第42話「タダシの秘策」
公国軍の怒涛の襲来。
これまでの公国の横暴さを見て、タダシはこうなることを半ば予想していた。
だからこそ、港には万が一に備えて急速離脱できる人数しかいなかったのだ。
「しかし、できれば予想は当たって欲しくはなかったなあ」
公国軍は、タダシ王国への侵略を続けている。
クルルにまたがって各地を強行偵察してきたエリンが叫ぶ。
「ご主人様、敵の総数は二万を越えてる。騎士もおそらく三千はいるよ」
「ああ、ここからでも見えるね」
それだけの軍勢を乗せた四百隻を超える軍船が、嘆きの川を上ってくる。
一方で、タダシの王城にいる軍勢は、接近戦が獣人の戦士隊が千名。
ドワーフや人間で構成された戦士隊が千名。
飛び道具を得意とする海エルフの弓隊が千名。
魔術を得意とするケットシーの部隊千名。
全て合わせても、たかだか四千程度の軍勢だ。
相手は、戦に慣れた五倍もの数の公国の大軍勢。
公国軍の情報は商人賢者シンクーが徹底的に検討して、作戦は練ってきた。
それでも必ず勝てる保証はないから、戦いの得意でない民衆は奥地に逃げてもらっている。
ここにいるのは、みんな国王であるタダシと運命をともにすることを選んだ人たちだ。
正直、王城の防衛も心もとない。
「王城といっても、砦の周りに急場しのぎに魔鋼鉄の壁を張り巡らせただけだしな」
「さて、タダシ陛下。どうされますかニャ」
嘆きの川を
「前に言ってくれただろう。俺にもできることがあるって」
「はい、うちはタダシ陛下が必ず勝利されると信じておりますニャ」
タダシは、ずっと考えていた。
公国軍が全軍で攻めてきたとして、どうみんなを守ればいいかと。
そして、すでに敵を倒す覚悟は決めた。
これまでみんなで築いた村を、街を、王国を、横暴な人たちに踏みにじらせることはできない。
「だから、俺にできることを今からやってみるだけだ」
これは戦争だ。
これからタダシは、非情の決断を下さなきゃならない。
「あ、タダシ陛下お待ちを」
敵が迫りくる川へと歩きだしたタダシを、シンクーが呼び止める。
「ん?」
振り返ったタダシに、シンクーはチュッとキスをした。
「この戦いに勝ったら、うちもタダシ陛下のお嫁さんになってあげるニャン」
見事な決めポーズに、タダシは笑ってしまう。
「もしかして、それずっとやろうと狙ってた?」
「ニャハハ。前にエリンさんがやってたのを見て、うちもここが一番の美味しい見せ場じゃないかニャーと」
「うーん、でもキスと告白の順番が逆じゃないかな?」
「タダシ陛下の場合、先に既成事実を作っておけばノーと言えないニャ」
「さすが商人賢者、心を見透かしてくるね。ありがとう。おかげで少し気持ちがほぐれたよ。そのためにおどけて見せてくれたんだろう」
「ニャハハ、どうだかニャー」
「じゃあ、頑張ってくるよ」
これまでのことを思い出しながら、タダシは一歩一歩川へと進む。
縁があって集まり、こうしてタダシと共に戦ってくれる仲間。
辺獄に来てから、ずっと一緒に成長してきたフェンリルのクルル。
そうして最後にタダシのために必死になって、生きる術を教えてくれた農業の神クロノス様の言葉を思い出す。
――ここは神の恵みから見捨てられた
――辺獄を流れる嘆きの川は猛毒に汚染されておる。まともな人間は住めんのう
――農業の加護では、水や土壌を浄化することができる。
そう、タダシの加護の力で、人の住めなかった辺獄と猛毒に汚染された嘆きの川は浄化された。
それなら、逆もできるはずだ。
浄化できたのだから、当然ながらそれを元あった姿に戻すこともできる。
タダシが川の水に手を触れると、川の水は見る見るうちに元通りのどす黒い濁水へと変わっていく。
そうして、元通りになったのは嘆きの川だけではなかった。
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