第52話「その頃、魔王城では」

 魔王城が焼ける炎で暗闇が明々と照らされ、城の随所では命乞いの悲鳴が上がっている。

 敗者の呪詛と絶叫に、魔公ヴィランは恍惚となる。


 闇夜に捧げられるそれらの生贄は、魔王となった自らに力を与えるものだ。

 三百種族を超える魔族の頂点、魔王の玉座を奪った魔公ヴィランは跪く将軍たちに重々しく命じる。


「汚れた先の魔王ノスフェラートの紅蓮の旗を全て降ろし、栄光ある黒旗を掲げよ」

「御意!」


 魔公ヴィランに長らく仕える筆頭魔人将たるド・ロアは、短く返答する。

 下っ端の魔人が、新たなる魔王の命令を伝えるべく走っていった。


 それを眺めながら、魔公ヴィランは言う。


「いや、それだけでは足りぬ。余はこの城の色彩が気に食わない。魔王城の全てを黒く染めよ。このようにな」


 新たなる魔王となった魔公ヴィランの肉体より、黒よりもなお黒き暗黒の瘴気が溢れ出し、輝ける玉座を仄暗い闇に沈めていく。

 その瘴気に一度触れれば、魔人ですらひとたまりもない。


 先の魔王ノスフェラートを倒してその力をも呑み込んだ魔公ヴィランは、魔王をも凌駕する存在となった。

 胸元に禍々しき暗黒の魔石を光らせる今のヴィランは、全てを呑み込もうとする闇そのもの。


 そのおぞましき力に、悪鬼羅刹のごとき魔人将軍たちですら足が震え、恐れおののかずにはいられぬほどだ。


「ぎょ、御意に!」


 冷静沈着を旨とする魔臣ド・ロアですら、声の震えが抑えられぬ。


「クックックッ、それでいい。黒は全てを呑み込む……。国号をこれよりアンブロサム魔王国よりアシュタロス魔王国と改め、今より余も暗黒の魔王ヴィランと名乗ろう」

「ハッ! 栄えあるアシュタロス魔王国と! 暗黒の魔王ヴィラン・デーモン・アシュタロス陛下に栄光あれ!」


 魔人将軍たちは、新たな魔王の誕生を恐怖と歓喜がないまぜとなった心地で迎えた。

 その魔王の間に、金色のローブを着た死霊貴族が、死霊騎士の一団を連れてやってくる。


 その死霊貴族の名はリッチモンド将軍。元魔王ノスフェラートの側近にして宮中伯。

 そしてそれほどの厚遇を受けながら魔王を裏切り、元魔王軍を統括する将軍へと出世した狡猾なる死霊貴族であった。


 クーデターの際に、魔王城の門を開き活躍したリッチモンド伯爵は、将軍に出世して新たなる魔王に闇の力を与えられている。

 恭しく新たなる魔王の前に跪くと報告する。


「吸血鬼の残党どもは果ての山脈へと消えました。骸骨兵どもに国境付近を監視させておりますが、出てきません。おそらく山脈を越えて辺獄へと入ったのではないかと」

「それで、どうした」


「それでどうしたとは? 辺獄は、猛毒の川が流れ大地は死に絶え凶悪な魔獣がうようよといる不毛の領域。そこに入ればもはや命はありますまい」

「リッチモンド伯爵。余は、貴様に吸血鬼の生き残りを族滅ぞくめつせよと命じた。それを辺獄まで追わずに、汚れた吸血鬼どもの首も持たず、魔王剣も持ち帰らんとおめおめと報告に来たのか?」


 跪いた死霊騎士の一人が抗弁する。


「しかし、辺獄に近づくなど危険すぎます。もはや奴らの死は確実なれば、ぐぎぇ!」


 突然、死霊騎士の首が捻じれ飛んだ。


「小うるさいハエめ。いつ余が発言を許した」

「な、何をなさいますか魔王様。確かに口は過ぎましたが、うぎゃー!」


 魔王がさっと手を振るうと、リッチモンド伯爵の骸骨頭もそのまま捻れて飛び、魔王の手の内へと入った。

 リッチモンド伯爵に従っていた死霊騎士たちは、危険を感じて蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするがすでに黒い霧に足を掴まれて逃げられない。


