第50話「お風呂回Part2」☆

 タダシ王国でお風呂場が充実している場所は、一番には王城なのだがその次はこの鉱山村だ。

 なにせ生活に必要な日用品や、新しい技術の開発、国家を運営するために重要な鉱山鍛冶労働に従事している人々が住んでいるのだ。


 重労働に報いるため、鉱山村で働いている人が日々の汗を流せるようにいろんなタイプの大浴場が作られ質、量ともに充実している。

 手動ポンプで井戸から直接大釜へと上げて、適度に熱したお湯をガンガン湯船に流す給湯システムも、まだここにしかないものだ。


「ふふ、そして……」


 なんとお湯に青々としたエリシア草が浮かんでいるのだ。

 エリシア草の一大産地になっているタダシ王国だからこそできる贅沢。


 菖蒲湯しょうぶゆならぬエリシア湯。

 薬湯だけではなんなので香り付けに柑橘系の果物なども浮かべている。


 エリシアの湯は芯から温まってこわばった筋肉がほぐされ、疲労が脳天から湯気とともに吹き飛んで元気になる。

 今日も忙しく立ち働いたタダシは、愛する妻たちとともに湯船で疲れを癒やす。


「タダシ陛下、来ちゃいました」


 そこにバタバタと押しかけてきたのは、フジカ率いる百人を超える吸血鬼の女官たちだ。

 わざわざ吸血鬼族用の大浴場も確保してやったのに、タダシたちの風呂場に来たのはまだいいとしよう。


「なんで、さっきのシリコンブラ付けてないんだよ!」


 海エルフの水着といい、せっかくの衣装を活かそうよ!


「ああ、もしかしてタダシ陛下の目の前でペロッとめくったほうが良かったですか」

「いやそういう活かし方をしろとは言ってない!」


「でも、お風呂って裸で入るものですよね」


 そう改めて突っ込まれると、グッとなってしまうけど。

 そりゃそうだけども!


 そうは言いつつ、さっきのフジカの「血を吸うと好きになってしまうんです」発言からこうなるんじゃないかと予想していた。


「まあ、来るとは思ってたよ。こっちには秘密兵器があるんだからな。謎の湯気発生装置始動!」


 ザバッと風呂から上がったタダシが壁のレバーを引くと、熱した石に水が降り注ぎシューシューと、謎の湯気がお風呂場全体に広がってフジカたちを覆いつくす。

 タダシの対お風呂回用秘密兵器、謎の湯気発生装置である。


 なんで生産王はこんなおかしな物を創るんだとオベロンたちドワーフの技術者に小首をかしげられたが、この技術はサウナルームを作るのに役立ったりもしている。

 たぶん謎の湯気が発生してるアニメのお風呂場とかも、これを使ってるに違いない。


「なんだかとても心地よい湯気ですね」


 そりゃ、サウナみたいなもんだから気持ちいいだろう。

 まったく謎の湯気の助けがあってもなおフジカの色香はものすごいし、レナ姫は別の意味で目を向けると罪悪感がある。


 視線を背けようにも、その後ろに百人を超える女官たちがずらりと揃っているので視界が肌色過ぎて視線を床に落とすしかない。


「それよりフジカ、茶番はもういい」

「はい?」


「魔王国の内部事情を話してくれるつもりなんだろう。風呂はよそ者に聞かれる心配もないから、密談するにはちょうどいいだろうしな」


 俺が湯船に再び浸かりながらそう言うと、フジカは目を見開いた。


「はい、そのつもりでした。お若く見えるのに、タダシ陛下は大層な慧眼けいがんであらせられますね」

「職業柄、人の顔色をうかがうのは得意なつもりだ。フジカは、さっきから話をしたくてウズウズしているって顔だったからな」


 王ではなく、前世に社畜をやってる時のスキルだけどな。

 こう見えても四十年の人生経験があるから、タダシにとっては魔王の侍従長をやっていたという諜報戦に長けるフジカでも若い娘のようなものだ。


 フジカは、湯船にするりと入ってくると話し始めた。


「人族が大雑把に魔王国と呼んでいるアヴェスター大陸の西側の地域を、我々は魔界と呼んでいます。魔界には、大きくわけて二十四種族を治める魔王がおり、細かく分けて千を超える種族が各地に住んでおります」

