第41話「戦争勃発」

 海岸沿いの村々の占拠を終えて、再び軍勢をまとめたオージンは河口までやってきていたマチルダと落ち合う。


「閣下、海岸線の村々は全て占拠しました。途中、予想通り魔獣の攻撃にあいましたが撃退しました」


 やはりいくさは数だ。

 いくら強大な魔獣であっても、二万を超える軍勢に勝てるはずもない。


「さすがはオージン、見事な手際だ」

「村々には食糧も豊富にあり、これで補給も整いました。お味方大勝利です。ここまでにしてはいかがですか」


「ここまでとは?」

「魔獣以外の抵抗がなさすぎました。村の住人はおそらく内陸部へ避難しているのでしょう」


「これ以上攻めれば、敵の罠があると言うのか」

「ご賢察けんさつのとおりです。物見の報告ではこの嘆きの川の中央部に、城が建っているということ。おそらく敵の本軍はそこに集結しているかと思われます」


「ならば、あの大野タダシとやらもそこにいるか。すぐに攻めるぞ」

「閣下! 敵はこちらの予想もしないような罠を張って待ち構えているのかもしれませんぞ」


「ここまでしておいて戦を止められるか。オージンにはわからんか、辺獄の最大の宝はあの男よ」

「あの農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターを持つ大野タダシですか?」


「この豊かな畑は、みんなあの男が作り出したものだ。あの男だけは絶対に生かして手に入れたい」

「それは、あまりにも危険すぎます!」


「なに、加護が勝ると言っても農業の加護ではないか。戦闘力があるわけではないだろう。タダシを捕らえて公国のために働かせてやろう。そうすれば、全ての問題が解決する」


 英雄の加護も持っているとは言っていたが、たかが☆一つだ。

 騎士国であるフロントライン公国では特に、農業や鍛冶の加護は低く見られている。


「それでも☆を九つ合わせ持つ男ですぞ。それに、複数の加護を持つというあたりが気になります」


 オージンが集めた風評では、直接神を降ろした真の王だなどという話も聞いた。

 神に直接加護を与えられた転生者の中でも、その意に適った本当の救世主だけが起こせる奇跡だ。


 そうであれば、とんでもない異能を持っているかもしれないし、恐ろしいマジックアイテムを所持している可能性もある。

 複数の加護を持つことによる相乗効果はどうか?


 やはり考えれば考えるほど、この戦争は深入りするリスクが高すぎる。

 急に神に見捨てられた土地ではなくなった辺獄のことも、前代未聞の加護を持つ大野タダシの能力も、公国には何もわかっていないのだ。


「私は油断などしていないつもりだ。それ故に兵力を小出しにするような愚はもう犯さぬ。全兵力を以って、敵の城を囲み一気に攻め滅ぼしてくれようというのだ」

「閣下、私が特使としてタダシ王国と交渉してきます。今なら、我々が勝っております。占領したこの豊かな土地を我がものとして兵を養い、魔王軍に勝利する。それで良いではありませんか!」


「バカを言うな。敵の罠があると言ったのはお前ではないか、オージンを一人で行かせるわけにいくか」

「私が敵の罠にかかって死んだとすればそれだけのこと、しかし……」


 魔王国の脅威もあるこの状況で、もし公国軍の本軍が再編不可能な程の大打撃を受ければ、公国そのものが滅びる。


「そもそも罠などないかもしれないではないか。できたばかりの国に、そんな物を用意する時間はなかったはずだ」

「それは、あまりに自分に都合のいい考えというものです。そのような用兵をしてはいけないと、私はずっとお教えしてきたではありませんか!」


「今更教師面か。確かにオージンは私の師だが、戦は畢竟ひっきょう数で決するとも習ったぞ。どんな罠を張ろうと、敵にはその数がないのだ」

「それも希望的な推測にすぎません!」


「占領地を維持する小数の兵を残して、公国軍の全軍を持って川沿いにある城とやらを一気に落とす。これは決定事項だ!」

「ああ、どうかお待ちを!」


 動き出した軍はもはや止まらない。

 オージンの制止を振り切り、マチルダはついに公国軍の命運を決める選択をしてしまった。

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