第3話「異世界の大地に立つ」☆

 異世界の大地に降り立った大野タダシは、辺りを見回してびっくりする。


「なんだここ、何もない!」


 そこに、追いかけてきたのか農業の神クロノスが、空からやって来る。


「おお、ついたようじゃな。早速、チュートリアルを開始するぞ」

「クロノス様。ここ、本当に何もないですよ」


「ん、まあそうじゃが、山、川、森、平原。農業に必要なものは揃っとるじゃろ」


 言われてみれば周りを高い山脈が囲む平地で、近くに森があり川が流れている。

 しかし、全くの無人の土地である。


 しかもなんか植生がおかしいというか、荒れ地過ぎないだろうか。

 それに、周りに家も無ければ人っ子一人いないのも気になる。


「でも、誰もいないんですが。農地にできそうな土地があるのは嬉しいんですが、農業には文明も必要というか……」


 タダシは田舎で農業がしたいと願っていたのだが、まさか無人の荒野に連れてこられるとは思ってなかった。

 種や苗を買うお店がないと農業はできない。


「うーんそこなんじゃがなあ」

「なんでわざわざ、こんなところでスタートなんですか」


 なんか森もよく見るとかなり荒れ果てているというか、枯れ木ばかりで緑が極端に少なく不気味な感じがする。

 ゆっくりと流れている川も、やけにどす黒く濁っていて瘴気じみた霧のようなものがかかっている。


「辺りに人がまったく住んでない地域となると、ここしかなかったのじゃ」

「なんでまた。どっか適当な国にでも送ってくれればよかったのに」


「言いにくいんじゃが、どこの国も税金が高いんじゃ」

「あ……」


 重税には、タダシも前世で死ぬほど苦しめられてきた。

 しかも、異世界ファンタジーといえば勇者とか賢者はいい目を見るが、貧しい農民とか酷い目に遭うに相場が決まっている。


 下手をすれば農奴とかにされるかも。


「そりゃもっと農業に適した土地はたくさんあった。しかし、お前がどっかの国で農業やるじゃろ。そうすると、必ず貴族に重税を課せられて酷い目に遭う」

「なるほど、それは嫌です」


 荒野につれてこられたので神の試練かと思ったんだが、むしろ善意だったんだなと気がつく。


「この世界の国はどこも戦ばかりで腐っておるからな、ワシの信者の農民たちもそれはもう酷い目にあっておるんじゃ。タダシにそんな思いはさせたくなかったのじゃ」

「お気遣いありがとうございます。でもここ、本当に人が住めるんですか?」


 なんか見れば見るほど荒れ果てた土地というか、川の水がすごく濁っているので飲めそうな感じがしない。

 どうやって生きていけばいいんだろう。


「うむ、ここは神の恵みから見捨てられた辺獄へんごくと呼ばれる巨大な半島じゃ。辺獄の魔岩や生えている魔木は鉄よりも硬くて斧もツルハシも歯が立たず、辺獄を流れる嘆きの川は猛毒に汚染されておる。まともな人間は住めんのう」

「ダメじゃないですか!」


 チッチッチッとクロノスは指を振る。


「しかし、この地が神に見捨てられた土地と呼ばれるのも今日この時までじゃ。なぜなら、農業神の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターを持つ大野タダシがいるんじゃからな」

「加護といっても、どう使えばいいんでしょうか?」


「ふむ。まず、その川に手で触れてみよ」

「えー」


 猛毒の川だと言われてしまうと躊躇してしまうのだが、根が素直なタダシは言われたままに手を触れる。

 すると、どす黒く濁っていた水が蒼く清い流れへと変わっていく。


「どうじゃ。飲んでみるがいい」

「美味しい……」


 川の水なのに、まるで澄んだ湧き水のように甘みがあって身体に染み渡る。

 タダシは、美味しくて何度も汲んで飲む。


 ただの水がこんなに美味しいなんて信じられない!


「予想通り上手く行ったのう。このように農業の加護では、水や土壌を浄化することができる。前代未聞の加護を持つタダシの力で浄化していけば、いずれこの亜大陸全体を完全に浄化することも可能じゃろうて」

「ありがとうございます。これならなんとかなりそうです」


 とりあえず、水が確保できてタダシはホッとする。


「待て待て、まだ感謝するのは早いぞ。まず転生に合わせて、肉体を二十年ほど若返らせておいた」

「あ、道理で身体が軽いと思ってたんですよ」


 あれほどガタがきていた肉体が、まるで大学生の頃に戻ったように元気だ。

 腰も肩も全く痛まないのは涙が出るほどありがたい。


「農業の加護は肉体にも作用しておるから、体力は泉のごとく無限に湧き出し、どんな辛い農作業をしても疲れることはない。怪我も病気も心配いらんじゃろ」

「こういう場所では助かりますね」


「それとな、これはささやかなプレゼントじゃ」


 クロノスは嬉しそうにアイテムバッグを手渡す。


「これは?」

「カッカッカ、これは知恵の神ミヤからもらってきたマジックバッグじゃ。莫大な収納スペースを誇り、中に入れたものは時間が止まって決して腐敗しないという農業をやるには適したアイテムじゃ」


「もらってきたって、大丈夫なんですか?」

「うーん、実は宝物倉から勝手に持ってきたから、大丈夫じゃないかもしれん」


「ダメじゃないですか!」

「し、心配いらん、ワシが後で謝っておく。だいたい、ケチってタダシに加護をよこさんかったミヤが悪いんじゃ。知恵の神の魔法が使えれば、マジックバッグなんていらんかったんじゃから」


 本当にもらっていいのかかなり気になるタダシだが、ともかく今は生存が優先なのでもらっておくことにした。


「それなら許してもらえるように、俺からも知恵の神ミヤ様にも手厚いお礼をしておきます。お供えしたらよかったんでしたっけ」

「ああ、そうしてもらえると助かる。本来なら、あんなケチンボにお供えなんぞくれてやることはないんじゃが、あれで怒らせたら怖い神じゃしな」


 なんか、神様同士いろいろあって大変なんだなと苦笑してしまう。

 ともかくこれで飲み水の確保はオーケー。


「次は食料の確保かな」

「よろしい、では早速農業の開始じゃな。そのバッグは水も汲めるので少し汲んでおきなさい」


 神様の言うとおりバッグを川に近づけてみると、見る見る水を吸い上げていく。

 本当に便利なバッグだ。これならコップやジョウロがなくても、当面なんとかなるかもしれない。


「これぐらいでいいかな。うわああ!」


 水を吸い上げ続けていたら、バッグの中に巨大な魚がぬるっと入ってきた。

 今のはなんだろう。さめじゃなかったようだけど、さけか、ますか? それにしても大きさがすごかったような。


「さすがはタダシじゃ、もう食料をゲットしたようじゃな」

「そうですね。後で食べましょうか。その前に魚をさばく道具も作らないとですが」


 観察していたクロノスは、そこに一言付け加える。


「そこらの粘土も入れておいた方がいいかもしれんな」

「粘土ですか?」


 そんな物を何に使うんだと思うが、他ならぬ神様が言うのでマジックバッグに詰め込んでおく。


「そのへんは順番に片付けていくがいい。ここらで手に入るものはこんなものか、次に有用な物資や植物を探しに森に行くのじゃ」


 タダシは農業の神様クロノスと連れ立って、枯れ木がたくさん生えている北の森へと行くのだった。

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