玩具として遊び倒した末に、今とは真逆に自分の手駒として使えていたのかもしれなかったのだ。


 そんな彼女が舞い踊るように戦場を駆け回り人形共を倒していく姿は、見ていて胸を掻き毟りたくなるものだった。

 ――これ以上見ている事が苦痛に思えるほどに。


 ゆえに彼は、人間達が『蒼白そうびゃく騎士きし』と呼ぶ人形達に指示を出す。


「さっさとその目障りな玩具を壊して回収しなさい――!」


 その為に、周囲に展開している騎士達をいくらかこちらに差し向けるつもりだったのだが……。


「――?!」


 フィフスは声には出さなかったものの、密やかに驚愕していた。 

 呼びつけようとしていた者達が思うように移動できないでいる――いや、それどころか、急激に数を減らしている事に。


 それもそのはず、結界の外で戦っている異世界人・人族・魔族の混合部隊が少しずつ確実に騎士達との戦いに慣れつつあったからだ。

 

(人形達には最適な戦闘手段をプログラミングしているはず――なのにどうしてこうも苦戦している……?)


 脳裏で疑問を過ぎらせているフィフスは理解していなかった。


 確かに騎士達に戦闘技術は埋め込まれている――だが、彼らはここまでの苦闘に晒された事がなかった。

 なまじ基礎的な能力が高く、これまでの暗躍では殆ど相手を圧倒していただけに、苦戦の際への対応手段の構築が出来ていないのである。


 まして、今回戦っている異世界人達は、彼らに埋め込まれた知識や摂理から外れた力を使用していた。

 類がない能力であるがゆえの困惑はフィフスの想定以上に大きく、彼らの動きは鈍っていたのだ。


 そんな騎士達に対して混合部隊の面々は戦闘に手慣れた者達ばかり。

 彼らは、騎士達の動きが杓子定規な、対応力のないものである事を看破しつつあったのだ。


 本来ならそれに気付くまでもなく質と数に圧倒されていたのかもしれなかったが、異世界人達の活躍により戦況が維持された事で、その事に気付く余裕が生まれていたのである。

 結果、戦場の有利は大きく混合部隊へと傾きつつあった。


 このままの勢いが続けば確かに自分達は敗北する可能性がある――苦戦の本質は分からずとも、状況の不利を悟り、フィフスはそう考えていた……だが、


「……やれやれ、そろそろ幾つかカードを切るとしましょうか」


 表情の見えない兜の奥でそう呟いて、フィフスは苦々しくも笑みを浮かべるのだった。 






「――うん」


 戦いを続けながら私・八重垣紫苑は静かに頷いていた。


 ここの騎士さん達を少しずつ倒しているけれど――こちらに追加の戦力が回ってきてはいない。

 騎士さん達が指揮者であるフィフスさんを守らなくちゃいけないのなら、そろそろ戦力を回さないとまずい状況なのに出来ていない。


 それは勿論、ここ以外で戦っているみんなの、みなさんのお陰だ。

 こっちに数を回せないほどに騎士さん達を倒してくれている事は【ステータス】を見なくても確信出来る事だった。


 やっぱりみんなは、みなさんはすごいなぁ――そんな感謝と尊敬の想いで、私の胸はいっぱいになっていく。


 そして同時に私も負けてはいられない、とやる気と力が湧いてくるってものですよ、ええ。


「……よーし!」


 フィフスさんを守る壁としての騎士さん達の数も随分減ってきた。

 今ならフィフスさんへの『道』を作る事が出来るかもしれない。


 すぐ近くにいた騎士さんへとヴァレドリオンで突きを放ち、倒す事で技に必要な溜めの時間は確保出来た。

 なら、思いっきりやってみよう……そう考えて私は全身に力を漲らせ――


「必殺――穿孔一貫せんこういっかんっ!!」


 フィフスさんまで届けるつもりで私は地面を蹴り、必殺の一撃を解き放った。

 それは騎士さん達を弾き飛ばしながら突き進み抉って、あと少しでフィフスさんへと届くかもしれない位置まで『道』を作り掛けた――だけど。


「――え?!」


 そんな最中、私の眼前に突然展開された真四角で黒い――空間に生み出された扉のような穴から解き放たれた赤い光刃の一撃が、ヴァレドリオンを受け止めていた。 


「生憎だが――てめぇの思いどおりにはさせたかぁないんでなぁ、八重垣紫苑……!!」


 そんな言葉と共に、黒い扉から現れたのは――


「ダグドさんっ!?」


 そう、魔王軍3将軍が1人……ロスクード高壁にて圧倒的な強さで私達と戦った、ダグドさんに他ならなかった。


 彼本人に間違いない……彼が放つ圧倒的な威圧感と、彼が浮かべているドラゴンを想起させる獰猛な笑みを見て、私はそう確信したのであった――。

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