「二十四人も魔王がいるのか!」


 それは、話がかなり複雑になってくる。


「正確には居たということになります。魔界にも戦乱の歴史があり、相争う各種族は分裂と集合を繰り返して今では大きく分けて三つの国に分かれて、それを三大魔王が治めております。他には魔族の神ディアベル様を奉じる魔教会など小さな独立勢力もありますが、ともあれ我々アンブロサム魔王国は魔界の南方の広い領域を支配していました」


 戦乱の歴史があって、三つの国に分かれてるって三国志みたいなものかな。


「聞いてみれば、その辺りは人族の側とそう大差ないな」

「敵が人族の国となれば魔族の国は曲がりなりにも協力しますから、人族からは単一王国に思えたのでしょうね」


「なるほど。三大魔王というからには、魔王ノスフェラートは相当強かったんだろう。魔公ヴィランだったか、どうして配下に負けたんだ」

「それがどう考えてもおかしいのです。死霊族の長であるリッチモンド宮中伯の裏切りにより魔王城の守りが崩され、我々吸血鬼の一族が危機に陥ったことは確かです。しかし、通常であれば不死の魔王ノスフェラート様が魔公ヴィランに負けるはずがありません」


 魔公ヴィランが強大な勢力を持つ魔人族を率いる魔王国一の武断派とはいえ、当人に与えられた加護の星の数は☆☆☆☆フォースター

 吸血鬼属を始めとしたアンデッドの全てを束ねる魔王ノスフェラートはもちろんのこと、最高位の☆☆☆☆☆ファイブスター


 このアヴェスター世界の個人戦において、☆の数の違いは絶対的だ。


「魔王ノスフェラート様の振るった魔王剣紅蓮ヘルファイアは、一振りにして街を焼き尽くすほどの獄炎を発生させます。紅蓮ヘルファイアの一撃を浴びて魔公ヴィランは確かに倒されたはずでした。しかし、おぞましき暗黒の瘴気に魔公ヴィランの身体が膨れ上がったと思うと、次の瞬間に私が見たのは魔王様が首をネジ切られるところでした」

「それは、なんというか酷いな」


 その様子を魔王の娘であるレナ姫も見てしまったのか。

 そう思えば、レナ姫も不憫……おっと、視線を向けてはまずかった。お風呂場はやりにくい。


「しかも、目撃した私の目が間違っていなければ、魔公ヴィランの手の甲に謎の黒い星が五つ増えていたのです」

「謎の黒の星だと?」


「禍々しい真っ黒い★の文様でした。あんなもの、アヴェスター世界の神々の加護ではありません」


 よく勘違いされるのだが、魔族といっても邪悪と決めつけていいものではない。

 タダシたちだって魔力を聖力と同じように使っている。


 聖魔は属性が違うだけで神力を元にした加護の力であることに変わりはない。

 しかし、フジカが見たこともない加護とは……。


 それが何の加護なのかはともかく、五つ増えているとなると魔公ヴィランの加護の☆の数は九つ。

 規格外の☆の数を持つ生産王タダシと、同等の数の加護を保有するということになる。


「魔王様が殺された時、その手から零れ落ちた魔王剣が私のところに転がってきたのです。私はそれを掴むと、姫様の手を引いて後を振り返らずに逃げました。吸血鬼の王族のほとんどがその時、魔公ヴィランの追手によって葬られましたが、魔王剣紅蓮ヘルファイアの力が私達を追手から守ってくれました」

「つまり、レナの父親の形見ということか。そんな剣を俺に渡していいのか」


 フジカは、真剣な顔で頷く。


「今から思うと魔王剣紅蓮ヘルファイアが私のところに転がってきたことも、辺獄へと無事に逃れられたことも、全ては偶然ではなくこの剣の力で王族最後の遺児であるレナ姫様をお守りせよという魔王様の遺志だったのだと私は考えています。それならば、魔王剣はその遺志を継ぐ者の手にあるべきでしょう」

