第二章「まつろわぬ神」

第53話「街道を行く」

 しばらく兵団が国境を警備していたが、心配されていた魔王軍の侵攻はなくボロボロになったスケルトンが流れてくる程度であった。

 そのスケルトンも兵団が迎撃するまでもなく全部クルルの餌になったと兵士長のリサから聞いて、タダシは苦笑する。


「あいつ骨を噛み砕くのが好きだからな」

「自分たちの活躍の場所がないと兵士たちがぼやいてます」


「しかし、スケルトンなんか食べてお腹壊さないんだろうか」

「タダシ様は、クルル様を犬か何かと勘違いしていませんか……」


 伝説の魔獣フェンリルにとって魔物は栄養になるし、食べれば食べるほど強くなるそうだ。

 何やらオベロンたちドワーフの技術者たちも先を尖らした丸太を射出する大型弩砲バリスタを組み立て始めた。


 魔王軍にはドラゴンやワイバーンのような大型の飛べる魔物もいるので、弓兵だけでなくこれくらいの対空防御は必要ということだった。

 魔族との戦争には公国民の経験が役に立つ。


「どうせなら大砲を造ったらいいんじゃないかな」

「大砲か。帝国などでは使われておる弩砲よりも強力な兵器と聞くが、肝心の火薬が手に入らんからのう」


 なんとこの世界にも大砲はあって、オベロンは造り方を知っているらしい。

 おそらくこれも転生者がもたらした知識なのだろうが、火薬が手に入りにくい状況らしい。


「火薬ならなんとかなるぞ。硝石を作り始めてるからすぐ出来るだろう」

「なんじゃと! それを早く言ってくれ! 火薬があるなら早速大砲をこしらえてみよう」


 魔鋼鉄なら砲身が割れる心配もないし、とんでもなく強力な大砲が造れるのではないかとドワーフの技術者たちが色めき立つ。

 なんか面白そうな話で、生産王であるタダシも加わりたい気持ちは山々なのだが……。


「……タダシ様」


 レナ姫が、タダシの手を引っ張る。


「ああ、行こうか。リサ、何かあったらすぐ連絡してくれ。本当に緊急の時はクルルに頼んでもいい」

「はい。戦力は増強されつつありますし、これも兵士たちには良き訓練にもなります。国境防衛は我々にお任せください」


 リサたち兵士たちが見送る中、タダシは馬車ならぬ超大型の魔牛車へと乗り込む。

 すでに中にはタダシの妻たちがずらりと乗っており、レナ姫とフジカも一緒に乗ってもまだ余裕がある。


 なにせ車体を引くのが巨大な魔牛なので、車体も大きくないともったいないのだ。


「じゃあ、いくよ~!」


 魔牛車の御者ぎょしゃは、やりたいと希望した獣人の勇者エリンが買って出ている。

 エリンが手綱を引くと、魔牛は「ヴモォオオオオ!」と叫びを上げて走り出した。


「乗り心地も悪くないな」


 ドワーフたちが車輪にゴムを貼るなどの工夫をしてくれているので、揺れが最小限に抑えられている。

 流れる車窓を見ていると、まるで列車に乗っているような気分になる。


 しかし……。

 当然の権利とばかりにレナ姫は、タダシの膝の上に頭をもたれさせたままだ。


 ちょっと落ち着かない。


「なかなかいい景色だぞ。レナも、車窓を見てみないか?」

「……ここがいい」


 一緒に寝るようになってから、すっかり懐かれてしまった。

 フジカがタダシに声をかける。


「レナ姫様も、怖いのかもしれません」

「怖い?」


「ええ、魔王の侍従長であった私ですら足が震えております。凶暴な魔牛が人を乗せて走るなど、信じられないことです」

「俺かクルルがいれば大人しい魔獣なんだけどな」


 魔牛が引く牛車は、馬車などよりよっぽど馬力があって速い。

 それでもクルルに乗るよりは遅いのだが、さすがに数百人もいる吸血鬼の女官たちを全員乗せて移動するのは無理だ。


 だから魔牛車に乗せたのだが、吸血鬼たちが怖がっているなら、途中で休憩を入れて安心させる必要があるだろう。

 吸血鬼の女官たちを乗せて走る魔牛車の向かう先はタダシ王国の中心、王城である。


 数百人もいる吸血鬼の女官たちをどうするか協議したのだが、王城に勤務するメイドや侍従がまだ見つかっていないのでそのまんま王城に務めてもらえば都合が良いだろうという話にまとまったのだ。

