⑱ 残された時間の中で、精一杯に
レーラちゃんと出会ってから一夜が明けて。
朝から神官さん達からの至急神殿に来てほしいという要請を受けて、私達、異世界から召喚されたクラス一同は来た時と同じように馬車に揺られて神殿へと向かった。
あの時と違うのはレーラちゃんがいる事と、ほんの少しこの世界に慣れた事だろうか。
実際、以前は確認できなかった景色の向こう側に私達がいる街とは違う、小さな町が視界に映った。
余裕が出来た――という訳じゃないけれど、ささやかに世界を知った事で見えるものが少し増えたのだと思う。
これからより世界を知る事が出来たら、また見え方が変わるのだろうか。
――そんな事を考えている間に馬車は神殿へと到着した。
私達が数日前召喚された場所である広間に案内される中、レーラちゃんは暫く待ってほしいと神官さん達が声を掛けてきた。
それで私は、今回私達が呼ばれた理由が件の領主の息子の事なのだろうと、なんとなく察する事が出来た。
寂しそうな顔をするレーラちゃんに、私・
――守尋くんの幼馴染の伊馬さんが何故かこちらに視線を向けている気がしたけど、うん、きっと気のせいだろう。そう思おう。
さておき、そうして広間に到着した私達を待っていたのは、神殿を所有しているレートヴァ教の聖導師長ラルエル様。
少し年上なんだけど、彼女が強く望む事もあって私は彼女をラルと呼び、友達として接するようになった。
――ラル本人は親友扱いしてほしいそうなんだけど、うん、それはもうちょっと互いを知ってからでないとね。
そのラルは、私に一瞬視線を送るも真剣な表情を維持したままだった。
これから話す内容が、それだけ重要な事なのだろうと察したわけだが――。
「残念な事ですが――私達が貴方達に与えられる時間は、あと僅かになりました」
その内容は、想像を越えて重要かつ、危機的な事だった。
「なるほどな」
それから数時間後、私、私と手を組んだ
昨日と同じように師匠の自宅でお茶を出してもらいつつ事情を説明すると、師匠は小さく溜息を吐いた。
「領主の息子と揉めて、苦情と圧力がレートヴァ教に行って、結果独り立ちまでの猶予期間が4分の1に減らされた。
つまり、あと二十日で最低でもお前さんは一人前になる必要があるわけか。
しかも可能な限り金を貯めながら。
予定より若干遅れてきたから何かと思えば、大変な事になってんな」
他人ごとみたいに、とちょっとだけ頭に浮かんでしまう弱い私。
ダメだなぁ。
実際師匠からすれば他人ごとなのだから、当然だというのに。
「そういう訳なので、多分師匠にはご無理を言ってしまうのですが、お願いできますか?」
二十日で、一人で生活できる程の冒険者になる――それ位に強くなる事は、私の想像よりも遥かに、さらに遥かに難しい事だろう。
だが――やるしかないのだ。
そして、それは師匠の協力がなければ不可能だろう。
私はそんな願いや想いを込めるように、師匠へと視線を送った。
「お前さんが良ければな、と言いたい所だが」
そこで師匠は若干大仰に渋い表情を浮かべて、言った。
「資金提供も出来なくなって、各所の協力も大半なくなるんだろ?」
師匠の言葉に、私はレーラちゃんを太腿に乗せたままの状態で頷いた。
人数分の椅子がなかったので私は立ってようと思ったんだけど、レーラちゃんが私に座ってほしいと訴えかけて、協議の結果こうなりました。
「となると、俺に支払われるはずだった報酬も無くなる可能性が高い……契約がなくなるんなら、俺がお前さんに教える義理はないな」
そんな師匠の言葉を受けて、私はテーブルの上に、あるものが入った袋を取り出し置いて、師匠へと差し出した。
「ん? コイツは――金貨か」
「はい。私個人に与えられた、この世界で生きるための準備用資金、その残り全部です。
そしてこれはあくまで前金として受け取ってください」
「――ほう?」
これは今の所なんの対価もなく、ただ貰ったものだ。
それを使って頼み込む自分はきっと厚顔無恥だと思う。誠意が感じられないと思われても仕方がない。
だけど、そうだとしても――それさえも含めて、できる全てを使って、頼まなければならない事がある。
「師匠には大変申し訳ないのですが、あと半分は、私が冒険者になって稼いだお金で支払わせていただきます。
――ちょっとごめんね」
レーラちゃんを椅子に座らせた上で、私は床に座り込み、深々と土下座した。
「だから、改めてお願いします。私を一人前の冒険者として鍛え上げてください」
「なるほどな。――でも、正直足りないな。金が、じゃない。信用だ。
お前さんが一人前の冒険者になれる保証はどこにある?
