第119話「聖姫アナスタシアの結婚」
アラフ砂漠……いや、もはやタダシの大開拓により潤沢な農業地帯と代わりつつあるのでアラフ高原とでも呼ぶべきか。
ともかく、そのアラフ高原の中央にある農業都市ハーモニアで、タダシと聖姫アナスタシアの結婚式が行われようとしていた。
かつてあったアラフ峡谷は、農業神の厚い加護のおかげか清い川の流れる緑豊かな渓谷と代わり、辺り一面は実り豊かな農地が広がる。
すでに、街の人口は五万人に達している。
その住人の多くは、魔族である
ようやく自分達の安住の地を手に入れた彼らは皆一様に喜んで、今日の結婚式のために作られた教会の前でお祭り騒ぎをしている。
お祝いに参列した人々に、タダシと聖姫アナスタシアが手を振って応える。
そんな和やかな空気の中で、壇上の前に立った聖姫アナスタシアの演説が始まった。
「皆さん、この豊かな農業都市は、タダシ様が諸民族の融和と平和の願いを込めてハーモニアと名付けられました。この街で作られ送られた大量の食糧は、聖王国の内地を飢えより解放し、人々の
最初はざわついてきた民衆も、聖姫アナスタシアの言葉に聞き惚れる。
「……かつて敵であった魔族と、迫害されていた獣人が、タダシ様とともに築き上げた街が聖王国の民を救ったのです」
タダシの農業の手伝いに、街の建設にと……。
一緒に頑張ってきた
「私はタダシ様の元で知りました。魔族も、獣人も、我ら人間と変わりない存在だということを。我らは、ともに助け合い協調し合うことができる、それがこの街ができた意味なのです」
聖姫アナスタシアを祝福するように、天から銀色の光が差し込む。
その温かな光に手を差し上げて、聖姫アナスタシアは力強く言った。
「今日、私はタダシ様と結婚し、また聖王として即位し、聖王国を束ねる者として宣言致します。諸民族の融和と、恒久の平和を! 全ての民とともに成し遂げることを!」
せっかくの演説だが、後ろの方からざわめきが広がり、その声は次第に大きくなり騒然となる。
「何事だ!」
聖姫アナスタシアの側で護衛騎士を務めている月狼族のルナが、部下の報告を聞く。
「それが、街が聖王国軍に包囲されています」
「同じ聖王国軍にだと!」
教会前の広場に進み出て現れるのは、完全武装したマズロー騎士団長率いる神聖騎士団の一団と、ダカラン大司祭率いる教会貴族達だ。
「静粛にしろ! この街は我々神聖騎士団が完全に包囲した!」
そう叫ぶマズロー騎士団長に向かって、壇上から聖姫アナスタシアが叫ぶ。
「マズロー、何のつもりですか!」
「それはこちらの言いたい言葉です! 聖姫様には失礼申し上げるが! 聖王国民の誇りを踏みにじり、獣人をも騎士として召し抱えるあなたに、聖王国を束ねる資格はない!」
「そこまで言いますか。ならば、どうします!」
「聖姫様に今一度、考え直していただきたい! そこにおられる聖王様にもです!」
何を勝手なと怒りだそうとする聖王ヒエロスを、聖姫アナスタシアは手で制する。
これは武力を持ってした
この場を一人で抑えられないようであれば、それこそ自分は聖王は務まらないと聖姫アナスタシアは思い、なおも冷静に説得する。
「そう言うからにはマズローも、我らを同士討ちさせて帝国に利するつもりはないのですね」
「そのとおりです。私は、あくまでも誇りある神聖騎士マズロー・クレイギーだ。帝国に寝返るつもりなどない!」
「では、誇りある神聖騎士団に問いましょう。私に反対する貴方達の考えが、魔族を敵とし、獣人を蔑む貴方達の行為が、創造神アリア様の望むものだと思うのですか!」
「聖王国は、初代の聖王よりずっとそれを伝統として守ってきた。我らこそが、創造神アリア様とともに生まれた始まりの民だ!」
「私は、創造神アリア様にも他の神々にも拝謁を賜り、その御心を聞いたのです。その御心に従って今の改革を行っているのです」
「嘘だ! 私は信じないぞ!」
マズロー騎士団長は
しかし、その目を正面から見据えて聖姫アナスタシアは言う。
「貴方達は、この街を見て何も思わないのですか」
「どういうことです!」
「この地にアラフと名付けて聖地とされたのは初代聖王です。しかし、砂漠に飲み込まれたこの地を治めることはできなかった」
「それがどうしたのか!」
「貴方達も本当は気がついてるのではないですか。ほんの少しの間に、渇ききったアラフ峡谷が、豊かな水を讃える峡谷と変わり、砂漠がこの様な緑あふれる高原ともなった。この街の起こりに比べれば、聖王国の歴史など大したものではない」
「
「新たに聖王となる私だからこそ言うのです。しかと目を開けて、目の前の光景を見なさい。この御業を見ても、まだアリア様の御意思を疑うのか!」
天から降り注ぐ白銀の光が、聖姫アナスタシアを包み込む。