 兵士といい仲になった一部の女官は残ることを許したが、残りの女官たちは全員付いてきている。


 魔王の侍従長であったフジカは、そのまんまタダシ王国の侍従長になるわけだ。

 タダシ王国の王宮が魔族方式になってしまうが、例のシリコンブラを除けば必要もないのに風呂に頻繁に入る吸血鬼たちの作法はタダシの故郷にも近いので、割と問題なく馴染むかもしれない。


 タダシが、レナ姫の柔らかい金髪を撫でてやっていると、フジカとシンクーが相談している声が聞こえた。


「シンクー様、つかぬことを伺いますが本を手に入れることは可能でしょうか」

「猫耳商会はなんでも仕入れられるニャ。お好みなら絵本から百科全書までなんでも揃えて見せるニャけど、どんな本がいいニャ?」


「本ならなんでもいいのですが、出来る限りたくさんの本を揃えて欲しいのです。魔王城から逃げるのに余計な荷物など持ってこれなかったのですが、レナ姫様は本がないと眠れないのです。現状、タダシ陛下にご迷惑をお掛けしておりますので」


 タダシは、レナ姫に聞く。


「そうなのか?」

「……本好き」


 本なら何でもいいっていわゆる愛書家ビブリオフィリアというやつか。

 レナ姫にも意外な一面があるものだなと思っていると、フジカとシンクーの会話は続く。


「なんなら城に図書室ができるくらい揃えられるニャけど、本は高級品ニャ」


 その言葉に、思わず振り返って「金を取るのか?」と言ってしまう。


「タダシ陛下、うちらは商人ニャ。ただというわけにはいかないニャ」


 そう言うシンクーに、フジカは胸元からシュポっと大きな紫色の宝玉を取り出す。


「では、これで」

「これは凄い魔石ニャ!」


 それを見てタダシが尋ねる。


「ただの宝石じゃないのか?」


 いわゆるアメジストと言われる宝玉のように見えるが、これが魔石なのか。


「魔石も宝石とも言えなくもないニャが、これは強大な魔力が秘められている魔石で宝石よりも貴重ニャ」


 魔石は、魔力の強い魔族が死んだ時に残す人族でいえば心臓のようなものだ。

 大抵は死ぬ時に砕け散ってしまうが、強力な魔力を残す魔石が取れることもあるらしい。


「ふうん……」


 あと、フジカの胸元にどれだけアイテムが秘められてるのかとかも気になったが、やぶ蛇になりそうなので黙っておくことにした。


「それにしても、タダシ陛下は民に慕われてますね」


 急にフジカがそんなことを言い出すので、タダシは車窓を眺めて納得した。

 タダシの乗る魔牛車が通りかかると、街道沿いの村々から村人が「王様の魔牛車がきた!」と総出で集まってきて頭を下げにやってくるのだ。


「そんなことしなくていいと言ってるんだけどな」


 タダシが窓から大きく手を振ってやると、ワッと歓声があがる。

 これが最初、ずらりと土下座されて困ったものだった。


 大名行列じゃあるまいしと、慌てて触れを出して止めさせたのだ。

 まるで時代劇だと思うが、ここはそういう古い価値観が残る世界だ。


「俺よりも、農業の加護を与えてくれたクロノス様に感謝して欲しいんだけどな」


 そう言うタダシに、イセリナが言う。


「もちろんクロノス様の信仰は広めてあります。各村では大理石で作ったクロノス様の神像を飾り、農民たちは花を供えて毎朝お祈りしております」

「そうか。それはよかった」


「ただ、一緒にタダシ様の像も飾ってあったりしますが」

「いや、クロノス様だけでいいんだけどな」


 感謝の表れなので、止めさせるかどうかはちょっと考えてしまうが。

 ともかくクロノス様に信仰が集まれば神力が高まり、タダシの農業の加護もより強くなる。


 困窮する流民を助ければ助けるだけ、巡り巡ってタダシのためにもなっているというありがたい話だった。

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