魔力が凄くてもそれを使いこなせずに大成しなかった奴を俺はごまんと知ってる。
お前さんがそうならない保証はあるのか?」
「ありません。だから、私は私自身を保証の代わりにします」
そこで身を起こした私は、パンッ!と胸を叩いて、師匠を真っ直ぐに見据える。
正直
だが、だとしても――やらなくてはならない。無理だろうと通すしかない。
昨日までの私が別の理由で同様に危機的状況になっていたとしても、きっとこうしていたとは思う。
だけど、そこにはきっと迷いや不安がたくさんあっただろう。
でも、今の私には昨日とは明確に異なる理由が――レーラちゃんが――加わった。
私達はレーラちゃんの面倒を見ようと決めた。
それはすなわち、レーラちゃんについてもあと二十日で何かしらの目途を立てねばならないという事。
親御さんを見つける、レーラちゃんの
その目途を立てる為に、強くなる、お金を稼ぐ、それらを最低限でも出来るようにならなければならない。
それができなければ、レーラちゃんの事を無責任に放り捨てるに等しい状況になるだろう。
――それは、絶対に嫌だ。
だから、迷いや不安があっても、それに構ってはいられない。
いつものように気弱なままではいられない。
ゆえに、私は精一杯に高らかに自分の考えを、思いを、叩きつけるように声に出す。
交じりっけなしの本気を、師匠へと確かに伝えるために。
「もしも、私が師匠に期限内で予定どおりのお金を支払えなかった時は――私自身の全てを師匠にお譲りいたします――!」
「へぇ? それはつまり、一生俺の言いなり、下僕になってもいいと? 俺がどんなことをお前さんにしても良いって言うんだな?」
「構いません」
「あるいはどこかに売り払っても構わないと?」
「構いません。でも、それはあくまで一人前になれなかった時です。
なれなかった時は、本当に私の事を自由にしてもらって構いません。
でも、私は――ちゃんと一人前の冒険者になって、昨日話した通りの、誰かの力に、誰かの助けになれるような、立派な人間になる、そのつもりでいますから。
だから、どうかよろしくお願いします」
「――――ふむ、どうしようかね」
そうして言うべき事を言って、視線を交わして、あとは判断を待つばかり――と私が息を呑んだ、その時だった。
「わ、わたしからもおねがいしますっ」
「?! え、レーラちゃんっ!?」
レーラちゃんが、土下座する私の横に同じように座って、同じように頭を下げた。
「むずかしいこと、よくわからないけど、シオンおねえちゃんのおねがい、きいてあげて! きいてあげて、ください――!」
「あぁぁ、レーラちゃんはしなくていいから! これは私のする事だから! ほら、頭上げてー!?」
私は慌ててレーラちゃんを起こそうとする――が、なんだろう、おそろしく、硬い、というか力強いっ!?
ふぎぎぎ、と全力ではない程度に痛くしないように気を付けながら引っ張るもビクともしない――?!
「あ、あのっ! 堅砂くん!? お願い! レーラちゃん起こすのちょっと手伝って―!?」
現状をずっと眺めたままの堅砂くんに頼むも、彼は静かにこう答えた。
「それはこの子の気持ちを無視する事だからしない。
というか、保護者が軽々しく土下座するから悪いんじゃないか?」
「か、軽々しくはないよっ!? 私は私なりに――というかレーラちゃん、ほら私やめたから! レーラちゃんもー!?」
――そんなやりとりの中。
「ぷっ、ははははははっ!」
師匠が至極面白そうに笑い声を上げた。
「いやはや、子供には勝てないな。
そこのお嬢ちゃん大丈夫だ。紫苑お姉ちゃんのお願いはちゃんと聞いてやる」
「ほんとうっ!?」
するとレーラちゃんは即座に顔を上げた。
それがまたすごく目をキラキラさせているものだから、私は何も言えなくなってしまう。
師匠はそんなレーラちゃんに、うんうん、と大きく頷いて見せた。
「本当だ。だから顔を上げて元の席に戻るように」
「はーい!」
元気に返事して椅子に一生懸命座り直すレーラちゃん――それを見届けてから、師匠は改めてこちらへと向きなおった。
「悪かったな」
「え?」
「お前さんがこの状況でどうするかを見極めたかったんでな。
ちょっと意地悪な事を言った事、謝罪する」
「え? え?」
訳も分からず戸惑っていると、師匠は正座したままの私の前に座り込む。
顔を上げて私に向けたのは――真剣な表情。
「俺は言った事を違えるつもりはない。
特に、昨日交わした事は契約ではなく約束だと思っているからな。お前、そしてラルとの。
金がもらえなかろうが何だろうが、昨日の言葉を聞いた時点でお前を一人前にしてやるつもりだったさ。
だが。
もしも、お前さんが何も疑問を浮かべる事なく、俺に普通に教えを催促してたら――どうだったろうな?」
師匠の言葉に、何処か刃のような鋭さを感じさせる表情に、私は思わず唾を飲み込む。
だが、そんな私の眼前で師匠はちょいと人差し指を突きつけて、クルリ、とからかうように動かして見せた。
その手をどかした後――師匠は笑っていた。不敵に、そして楽しげに。
「だが、思った以上の覚悟を見せてもらって正直驚いた。
ま、明確に守らなくちゃならないものがあると、気合も入るよな」
「――はいっ」
チラリと、レーラちゃんを一瞥しての言葉に、私は大きく頷く。
そんな私を満足げに眺めて、師匠は言った。
「その気持ち、しっかり大事にしろよ。
――人は思ったよりも簡単に、大事だと思ったものを手放すもんだからな。
ああ、だからその金も大事に取っておくように。
今後特訓用の道具に使うかもしれんし」
そう言った師匠は立ち上がり、扉を開けて外へと進んでいき――出入り口を少し過ぎた辺りで、こちらへと振り向いた。
「じゃあ早速特訓と行こうか。時間は無駄には出来ないだろ?」
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