第48話「魔王の姫と紅蓮の剣」

 さすがは万能薬エリクサー。

 魔族である吸血鬼の傷すら癒やすこともできるが、失った生気ばかりはどうしようもない。


 フジカたち魔王に仕えた吸血鬼メイドの多くは、魔王城を襲った魔公ヴィランの追手と戦う戦闘で魔族の生命力の源である魔力を使い果たしていたらしい。

 精も根も尽き果てた吸血鬼メイド達を救うには、タダシが血を与えるしかない。


 一人の血を吸う量はさほど多くはないが、なにせ助けなければならない吸血鬼メイドの数が多すぎる。

 無尽蔵とも思えるタダシの体力ではあったが、さすがに顔色が悪くなってきた。


「タダシ様、もう無理はお止めください!」

「大丈夫だ。俺の肉体は神様の加護のおかげで丈夫にできている。彼女ら全員を救っても、血がなくなることはない。まあ少し休む」


 そう言うと、タダシは荷物からさっき余ったランチバッグを取り出してものすごい勢いで食べ始める。

 さっきのお昼の残りを食べて元気を付けながら、血肉を与えようというのだ。


「タダシ様、それは無茶ですよ!」

「イセリナ、俺はこういう時のために神様に力を与えられてると思うんだ。これしか救う方法がないならやるよ」


 イセリナは覚悟を決めて言った。


「では、私も血を吸わせます」


 兵士長のリサが叫ぶ。


「イセリナ様、それはいけません。それなら、私が吸わせます!」


 それを聞いて、兵士たちからも志願者が出た。


「王様やイセリナ様がやるなら、私もやります!」

「じゃ、じゃあ俺も!」


 タダシの懸命な姿を見て、エルフや獣人、魔族と戦ってきた人間の兵士たちまでもが、献血を申し出たのだ。


「みんなすまない! ちょっとチクッとするだけで、一人につき一人までなら大丈夫だと思う。無理はしないでくれよ」


 タダシの感覚では、一回に吸われる量は献血で抜かれる量と変わらない。

 もう何十人にも吸わせているタダシは本来なら死んでいるはずだが、そこは神様から与えられた丈夫な肉体である。


 御飯を食べて元気をつけたらまた血の気が戻ってきたので、みんなの中に入って自分も次々に血を吸わせて助けていく。

 傷ついた吸血鬼たちは数百人もいたが、集まってきた兵士たちは更に多い。


 これだけの数で助ければ、全員を救うことも容易だった。

 死地を逃れてようやく助けられて安堵した吸血鬼たちは、感極まって泣き始める。


 よっぽど嬉しかったのか、感謝の言葉を叫びながら血を吸わせてくれた兵士の腰にすがっている吸血鬼もいる。

 人族全体の敵だと思っていたのに、これが魔王の眷属と呼ばれる存在だったのかとタダシ王国の兵士たちは皆一様に微妙な表情になっている。


 ぐったりとしていた紫の長い髪の吸血鬼。

 魔王の侍従長フジカが目を覚まして、タダシの前に跪いた。


「大野タダシ様。みんなを救っていただいて、本当になんと言っていいか……」


 自害しようとしたその時ですら涙を見せなかったのに、救われた仲間を見てフジカは赤い瞳から静かに涙を零した。


「侍従長のフジカと言ったな。まだ安静にしていた方がいい。とりあえず何か温かい食べ物でも用意させよう」

「そうも参りません。大事な話を、しなければなりませんので」


 そう言うと、フジカはタダシに紅蓮の剣を丁重に差し出す。


「これは?」

「これは、魔王剣紅蓮ヘルファイアです。不死の魔王ノスフェラートの力の象徴たるこの紅蓮ヘルファイアと、アンブロサム王家の最後の後継者たるレナ・ヴラド・アンブロサム姫様。私達が命懸けでお守りしてきた最後の希望です。タダシ王には、ご迷惑かもしれませんが……」


