幕間1 

領主の息子の思う所

 コーソム・クロス・レイラルドは、喜びに震えていた。




 彼はディーワド国・レイラルド領の一人息子として生まれながら、領主である父親に何も期待されずに生きてきた。


 面と向かってそう伝えられたわけではない。


 だが、生まれて物心がついて十数年、父親と親子らしい会話を交わした事は指折り数える程度で、顔を合わせる事も5日に一度あれば良いほど。

 

 父の気を引くように勉学を始め様々な事に打ち込んだが、いくら好成績を修めても、逆にどれだけ劣悪な成績でも、掛けられた言葉は大差なく。


 そんな有様では、自身に期待などされていないと思うのは無理からぬことだった。


 それゆえにコーソムは、いつしか努力する事を放棄するようになり、領主の息子という立場で思うままに遊び回る様になった。

 それは、彼なりに父親との繋がりを信じたくての行動であったが、彼自身自覚がないそれは、周囲にはただの我が儘にしか映らなかった。


 母親が存在していたら、彼の生き方は変わっていたのかもしれない。

 だが、コーソムの母親は、彼が母親を認識する前に亡くなってしまっていた。

 

 コーソムは自身の母親について、素晴らしい女性であったとしか聞いた事がなかった。

 数少ない父親との会話の中で、珍しく父親が感情を滲ませていたので、きっと真実なのだろうと思った。


 それゆえに、を父は憎んでいるのだろうとコーソムは認識していた。

 事実父が打ち出した方針の中には、異世界人の行動に対する厳罰化などもあった。


 だが、にもかかわらず自身の領内で召喚される異世界人に対しての完全な拒絶を、父は行えていなかった。

 おそらくは、世界の危機という建前や、召喚絡みの事を取り仕切っているレートヴァ教に理由なく逆らえなかったからなのだろう。


 コーソム本人は異世界人に対して深く思う所はなかった。

 ただ、他所から来た癖に大きな顔をするものが多いのは気に食わなかったし、父の手を煩わせている存在そのものへの疑念や苛立ちは少しあった。

 母親の死の遠因という事ついては、今一つピンとこなかったので、彼の中では理由にはなりえなかった。


 そういった事の兼ね合いもあり、彼は遊びの中で異世界人を見つけると、彼らを怒らせるような、良識から外れた言動をあえて行った。

 上手く難癖をつけられる行動をしてくれれば、父の助けになるかもしれないと考えて。

 ――若干、自分の趣味もありはしたが。


 だが、コーソムのそうした行動に、遭遇した異世界人はむしろ迎合する者が多かった。

 トラブルを避けたいのか、異世界人はそういう行動を好むのか、コーソムの悪ふざけに共に笑う事が多かった。


 彼らと遭遇したのは片手で数える程度でしかなかったが、そんな連中しかいないのか、という呆れの認識が強かったある時。


 たまたま見つけたみすぼらしい少女――大方魔物に襲われた村の生き残りなのだろう――をからかいの対象にして、楽しんでいる中で、彼はついに出会ったのだ。


 彼の言う事に反発、逆らって少女を守ろうとするを。


 その事に内心喜びながら、コーソムは上手く彼らを刺激して、手を出させる事に成功した。

 これで実際に何かが出来るという訳ではないのだろうが、父にとってのささやかな苦情の理由にでもなればいいと彼は考えていた。


 だが、どういうわけか、この事は思ったよりも大きな理由となったらしかった。

 この地のレートヴァ教を仕切る聖導師長ラルエル――捻くれたものの見方をする彼でさえ素直に認めざるを得ない程の美貌の持ち主である――への牽制に大いに役立ったようだった。



「――やった事はともかく、お前のお陰で事が一つ楽になった」



 この件でわざわざ予定外の帰還をした上で話す事となった父・ファージ・ローシュ・レイラルドは、そう告げた。

 彼は息子と話す間中、表情を殆ど動かす事はなかったが――そんな事はコーソムにとってはささやかな事だった。


 父がわざわざ屋敷にやってきてくれた――普段の父は領主の仕事場である城にいる事が多い――事が、自分の行動が父を助けた事が、嬉しかったのだ。


 それゆえに喜びに打ち震えた彼は、さらに父の助けになるべく思案した。

 そう、異世界人に自ら首を絞めるような愚かな行動をさせるべく、だ。


 その為に思考を巡らせた彼は、先日の一件の際に、仲間が怒っていた事に何の興味もなさそうに退屈そうにしていた異世界人の一派を思い出した。

 

 彼らを使って、今回召喚された異世界人達を仲違いさせる。

 その上で、彼らそれぞれが問題を起こして自滅すれば最良なのではないかと、コーソムは結論付けたのだ。


 そう思い立った彼は、早速行動、冒険者として活動していた件の一派――都合が良い事に彼らのみが集まっていた――に接触した。


 その上で現状の不満を引き出し、その上で彼らを褒め上げて、こちら側に来るよう勧誘……見事成功するに至った。


(ありがとう――君達が愚か者で、私は実にありがたい) 


 コーソムは笑う。

 後は、上手く彼らを先導して、問題行動を積み重ねさせればいい。


 勿論当面の後ろ盾となる自分の悪評は広まるだろうが――どうせ今更だ。

 道楽我が儘息子の悪行が一つ追加された所で、一体何が変わるというのか。

 

 最終的に異世界人を排斥する為の布石だったとすればいいし、もしそう認識されなかったとしても別段構わなかった。


 父の役に立てさえすれば、コーソムはそれでよかったからだ。

 ――例え父本人にどう思われたとしても。




 そうして、コーソム・クロス・レイラルドはより歪に笑う。


 この行動が迎える結末を、想像だに出来ずに――今はただ満足げに笑っていた。

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