銀髪の髪はキラキラと美しく輝き、その姿はまるで創造神アリア様を思わせるほどであった。
「だ、団長。これは、まずいんじゃ……」
「何を言うお前達! これは、聖騎士としての誇りの問題なのだぞ!」
聖姫アナスタシアの白銀の輝きに威圧されて、膝を付く団員が出ている。
「マズロー、貴方は聖王国の伝統と言いましたね。創造神アリア様の御意思を聖王が民に伝え導く。これこそゆるがせにしてはならない伝統です!」
「しかし、それでは我ら騎士の誇りは……」
「私は神聖騎士団の誇りを
ついに、マズロー騎士団長まで「むむ……」と呻いて、膝を屈してしまった。
「おい、マズロー!」
これはまずいと、ダカラン大司祭が声を上げる。
「ダカラン大司祭。今回の首謀者は貴方ですね」
「は、はい……」
これはまずいとダカラン大司祭は顔を青くする。
マズロー騎士団長を焚き付けて、聖王国軍を動かしたのは自分だ。
周りを見れば、教会貴族達はみんなそっぽを向いている。
責任が全部、ダカラン大司祭にかかっている。
「マズロー達はわかってくれたようですが、貴方達教会貴族はどうします」
「そ、それは……」
「聖王たる私に無断で軍を動かした罪は免れませんが、反省しているのであれば軍権を手放すだけで許します。聖王家の名において、所領を安堵し命も保証しましょう」
「ハハッ! アナスタシア様のこたびの聖王就任、謹んでお喜び申し上げます」
ついに、保守派のトップであるダカラン大司祭までもが屈服させられてしまった。
慌てて、教会貴族達も皆、新たなる聖王に膝を屈して口々にお祝いを述べる。
来賓席で、商人賢者のシンクーがほくそ笑んでいる。
「さすが聖姫様ニャー。軍権さえ取り上げてしまえば、保守派はどうにでも成るニャー」
タダシが、それに気がついて聞く。
「もしかして、これはシンクーの入れ知恵か」
「向こうがその気だってわかってるんだから、こっちもスパイくらいは送ってるニャ」
あらかじめ、神聖騎士団の中に自分達に寝返った者を潜ませておいて、聖姫アナスタシアへの屈服を演出したらしい。
一部が崩れれば、全体が崩れるのも無理はない。
そこまで準備済みだったとは、さすがはシンクーだなとタダシは呆れるが……。
「少々荒々しいけど、アナスタシアさんの聖王就任のいいお披露目になったか」
一件落着。
そうタダシが思ったその時だった。
どこからともなく現れた邪悪な影がある。
禍々しい瘴気に身を包んだ暗黒騎士が、ゆっくりとこちらへと歩いてきて叫んだ。
「おいおい! こんな茶番劇で終わりとか笑わせるなよ!」
タダシは、どこかで見たことある顔だと思って……思い出す。
「あいつは、アナスタシアさんを殺そうとした暗殺者!」
聖姫アナスタシアを守ろうと壇上に駆け寄ってきたタダシの叫びに、暗黒騎士グレイブは笑って返答する。
「自己紹介がまだだったな、俺は暗黒騎士グレイブだ! おーい、聖姫様よ! 俺だって聖王国の騎士なんだから、当然話は聞いてくれるんだよなあ!」
「暗黒騎士グレイブ! 月狼族を虐殺し、ルナを傷つけた貴方と、話すことなどありません!」
そう言う聖姫アナスタシアに、もちろん冗談だと笑って見せて、パチンと指を鳴らす。
すると「うああああああ!」と、神聖騎士団の一部の騎士が苦しげに自分の首を抑えてのたうち回りだした。
「何をしたのです!」
「神聖騎士団の酒に、ちょっと混ぜものをさせてもらった!」
暗黒神ヤルダバオトの呪いがかかった丸薬を酒と一緒に飲み込んでしまった騎士がいたのだ。
マズロー騎士団長は「だから、大事の前には酒を飲むなと命じたのだ!」と、怒り狂っている。
しかし、それを超える騒ぎが発生した。
街からも見える巨大な岩山を吹き飛ばすほどの、巨大な爆発が起こったのだ。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!
空を真っ赤に染め上げる凄まじい爆炎とともに、巨大なキノコ雲が上がる!
皆、唖然としてそちらを見る。
一人余裕の笑みを浮かべるのは暗黒騎士グレイブだ。
「おー、始まったな!」
「何をしたのです、暗黒騎士グレイブ!」
聖姫アナスタシアの叫びに、暗黒騎士グレイブは手を広げて呵々大笑した。
「何をしただと? これから始まるんだよ! 面白い見世物がなあ!」
ズゴォオオオン! ズゴンズゴンズゴンズゴォオオオン!
再び凄まじい爆発が連続的に巻き起こる!
突如、空から飛来した巨大な魔獣グリフォンの群れが見えた。
どうやら、あの爆発はそいつらが起こしているのだ。
美しいアラフ渓谷が、次々と連鎖的に爆破されて崩れていく姿に、ハーモニアの街の人々は戦慄した。
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