第49話「タダシ王の料理」

 食事をする人数が多いことを考えると、凝った料理はできない。

 とりあえず、巨大なまな板の上に魔牛の肉をドスンと出したところで考える。


「あ、そうだ。さっきもらった剣、使ってみるか」


 たしか、魔王剣とか言ったか。

 フジカの手から受け取った時に、なんとなくこれ料理に使えそうって感じがしたのだ。


 魔牛の肉は大きすぎて、まず切り分けるのに斧を使うくらいなので威力の強い剣なら丁度いい。

 一応綺麗に洗ってから、魔王剣を構えて見ると剣が紅蓮に発熱してくる。まるでヒートソードだ。


 刃を当ててみるとジューと音を立てながら凄まじい煙が上がり、肉がゆっくりと切れてくる。

 驚いたことに切れた肉は、すでに綺麗な焼き目がついているのだ。


 試しに一切れ食べてみてタダシは目を見開く。


「一瞬で美味しい焼き肉になっている! これは驚いた、中からじわっと美味しい肉汁が出てきてローストビーフっぽい風味が出てるぞ。凄いな魔王剣!」


 一瞬で肉がいい感じに焼けたり、ましてやローストされるなどありえないのだが、マジックバッグのことを考えれば魔法で何でもありの世界だ。

 魔王剣の周りで時空が歪んでいるのかもしれない。


 そう言うタダシに、フジカたちも赤い瞳を大きく見開いて言った。


「驚いたのはこっちですよ! 魔王剣紅蓮ヘルファイアのこんな使い方、見たことありません!」

「でも、本当にローストビーフになってるから、食べてみてよ」


 食べさせてみると、フジカも叫ぶ。


「あら美味しい……いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないです! 魔王剣紅蓮ヘルファイアは使用者の魔力によって性質や威力を変えますが、料理に使う人なんて初めて見ました。なんで誰も驚いてないんですか!」


 イセリナたちが、ビックリしているフジカを温かい目で眺めて話している。


「私達も、最初はあんな風に驚きましたねえ」

「そりゃご主人様だからね」

「タダシ陛下らしい、平和的な使い方ニャー」


 魔王剣で焼き肉を量産しながらタダシが言う。


「人によって威力や性質を変えるか、マジックアイテムって便利だな。俺は、農業神の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターをもらってるから、そのせいじゃないだろうか」

「密偵の報告ではそう聞いて信じがたいと思ってましたが、本当なんですね……」


「俺の加護の件も知ってるんだな。どうやって情報を得てるんだ?」


 タダシに質問されて、嬉しそうにするフジカ。


「あ、気になりますか。私達って基本、瞳が赤いだけで人族と変わらないのでこうすれば潜り込めるんですよ」


 胸の谷間から小さいケースを取り出したので何をするのかと思えば、カラーコンタクトで瞳の色を青く変えてしまうフジカ。


「カラーコンタクトか。そんな物まであるんだな」


 確かにこの変装なら、人族の国にも容易に潜り込めるだろう。


「私達の着ている吸血鬼メイド用の戦闘用衣装バトルスーツと同じくアンブロサム魔王国の始祖の魔王ヘルファイア様がお作りになられた偉大なる利器の一つです」


 フジカが誇らしげに言う。


「ヘルファイア、魔王剣と同じ名前なんだな。もしかして、初代の魔王は特殊な加護を持った転生者か?」

「その通りです。タダシ様と同じくということになりますね」


 そこも知っている。

 フジカの仕えていた魔王様というのがよっぽど情報戦に長けた人物だったのか、それとも人族の国の側がマヌケなのか。


 その両方の可能性を考えていかなければならないと、フジカは警告してくれているのだろう。


「これだけ人族側が一方的に情報を抜かれていることを思うと便利な変装道具だが、もうちょっとまともな物を作ればいいのに」


 シリコンブラにカラーコンタクトって偏りすぎてないか、もうちょっと生活に役立ちそうな物を作ればいいのにとタダシは思う。

 魔王になるような転生者だから、よっぽどの変わり者だったんだろうか。


「始祖の魔王ヘルファイア様も、魔王剣紅蓮ヘルファイアを料理包丁に使うタダシ陛下には言われたくないと思いますが……」

「まあ、美味しい料理ができるんだからいいじゃないか。お、魔鶏の肉を切ると、ローストチキンみたいになるな。ただ剣で切っただけで、蒸し焼きっぽい風味になる魔王剣は凄い」