 無様に這いつくばる死霊騎士たちが絶叫しあがくさまを睥睨へいげいしながら、暗黒の魔王ヴィランは面白そうに言う。


「ほお、死霊貴族リッチロードは丈夫だな。頭をちぎられても死なないのか」


 頭蓋骨だけになっても、リッチモンド伯爵はなおも抗弁する。


「あ、貴方様は我を将軍にして死霊族を厚遇こうぐうすると約束されたはずだ! 魔王城の城門を開いたのも我々だ。貴方様が魔王になれたのは死霊族のおかげではないか!」

「つまらぬことを言う。やはり、心卑しき裏切り者では使い物にならなかったか」


「なんとぉ!」

「約束どおり将軍にして力まで与えてやったのに貴様らはゴミのような己の命を惜しみ、余の命令を果たさなかった」


「機会さえ! 再度機会を与えていただければ必ず!」

「機会ならもう与えた。口先だけの貴様は、余の創る新しい時代を彩るにふさわしくない」


 暗黒の魔王ヴィランは、闇の念を深めていく。

 首だけとなったリッチモンド伯爵は苦しみにあがき悶えるが、魔王の手より逃げることはできない。


「ぐああぁ! 不滅の力を持つリッチロードである我の力が、命が、吸われていく!」

「歓喜に打ち震えて滅するがいい。塵芥ちりあくたのようなお前たちが、偉大なる暗黒の神ヤルダバオト様のにえとなれるのだから。黒死滅溶ラヴェナス


「嫌だぁああ消えたくない! お助けッ! ぐぎぇぇえええ!」


 闇に魔力を吸い尽くされて、リッチモンド伯爵の頭部は魔力を失いカラカラに干からびて砕け散った。

 それと同時にリッチモンド伯爵に従っていた死霊騎士たちも、四肢をあらぬ方向によじらせながら断末魔の絶叫をあげ瘴気の闇に呑み込まれて消えた。


 不忠者ゴミの始末は済んだ。

 暗黒の魔王ヴィランは、手のひらに残った色褪いろあせた魔石を握り潰す。

 

 そして、その様子を呆然と見守っていた筆頭魔人将に命じる。


「ド・ロウ」

「ハッ!」


「新しき世は、クリーンにせねばならん。物の役にも立たぬ死霊族は全て族滅とする。暗黒神ヤルダバオト様に捧げる生贄にちょうどいい」

「御意のままに。しかし、邪魔な吸血鬼どもは辺獄で死んだとしても、魔王剣紅蓮ヘルファイアの捜索はいかがなさいます?」


 暗黒の魔王ヴィランは、もはや興味なさそうに言う。


「暗黒神の代行者である余に、もはやそんな物はもう必要ない。欲しいならド・ロウ、お前にくれてやろう」

「ありがとうございます。では、骸骨族にでも辺獄を探させますか。あれらは低能ですが忠実です。ゴミ拾いにはちょうどよいかと」


 さり気なく、危険な辺獄への突入命令を避けるド・ロウ。

 彼は長らくこの気難しい主君に仕えている魔臣の異名を持つほどの魔人なので、判断は間違えない。


「下級アンデッドなど余の軍勢には不要。ド・ロウの好きに使い潰すがよい」

「ハッ、ありがたき幸せ!」


「しかし、取り逃がした不死王の遺児が最後に逃げた先が辺獄とは、これも定めか。クックッ……」

「魔王様?」


「いや、何でもない。いずれ辺獄も余の版図はんとに入ろうが、今はまだ少し早い」

「さようです。今は体制を整え直す時かと」


「新たな命令を発布する。魔族の神ディアベルの信仰を直ちに止めさせよ。我ら魔人族を選ばなかった愚かな神などもはや必要ない。創造神アリアですら不要だ。新たな創造主、暗黒神ヤルダバオト様のお力により、この世は美しく生まれ変わるのだから」

「魔族の国教を変更するとなると、魔教会などの抵抗が予想されますが?」


「だからこそだ。ヤルダバオト様の神力を高めるのに捧げる生贄はまだまだ必要。余の命令に逆らう者はみな捕らえて生贄に捧げるのだ」

「御意」


「余に従う強者ならば、実力に応じて地位を与え暗黒神ヤルダバオト様の力を分け与えよう。余に逆らう愚か者どもを片付け次第、人族の国への侵攻を開始する」

「すぐに侵攻ですか。内政の混乱が予想されますが」


「内政? 暗黒神様の神力があれば、そのようなものは必要ない。我がアシュタロス魔王国では力だけが正義。余の軍勢に必要なのは、強き戦士とそれを支える奴隷だけだ」

「……御意!」


「強き真正なる魔族が弱き魔族を喰らい、その力をもって人族の国も喰らい尽くし世界の全てを黒に染め上げる」

「ハハッ!」


「そして、その時こそ余は、この世におけるヤルダバオト様の化身となり、この手を持って古き神々をも殺す至高の存在となるであろう」

「全て暗黒の魔王ヴィラン陛下の御意のままに……」


 この日より、アシュタロス魔王国首脳部は人族を滅亡させることを目的とした強硬派の魔族のみで固められ、闇と暴力が支配する軍事国家が誕生する。

 魔界の地図は、紅蓮より暗黒の旗に急速に塗り替えられていく。


 暗黒神の力を得たヴィランの軍勢は、逆らう者を全て呑み込みそれすらも魔力を高める贄として禍々しく増大していく。

 そして、強大となった新たなる魔王の軍勢が津波のごとくフロントライン公国を襲うこととなるのだった。

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