第51話「対策会議」
鉱山村の空き地にテントが多数張られて、ちゃんとした住居ができるまではそこで寝起きすることとなった。
血を吸って興奮気味だった吸血鬼の女官たちもなんとか眠りについてくれた。
こういう時には、海エルフたちのお家芸であるテントがとても役に立つ。
臨時の王の寝床となった大きな天幕で、タダシは妻たちに尋ねる。
「イセリナも、今日はごくろうだったな」
「もう、危うく私もテントに引きずり込まれるところでしたよ。種族的な偏見はともかくとしても、魔族はやっぱり相容れないですね」
乱れた銀色の長い髪を梳かしながら言う。
イセリナによると、タダシに満足させてもらえなかった女官たちは……あえて深くは言わないが自分たちで満足することにしたようだ。
吸血鬼はそっちもありみたいなので、お盛んな種族なのかもしれない。
やはり正体はサキュバスなんじゃないか?
ちなみに他の男性の血を吸った吸血鬼に関しては、離れたテントで一緒にご就寝だそうだ。
これは、友好的な魔族と人族の融和が早く進むかもしれない。
それ自体はとてもめでたいことなので、イセリナたちには少しの間我慢してもらおう。
「それで、まず防衛についてなのだがリサ」
「はい」
「ここは魔族の領地にもっとも近い村だ。兵団はこのままここにおいて山脈の警戒を密にしよう」
「鉱山村は補給できる施設も整っておりますし、防衛拠点としても良いかと思います」
ちょうど兵士長のリサが指揮する兵団は新しくできたばかりで訓練の途中だったのだ。
「実戦的な演習にもなるかもしれないな」
「王国軍に加わりたいという志願者はたくさんいて選別に苦労しているほどですから、できる限り軍備増強していきます」
タダシの軍に入れば、高い給金に加えて高性能な武具の供給まで受けられるという他所の国では考えられない破格の待遇が待っている。
そうでなくても、タダシ王国に受け入れられて救われた流民たちはこれまでずっと奪われてきたのだ。
この楽園のような国を自分たちの手で守ろうと、豊かになった村々からやってくる志願兵の士気は高い。
「フジカは当面大丈夫だとはいっていたが、山越えの侵攻の可能性を考えておくべきだしな」
「この険しい山脈を越えて疲弊してくれればむしろ迎え撃つのは容易いというものです」
リサは頼もしいことを言ってくれる。
だが人的損害は極力避けたいので、強大な魔獣であるクルルにも警戒を頼むのといざという時に防衛にも使える魔牛を少し移動させておこう。
「あとは情報の話だが、シンクー」
「はいニャ」
「魔王の侍従長フジカがもたらした情報はかなり貴重と考える。これを、フロントライン公国に伝えるかどうかだ。今のオージンさんが指揮している公国軍を信用しないわけじゃないんだが」
「公国はザルみたいだからニャー」
フジカの話では、タダシ王国の情報もこちらから漏れたのではなく公国軍経由で漏れ出していたそうだ。
若干情報に
貴重な情報を公国に送ることで、それが敵側にも伝わってしまう可能性もある。
しかし、魔王国にクーデターが起こっているという情報なしで、今の友好的な態度を示している公国軍を戦わせるのは忍びない。
「俺の判断が間違ってたら言ってくれ。その懸念も含めて、オージンさんにだけ伝えるというのはどうだろう。彼の判断なら信じてもいい」
甘いかもしれないが、タダシはできる限りの誠意を見せた老賢者オージンだけは信じたいという気持ちがある
「それでいいと思いますニャ。魔族の密偵の手の内はフジカさんが明かしてくれたニャ。それも含めて、うちが公国の首都に商品を届けるついでに直接オージンさんに話しにいきますニャ」
「頼めるか」
「どちらにせよ今後のことで公国軍と協議しなければならないことは山程ありますニャ。あまり公国が弱まりすぎてもよろしくないので、オージンさんには正しい判断をしてもらわなければ困るニャ」
もし公国が瓦解すれば、タダシたちは一国で強大な魔王軍と立ち向かわなければならなくなる。
そうなれば、負けるとは思わないが多大な犠牲を覚悟しなければならない。
公国はいまやタダシ王国を守る防波堤なのだ。
そこで敵が止められるなら、それに越したことはない。
「俺自身もいずれ公国には応援にいくつもりだが、どうも今回の問題は神様絡みの話のような気がするので、先に魔王国の裏で何が起きているのか尋ねてみようと思う」
「なるほどですニャ。では、先に行って受け入れの準備をしておくニャ」
「相談しておかなきゃならない懸念はそれくらいか、フジカやレナ姫たちをどう処遇するかは明日考えることにして、今日はそろそろ寝るとしよう」
さすがに、タダシも連日の疲れで生あくびをする。
今日は大人しく寝るとしよう。
タダシがそう思って毛布をかぶったとき、入り口の方で妻たちの声が上がった。
「きゃ!」
「レナ姫様?」
タダシの胸にドンと何かが乗ってきた。
ランプの薄明かりに照らされる淡い金髪に、赤い瞳が光る。
「なっ」
まだ少女だと思ってたのに、まさか夜這いか?
思わず跳ね除けようとした時に、レナ姫がボソッと呟いた言葉でタダシの動きが止まった。
「……お父さん」
レナ姫はそうつぶやいてすすり泣いていた。
「レナ……」
薄明かりにテントの入口からフジカの声が響く。
「すみませんタダシ様。姫様がいなくなったと思ったら、こんなところに」
「ああ、少し驚いたが」
「レナ姫様は、末子で魔王様には可愛がられてましたので……」
「そうか。まあ、このままで構わんさ」
タダシはレナ姫の柔らかい髪を撫でてやりながら、自分も血を分けたと言えないこともないだろうとつぶやいて笑う。
「そうですか。タダシ陛下のご寝所ならば大事ないでしょうから。では、姫様をよろしくお願いします」
自分も夜伽にとかふざけて言ってくるかと思ったら、フジカはあっさりと自分のテントに帰っていく。
大事な姫様を預けられた信頼には答えてやらないとなと思いつつ、タダシも胸に心地よい重みを感じながら眠りに就くのだった。
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