 今度は魔鶏の肉を出すと、ぶつ切りにしてローストチキンを量産していくタダシ。

 イセリナたちはそれに手際よく塩コショウで味付けてして、皿に乗せてソースを作ってかけたり付け合せの野菜を油で炒めて添えたりしている。


「魔王剣より、タダシ陛下の方がよっぽど凄いと思います。それにしても、陛下に料理させて見ているわけにはいきません。私たちも何かお手伝いいたしましょう」

「いや、フジカたちは休んでいろよ。長旅で疲れているんだろうから」


 それでも手持ち無沙汰らしく、フジカは聞いてくる。


「これは、魔牛の肉ですよね」

「知っているのか?」


「魔王様がよく狩りで獲ってきて、私達に振る舞ってくれました」


 レナ姫もローストビーフを少し味見して、小さい声で「懐かしい味……」とつぶやいていた。

 そうかそうかと、タダシは頷く。


「うちでは、魔牛を牧場で飼育している。何でも食うし、雌牛は美味しいミルクも出すし便利な魔獣だ。子牛もいるから繁殖できそうだしな」

「御冗談を。Aクラスの魔獣ですよ」


 暴走した魔牛の群れが魔王国の地方軍を城ごと壊滅させたという逸話すらある。

 凶暴すぎて、たとえ魔王といえども飼いならすことはできまい。


「え、そうなのか。大人しいものだけどな」


 信じられないという表情で話を聞いているフジカの手を、レナ姫が引く。


「ええ、フェンリル!?」


 そこには、その強さが神の領域にも足を踏み入れていると言われるSクラスの魔獣フェンリルがいた。

 種族によっては、神獣として崇めているほどの伝説の魔獣だ。


「ああ、クルルも肉が好きだからやっておかないと」

「クルルルッ!」


 焼いた肉をもらったフェンリルが、タダシに尻尾を振っている。

 タダシは巨大なフェンリルに、魔肉のステーキを食わせてよーしよしと頭を撫でている。


「フェンリルを餌付けしてる!!」

「ペットに先に御飯やっちゃいけないとか言うけど、うちのクルルは賢いから大丈夫なんだ。こいつも何でも食べて大丈夫だし、魔獣って飼いやすいよな」


「フェンリルをペット! それでは、魔牛を飼っているという話も……」


 信じられないが、この光景を見れば信じざるを得ない。

 タダシの腕に輝く九つの星は、伊達ではないのだと気付かされる。


 公国との戦いにも、信じられない方法で勝利したと報告が上がってきている。

 この方ならば、私達の無念も……。


 そう思ったら、フジカは思わず抱きついていた。


「いきなりどうした。そんな風にされると、料理しづらいんだが」

「すみません。つい気持ちが高ぶってしまって」


 さっきまでのクールなイメージと違うフジカに、タダシも少し当惑する。


「ご説明が遅れたことを謝らなければならないのですが、実は吸血鬼は、血を吸った相手を好きになってしまうのです」

「ええー」


「血を吸うのは魔力を補給するのと、子供を作るときだけなので刷り込みでそうなっちゃうんです。しばらくすれば落ち着くのですが」


 後ろを振り返ってみると、さっきタダシが血を吸わせた百人以上の女官たちがタダシを熱視線で見つめていた。

 タダシは、貞操の危機を感じてブルッと身を震わせる。


「しばらくっていつまでだ」

「数日もすれば落ち着きます」


「まあそれならいいか」


 イセリナも、さっき血を吸わせた吸血鬼の女官に絡まれている。

 女同士はいかにも不味いが、血を吸わせた男の兵士は吸血鬼の美女に声をかけられてまんざらでもないらしい。


 あちらこちらで、カップルが誕生しそうな雰囲気だ。

 献血しなかった男たちが、それを羨ましそうに見ている。


 吸血鬼の女官たちはみんな可愛いし、村に受け入れるのだから色んな意味で友愛が深まるのはいいことだ。

 カップル成立については、勇気を出して献血に協力したご褒美のようなものだろう。


「俺の場合、百人単位でいるから困るんだけどな」

「あの、タダシ陛下はたくさんの妻を持つお方と聞いているのですが」


「そんな情報まで魔王国に聞こえて言ってるのか。俺は結婚した相手としか、そういうことはしないからな!」

「そうなんですか……」


 そんな切なそうな声を出されても困る。


「ほら、飯ができたからみんなを呼んできてくれ。エリシア草が入った薬膳スープも作ったから、まだ肉は辛い人はこっちな」


 死にかけるほどの重体になったあと、元気に肉を食べているフジカを見ていれば大丈夫そうだが。

 吸血鬼という種族は身体も丈夫らしい。


「ありがとうございます! タダシ陛下は料理もできて素敵ですね!」

「そんな事言われてもしないから、ほら血の滴るようなビーフステーキだぞ。人数が多いから、順々に食べていってくれ!」


 物欲しそうな顔でタダシを見ている百人以上の吸血鬼の女官たちの腹を満たして、なんとかそっちの方の欲求は抑えてもらおう。

 疲労困憊した吸血鬼たちと血を提供してぐったりしている兵士たちを元気づけるために、魔王剣を振るって肉料理を追加でガンガン作って大忙しのタダシであった。

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