「確かに、俺はお前たちを守ると約束はした。その証というのなら、この剣は預からせてもらおう」


 魔族である吸血鬼族は、まだタダシ王国では信用されていない。

 それを考えれば、魔王剣はタダシが預かっていたほうがいいだろう。


 料理包丁としてはとても便利だし……。

 そんなことを考えていると、フジカがそっと身を寄せてきた。


「私達は確かに信用されておりません。ここは、若干性急ではありますが我々がタダシ陛下の庇護下にあるということをわかりやすく示す必要があるのではないでしょうか」


 フジカに色っぽくしなだれかかられてここまで言われてしまっては、タダシだって何を言っているのかわからないととぼけるわけにもいかない。


「そんなに誘惑されても、受け入れられんぞ。俺はすでに魅力的な妻たちに囲まれているのだからな」

「魅力的な奥方とはあれですか?」


 イセリナが、血を吸われた女官に追いかけ回されて騒いでいる。


「いやー! 私にそっちの趣味はないと言ってるでしょう!」


 さすがにあれはタダシは苦笑するしかない。

 女同士のレスリングが始まって、おっぱいがぶるんぶるん揺れてるけどもエッチというよりも笑ってしまう。


「イセリナは、いつもは魅力的なんだよ。たまにあんなふうにポンコツになるけども」

「そうですか。ではせめてものお礼の気持に、陛下のお背中を流させてくれませんか」


「それくらいならいいが……」

「では、前からいきますか。それとも後ろから?」


「いや、それはおかしいだろ。背中を流すっていったよね?」

「アハハ、冗談です」


 まあせっかくのご厚意なので、タダシはフジカに背中を流してもらうことにした。

 吸血鬼たちも初代の魔王の習慣とやらでお風呂はあるらしく、石鹸で泡立てるのも手慣れたものだったのだが……。


「おい、タオルを使わず直接手で洗うのか」

「こっちの方が綺麗になりますから」


「おいおい、胸を背中に押し付けるな!」


 これはまた、大きさはイセリナに負けるが張りがあって、いやいや何を考えているんだ。

 誘惑に負けるな。


「こう言うと奥方様には悪いですが、タダシ陛下は王なのですから妾妃しょうきという形でいかがでしょうか?」

「だから、そういうのはだめだと言ってるだろう! きちっと結婚しないと何もしない。これでも俺だって譲歩してるんだ」


 今でも一夫多妻ってどうなんだろうと思うんだが、島の風習だって言うから受け入れているだけで、これ以上流されてズブズブといくつもりはない。

 だいたい昨日、獣人の勇者エリンと、商人賢者シンクーと結婚したばかりなのだ。


 それでもう、嫁さんは合計九人。

 手に余るというつもりはない。手を出した以上責任はしっかり取るつもりだが、だからこそ軽々と受けられないということはある。


「では、結婚を形だけでもすぐするわけにはいかないのですか」

「すぐには無理だな。うちの国では神前結婚式の方式を取っている。定期的に神を降ろす祭りをやっているのでその時でないと無理だ」


 本当は民の結婚をいちいち祭りの日まで待たせるわけにもいかないから指輪と百合の花の交換だけですぐ認めているのだが、今日会ったばかりのフジカにいきなり結婚とか言われてもタダシも困るのでこういう言い訳をしておく。

 だいたい昨日、神降ろしの祭りと結婚式を大々的にやったばかりなのだ。


 忙しい神々を毎日呼び出すわけにもいかない。

 しかし、魔公ヴィランの謎の黒い星のことは気にかかるから豪華な料理を用意して、農業の神のクロノス様だけにでも来てもらう必要はあるか。


 クロノス様には、何かあればいつでも呼んでいいとは言われている。

 数日経てばもう血を吸われた影響も落ち着いているだろうし、それでも求められるようならばフジカとも結婚するのも悪くはないのか。


 いやいや、何を考えているとタダシはかぶりを振る。

 血を吸われたせいで、タダシもフジカの色香に魅了されてしまっているのだろうか。


「フフッ、わかりました。タダシ陛下も我慢されていらっしゃるようなので、我々も今回は我慢いたします」


 フジカが前を覗き込んでそう言うので、タダシは慌ててタオルで隠して立ち上がった。


「俺はもう上がる。お前たちは、エリシア湯にゆったり浸かっておけ。エリクサーとは違う意味で疲労を癒やす効果があるから」

「はい。お気遣いありがとうございます。こんな贅沢、魔王城でもできませんもの。堪能させていただきます」


 そう素直に受けるフジカに、タダシは頷くと。


「だから、私にそっちの趣味はないって何度も言ってるでしょー!」


 そんなイセリナの叫びがこだまする酷い状況になっているお風呂場じごくから、そそくさと退出するのだった。

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