 あとは言葉もなく、頭を伏せる。


「俺に託すというのか」

「はい。我らは、もはや寄る辺なき身。陛下の慈悲にすがり、全てをお任せするまでです」


 そう言われてもなと、俺はフジカとそれに寄り添う小柄な柔らかい金髪の姫様を見る。

 いかにもお姫様というような身なりの少女だ。


 タダシの眼を見て、レナ姫は小声で何かを言おうとする。


「あ、あ……」


 フジカが、安心させるようにそっとレナ姫の手を握る。


「失礼しました。姫様は、父である魔王様や一族が殺されるところを直接見てしまったので」

「そうか。無理しなくていいぞ、レナだったか。ここは安全だから」


 少女を怖がらせてはいけないと、腰をかがめて手を差し伸べる。


「……ありがとう、ございます」


 絞り出すように言うレナ姫の言葉にタダシは絆された。


「ああ、君たちは俺が守る。俺はそのために自分の国を創ったんだからな」


 魔公ヴィランとやらの追手がどれほどの力を持つのかも知らないのに、ついそう口にして言ってしまった。

 寄る辺もない少女の疲れ切った顔を見ていたら、そう言うしかないではないか。


 だが王の言葉には責任がある。

 戦いで兵士が傷つく危険もあるなと考え込んでいるタダシの顔色を見て、フジカは言う。


「魔公ヴィランの追手であれば、ここに来るまでに煙に巻いておきましたので当面は心配いらないかと。彼奴きゃつらは、タダシ王国の情報を知りません。わざわざ険しい山脈を越えて危険な辺獄に立ち入ることはないはずです」


 だからここまで逃れてこれたのだと、フジカは言う。


「そうか。それは助かる」


 その言葉にタダシもホッとする。

 滅びたというアンブロサム魔王国のあと山の向こうの魔族の様子もわからない。


「貴重な情報源ですニャ」


 そこに、タダシの参謀である商人賢者シンクーが、エリンに背負われてやってきた。


「シンクーに、エリンか。すまんな、勝手にアンブロサム魔王国の生き残りの吸血鬼たちを助けることにしてしまって」

「構いませんニャ。魔王国の勢力を二分できるかもしれニャい亡国の姫に、貴重な情報。これは魔公とやらを敵に回したとしてもお釣りが出るですニャ」


「そうだな。俺も情報は大事だと思う。俺たちは魔王国のことを知らなすぎる」


 タダシがそう言ったのを聞いて、フジカは赤い瞳を光らせる。


「お役に立てるなら、何なりとお聞きください。タダシ王は我らが姫を守ると仰せられた。ならば、私達は魔族の神ディアベル様に誓って陛下の御為に全てを捧げましょう」


 フジカは、豊かな胸に手を当ててそう言った。


「後でゆっくりと聞かせてもらうニャ」

「そうだな。まずは、フジカたちの疲れを癒やすのが先決だ。飯に、風呂に入れてやりたいと思うが……」


 うーんと、タダシは頭をかく。


「……さっきから気になって、どうしようもないから一つだけ聞きたいんだが」

「はい、なんでしょう?」


「なんで吸血鬼は、みんな貼り付けるタイプのシリコンブラみたいなものを付けてるんだ?」


 ずっとシリアスな話が続いて聞きづらい雰囲気だったのだが、ずっと気になってしょうがなかったのだ。

 レナ姫は豪奢なマントを羽織っているから気にならないのだが、フジカたちの衣装がエッチすぎる。


 フジカたちの背中の大きな怪我が見えやすかったのも当然で、胸とか股間とか大事な部分にペッタリとシリコンブラみたいなもの貼り付けているだけで、まるで裸みたいな格好をしている。

 タダシの視線で何を言っているのか気がついたフジカが言う。


「シリコンブラとはなんでしょうか。これは、シリコーンの木の樹液を固めて作った魔法防御にも優れる吸血鬼メイド用の戦闘用衣装バトルスーツです。もし陛下のお気にならばすぐに剥がしますが」

「剥がさなくていい!」


 やっぱりそれ、ペロンって剥がれるのか。

 ファンタジーっぽいといえばファンタジーっぽいんだが、肌むき出しで防御力皆無っぽく見えるのにメイド用のバトルスーツって、魔王の宮殿はどうなってんだよ。


 こいつら吸血鬼じゃなくて本当はサキュバスなんじゃないだろうか。

 タダシのツッコミに、シンクーとエリンたちは不思議そうな顔をしている。


「タダシ様は、何を言ってるのニャ?」

「さあ、ご主人様はたまに変なこと言うからボクに聞かれてもね」


 島の女達は際どい水着な時が多いし、猫妖精ケットシーの格好も大概だもんな。

 なんなんだ、この世界の常識は。


 露出が多くないといけないルールでもあるのか。


「気になってたのは俺だけなのか。わかったもういい。突っ込んだら負けなことはわかった。とりあえず飯を作ってくる」

「お手伝いします!」


 表に出て料理を始めようとするタダシを、イセリナたちは慌てて追いかけていった。

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